Fate/10 Bravery
『いやぁ、まさかあの大事業の帰り道にあんなもの見かけるとはねぇ』
霊体化したファイターが、まるで物見遊山にでも来たようにつぶやく。ロゼッタは、茂みのむこうで繰り広げられる人外の戦いを見つつ、車椅子に肘を付き考え込んでいる。
『で、マスター、もしかしたらアイツラの真名が分かるかもしれない、とか言ったからこうして覗き見してるわけだけど、なんかわかった?』
ロゼッタは人外二人から目をそらさずに、言葉だけで答える。
「おそらくだけど、あの薙刀を持った僧兵は、武蔵坊弁慶でしょうね。狂戦士のほうは…分からないわ。中国の英霊なのは間違えないんだけど…。」
青花城は霧で覆われていた。ロゼッタは、車椅子に乗っている様子から分かるように、あまり視力等含む身体能力には優れてはいない。特に、今の彼女は森宮市内を一通り一周してきた疲れにより、余計落ちている。
故に、これに気づかないのは自明の理だろう。
「!おいマスター!!」
ファイターが突然実体化し、ロゼッタの車椅子を引っつかんで引き寄せた。ロゼッタの右上腕に赤い線が深く刻まれ、彼女の顔が苦痛に歪む。果たして、彼女が先ほどまでいた場所の空中には、白衣をなびかせた金髪の医師風の男がアクロバティックに着地したところであった。
「てめぇ、俺のマスターに勝手に手ェ出すたァ、ぶっ殺されてェのかよ!」
対して、虚空からロゼッタの元に出現したサーヴァント、ファイターは、頭に金の輪をはめた、中華風の格好をした茶髪の少年である。左手には純金で出来ていると思われる棒を持ち、その顔は怒りに歪んでいる。
「叩き潰してや…ぐっ!」
左手の棒を右手に持ち替えた瞬間、ファイターの顔が痛みに歪む。いったいいつのまに付けられたのか、ファイターの右上腕には深い切り傷があり、血を吹き出している。医者風の男が、狂気の笑みを浮かべる。
「いい血だゼェ?サーヴァントさんヨォ!!」
そのまま獣じみた速度で医師風の男が迫る。血に濡れたナイフの一撃はかろうじて避けるものの、ファイターの頬に薄く赤線が滲む。
「ファイター!…うっ!」
形勢不利なファイターに対し、ロゼッタが叫ぶ。その時、ロゼッタの頬にも赤線が鋭い痛みと共に入った。
しかし、その痛みはロゼッタにとり天啓である。あれは身のこなし、そしてあのナイフの謎の性質からして、サーヴァントであることに間違いないだろう。
そして、その謎のナイフの性質が、今ロゼッタの頭に閃いたのだ。
「対呪紋章・穴二つ!」
怪我をして動かせない右手の手のひらに、左手で紋章を高速で描く。その間約一秒。そして、光り輝くそれを左手で剥がし、右腕の大怪我の中に突き込む!
「うあああぁあ!!」
「グ!?ぐおぉぉオオ!!」
深傷の中に、更に指を突っ込んだことに、苦痛の叫びを上げる。しかし、それだけのリスクに見合った効果は発揮された。医者風の男の右腕に、ロゼッタとファイターの右腕に負った傷が発現する。攻撃態勢に移った医者が苦悶の叫びを上げる。そして、そこにファイターがつけ込まない道理はない。
「吹き飛べ、こんちくしょう!」
渾身のフルスイングが、医者の腹部を直撃する。まるでホームランしたボールのように医者が吹き飛び、木に叩きつけられる。メリッという嫌な音と共に木がへこみ、医者が吐血する。
「覚悟しろよ、このサイコやろ…ん!?」
ファイターが瞬時に背後を振り向く。木の上から降りてきたのか、両手に白い十字架を思わせる、大型手裏剣を持った、神父のような男が、不快な笑と共に、ファイターを見上げている。彼の右手には、水星を模した痣が。
「代行者…!?」
ロゼッタの驚きを他所に、ファイタが振り下ろした棒の一撃を華麗に避け、彼は医者風のところのもとに飛ぶ。そして、人を食ったような微笑を浮かべ、口を開いた。
「やぁどうも。突然の奇襲悪いねっ!悪いんだけどさ、俺様達撤退するから、諦めてくんなぁい?」
完全に、人を舐めきった態度。血の気の多いファイターは勿論、ロゼッタも頭のどこかで何かが切れる音を聞いた。
「…マスターよ、全力で潰していいか?」
「貴方に任せるわ。私も私で潰すけど!」
もはや隠匿も何もないファイター全力の一撃は、大振り過ぎた故に、神父にも、こっそり回復していた彼のサーヴァントにも届かず、ただ木を根こそぎ粉砕したのみであった。横っ飛びに飛ぶ神父には、ロゼッタが火炎弾を撃ち込むも、彼の両手の十字手裏剣がそれを掻き消す。
無理な体勢で回避したにも関わらず、無理なく着地する神父が、また懲りずに口を開く。しかし、その内容は、先ほどまでの馬鹿にした態度と違い、かなり切迫したものであった。
「あーぁ。折角穏便に暗殺しようと思ったのに。あんな物音立てちゃ、あっちのランサーとバーサーカー気づいちゃうじゃないの。」
言われて、ロゼッタとファイターは頭の中が一気にクリアになるような感覚に襲われた。そうだ。失念していたが、この場には、ほかにランサーとバーサーカーもいるのだ。
言うが早いか、ファイターの元に火球が飛ぶ。おそらく、ランサーのマスターの攻撃か。既に霧は晴れており、このままでは格好の獲物だ。
新たに迫り来る足音。ロゼッタは決断した。
「令呪を使います!ファイター、私を連れて脱出しなさい!」
ロゼッタの右手の、木星を模した痣が輝く。その中の一画が薄くなり、その代償としてサーヴァントに付与される絶対的な力。ファイターの全身が赤いオーラを纏い、弾かれるようにロゼッタの元へ飛ぶ。
「筋斗雲!」
ファイターの右手から吹き出す白いもや。それらは瞬時に固まり、雲の形を成す。更に左手でロゼッタの体を掴んで上空高くほおり、金の棒が触手のように車椅子に絡みつく。そのまま身軽に雲の上に飛び乗り、急上昇し大空へ逃れる。途中で空に投げられたロゼッタを華麗にキャッチし、城からファイター達は姿を消した。
「■■…!」
騒ぎのあったその場所に、狂戦士が駆けつけた。既にランサーとそのマスターは、謎の負傷をキッカケに既に撤退し、ここに駆けつけてみれば、戦いの痕跡こそあれど、そこにはもはや誰も残ってはいなかった。
「■■…」
もはやこの場に残っていても仕方ない。そう考えたバーサーカーは、ヨハンからの念話に従い、この場から霊体化して去ることにした。
作品名:Fate/10 Bravery 作家名:AsllaPiscu