Fate/10 Bravery
Side:Saber
双月秋理が目を覚まして、最初に見たものは、見慣れた自分の天井であった。いったいいつの間に、誰がそうしたのだろう。英霊の召喚をしていたはずの彼女は、今こうして、肌に馴染んだふわふわの羽根布団に包まっている。
「目、覚めましたか?秋理様。」
未だ寝起きでくるくるする視界の中に、桜のような笑顔が映る。彼女にとって馴染んだその笑顔は、双月家(といっても今は秋理だけだが)専属のメイド、冬麗の顔だった。
「冬麗…なの?私をここに運んでくれたのは。」
そう尋ねられると、冬麗はちょっと困ったように頬を掻く。
「違うの。セイバーが、教えてくれた。秋理様が倒れたって。ここまで運んでくれたのは、セイバー。」
「セイバー・・・?」
秋理の脳裏に、鮮明に蘇るあの純白の騎士。己の魔術回路に集中してみると、確かに、魔力を吸い取っている存在がいる。しかし、目の前にいないとは、どういうことなのか。
「冬麗、セイバーはどこに?」
「館の庭に兎狩りに行くって言ってた。ほら、そこの窓から。」
夏華と一緒に止めたのにねぇ、と、あらあらうふふな反応をしている冬麗、それに対し秋理の脳内は色々な単語が台風のように渦巻いていた。
…え?兎狩り?うちの裏庭に?7割芝生だった気がするんだけど。ってあれ?なんでうちの裏庭に兎が紛れ込んでるの?どうして?っていうか、サーヴァントって、真名バレたら大変よね?なのにあの騎士何やってんの?ちょっと、連れてきてくれてカッコいいなとか思ってたのにちょっとちょっとちょっと。…よし。私のやる行動は一つね、うん。
目の前にある裏庭を望む窓をガラッと開ける。ちょうど眼下には本当になぜか紛れ込んでいる数匹の白兎と、それを無邪気に追い掛け回している白い人影が。秋理は思いっきり息を吸いこんだ。
「セェェイバァアアアアア!!!戻ってらっしゃぁぁあああああい!!!!」
漫画のように驚く白い人影と、一目散に逃げていく白兎たち、胸を抑えてゼェゼェと息を吐く秋理。そして、またまた困ったように首を傾げる冬麗がそこにいた。
「…ねぇ、私を運んでくれたのはお礼を言うけど、兎狩りってどういうことよ、セイバー?」
「え?オレはいっつもオリヴィエとかアストルフォとかと一緒にやってたぜ?良く分かんないけど、オレの周りには何故か必ず兎が寄ってくるんだよなぁ」
呑気に笑う目の前の聖騎士に対して、冬麗の隣にいた彼女よりちょっと小さいメイドがキーキーと怒鳴る。
「まったく、よくもそんな呑気でいられますこと!お嬢様はそういう意味で聞いたんじゃありませんのよ!あとお嬢様をお姫様抱っこするのは私のあふんッ!」
小さいメイド…夏華の変態発言に拳大の氷塊でツッコミを入れておき、秋理は一つため息をつく。手元の紅茶を啜りつつ、セイバーを横目で睨む。
「あのね、セイバー。これは聖杯戦争よ。いつ敵に攻められてもおかしくないの。それにあぁやって兎狩りなんかして、相手の使い魔に見つかって真名が明かされたらどうするつもり?」
聖杯戦争において、最も秘匿すべきなのは、サーヴァントの真名である。それはサーヴァントの正体を示すもので、その真名の示す英霊を調べれば、その英霊の得意とするところも、頼みとする宝具も、そして弱点すらも暴かれてしまう。そうして英霊が倒されたマスターは、最早敗北を待つのみとなる。
しかし、そんな彼女の懸念を、聖騎士はあっけからんと流す。
「大丈夫だよそれなら。なんてったってオレはシャルルマーニュ公に仕えし十二聖騎士筆頭、ローランだぜ?少なくとも後世に残るような弱点は残してない!」
そういって胸を張るセイバー、ローラン。確かに秋理、いや彼女の父親に当たる双月家前当主はそう考えてあの紋章を用意したわけではあるが。
「だけど、今回の聖杯戦争には、絶対に負けるわけにはいかない。ほんのちょっとの油断が、何に繋がるかわかったものじゃないわ。セイバー…分かってくれるかしら。」
秋理の脳裏に蘇る、家督を継ぐことが確定した時の記憶。自分の頭を撫でる父親は、顔を自分に向けず、嫌なものを見るような目で、次の当主になる「はずだった男」を睨みつけていた。「彼」は信じられないような、全てに絶望した目を持って秋理と父を見ていた。彼はあえて表情を殺した夏華と冬麗に連れられ、この館、否、この森宮から永久に追放されることになった。
ここで自分が聖杯戦争に敗れることになれば、志半ばで病に倒れて彼岸へ旅立った父、そして全てを奪われた「彼」に対しての申し訳が立たない。
だから双月秋理は必ず最後まで勝ち抜く。例えどんな手段を使ってでも、双月に聖杯を持ち帰る。
そんな秋理の決意を読み取ったのか、ローランは目を伏せ、小声で「わかった」と呟いた。
「そういうことなら、シュリ。了解したよ。十二聖騎士筆頭ローラン、この名にかけて君に聖杯を持ち帰る。」
そういって、セイバーは快活に微笑んだ。
Side:Gemini
時を同じくし、もう一人、英霊を呼ぶにあたって意識を失ったもう一人のマスターが目を覚ます。
路地裏で倒れたはずの彼は、何故かバラック小屋のような、ボロボロの蔵のようなところで目を覚ました。何故か彼の体は冷たい床ではなく、いったいどこから調達されたのか、冷たいせんべい布団に寝かされていた。
起き上がろうと試みると、彼の全身に筆舌尽くしがたい痛みが走る。悶絶しながら再び倒れる彼の視界に、異質な人影が写った。
金髪に、オレンジ色の鎧を纏うその男の腰には、純白に輝く聖剣と思われるものが差してある。その男は、瞑目しながら壁に寄りかかっていたが、回復の兆しを見せたためか、瞑目を解きこちらに声をかけた。
「まだ動かないほうがいい。私の魔力がまだ馴染んでいないようだからな。」
「魔力・・・?」
「そうだ。お前は私を召喚した時に、出血多量で死んでいる。今のお前は、失った血の代わりに私の魔力を血の代わりとしている、いわばゾンビのような状態だ。」
不思議と驚きはなかった。魔方陣を描けるほどの出血と、あの時の魔力消費に耐えられるほど強靭な体とは思っていない。しかし、やはり、来るものはあった。つまりは、この聖杯戦争が終わるまでの命ということだ。
もし、その後も生き残れるとするならば…
「つまり、生き長らえる為には、聖杯にお前の受肉を願えばいいわけか。」
無表情だった剣士の表情が驚きのそれに変わった。
「ほう。身なりからして、偶然私を召喚したものかと思ったが、それなりの知識はあるようだな。」
そうとも、知識ならばある。しかし、あるのは知識だけだ。彼には、魔力も、魔術師としての工房も、技術も地位もない。あるのは、知識と溢れんばかりの…
「あぁ。知識だけさ…だから、それ以外のモノを持つ者が憎い。そして、俺から全てを奪った、あの女を許しはしない!」
溢れんばかりの、憎しみ。彼の真っ黒な感情を聞くと、剣士はフッと微笑んだ。そして先ほどの無表情に戻り、彼の瞳を見て語りかける。
「…そうか。ならば問おう。お前が、この私を憎しみを持って呼び出した、マスターか」
作品名:Fate/10 Bravery 作家名:AsllaPiscu