Fate/10 Bravery
Side:Lancer
穴蔵のような工房の中で、長髪の男が自分の魔術礼装をいじっていた。
正確には魔術礼装とは言えないか、アトラス院の魔術師である彼は、院の考え方にである、「自分よりも強い兵器を作ればいい」に従い、戦いに持ち込むための「兵器」をチューニングしている。
「こんな物でよいのか?どこかで実験できればいいのだが…」
ハルヒサ・マツバ・アトラシアにとって、実戦は初めてだ。しかし、計算上ならば魔術師を相手どって戦うには十分な性能ではあるだろう。森宮グランドホテルの一室、アトラス院から来た日本の錬金術士は、組みあがった武器の出来栄えに満足そうな笑みを浮かべた。
「マスターよ、森宮への到着は、明日の予定だったか?」
ハルヒサの隣に影のように控えていた人影が、ぬっと立ち上がった。成人男性の平均が女か何かに見えるような高身長、それでいて痩身でなく、むしろ筋肉質でがっちりとした男。ヒゲを生やした精悍な顔つきからは、それだけで覇気が漂う。
「その通りだランサー。明日、公共の交通機関を用いて森宮へと向かう。」
窓の外の夜景を見やる。戦場となる森宮はそれなりに栄えた、いわば都のようだ。かつて主と駆けた戦場を思い出し、ランサーは懐かしげに口角を釣り上げる。
「楽しみじゃ。俺が生きた時代を思い出す。腕がなるわ。」
「そういえばそうだったか。まぁ案ずるな。卿の望む戦いは、すぐそこまで迫っているだろうよ。」
調整の終わった兵器を片付け、ランサーと共に夜景を眺める。いつの間にか、ハルヒサの口元も、ランサーのように釣り上がっていた。
Side:Fighter
「流石に町一周は厳しいわね…。」
夜も落ちた深夜だというのに、車椅子に乗った少女が街を往く。杖のように持った特大のチョークを引きずりながら、少女は本日何度目かのため息を吐いた。
「…流石に疲れましたね」
『だったら帰ればいーじゃんよー!俺ァいつまで霊体化してひっついてりゃいーのさー?!」
車椅子の少女、ロゼッタ・ヴァジルールにしか聞こえない声が不満タラタラと毒づく。彼女は別にそれに対して反応はせずに、ただ魔力で車椅子を回し続けた。
『おーい、ちょっと聞いてんのかよマスター!聖杯戦争で有利になるからって聞いたからお供してんのにさー!まったく、いい加減この退屈の意味を聞かせてよー?』
いい加減スルーするのも可哀想なのでこの町内一周行為の理由を教えてやろうと口を開こうとしたその時。
「お~姉ちゃん、こんな時間に外を歩いてちゃ危ないよ~」
目の前にいたのは、まるで絵に書いたような不良の皆様方である。だいたい4~5人くらいか。全員コピーしたように下卑た視線を向けている。めんどくさそうにロゼッタを吐いた。
「…面倒ね。ファイター、頼むわ。」
『えぇ~!?俺!?』
「あーゆーのは、視界に入れるだけで疲れるの。それに、無駄な魔力は使いたくない。全員始末したら、この魔法陣の意味教えてあげるから。」
仕方なさそうにロゼッタのサーヴァント、ファイターが実体化する。虚空から現れた新たなる人影に驚く間もなく、不良の一人が赤い飛沫と共に貼っ倒された。
「あぁ~ぁ。せっかく今度は好きに暴れられると思ったのに、なんでこんなの相手にしなきゃいけないんだよ!」
自分はこんな戦いをしたくて召喚に応じたわけじゃないのに。これが終わったらマスターにはしっかり今後の方針を語ってもらうとしよう!
不満を爆発させたファイターが無造作にふるった裏拳で、また一人不良が吹き飛んだ。
Side:Caster
籠に入れられた4、5匹のニワトリがやかましく鳴く中、散らかった部屋を、白い服の青年が、めんどくさそうに片付けている。
しかし、その目は決して億劫そうではなく、むしろとても楽しそうに思えた。
片手に、冬木という場所の廃洋館で見つけてきたちょっと湿気った羊皮紙。奥にひっそりと隠すようにあった羊皮紙に記された内容は、オカルトオタクである雨泉蝶之介の興味を存分に刺激するものであった。
難解な魔法陣、呪文の詠唱、そして触媒を用いることで、神代の英雄を呼び出すことができるという秘術。彼が旧間桐邸で見つけてきたその羊皮紙には、そんな素晴らしいことが書いてあった。
彼の知らないことだが、その羊皮紙には、「聖杯戦争中に限る」とか、「魔術回路がないとダメ」とか、そういうこと基本的なことは書いていない。しかし奇しくも、新たなる聖杯戦争が、ここ森宮にて行われている。そして、彼の先祖に、「雨生」という魔術師がいたことで、彼にも魔術回路が備わっている。まったくの偶然により、彼は今まさにサーヴァントの召喚に立ち会うことができたのだ。
「えーっと、触媒か…。流石に英雄ゆかりのあるなんとやらとかわっかんないなぁ。じゃぁ適当に…っと。」
彼は適当にみくつろった剣で鶏を一匹一匹、丁寧に引き裂き、その血を存分に吸った剣で魔方陣を描く。剣といっても、それは随分と剣というカテゴリからは離れていて、むしろ鋸といったほうがいいだろう。他の彼が収集した剣と一線を化す凶暴なデザインが、蝶之介の琴線を刺激した、一番のお気に入りだった。完成した魔法陣の真ん中にそれを突き刺し、たたまれた羊皮紙をポケットから取り出して、丁寧に開いた。
「えーっと、んー・・・閉じよ、閉じよ、閉じよ、閉じよ、閉じよ…っと、繰り返すつどに五度、ただ、満たされる刻を破却するっと。…告げる、汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ…えーっと、誓いを此処に。我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者。汝三大の言霊を…何て読むんだ?えーっと…まとう?うん。纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ…?」
あまりにお粗末な詠唱。しかし、ここでも妙な幸運が作用したのか、魔法陣は輝きと共にマナを喰らい(血で書いたのが功を奏したのか、そこまで蝶之介からは魔力は吸われなかったらしい)、やがてその中心に一人の少女と思しき人影が見えた。
「問おうぞ、小童。其方がキャスターの座に呼ばれしこの妾、エリザベート・バートリーのマスターかぇ?」
妙齢の女性を思わせる言葉遣いとは裏腹に、まるで十代かそれ以下の少女のような身体と顔立ち、髪の毛も含め全身を白で統一しているのにも関わらず、目の色と唇だけはまるで血のように赤く輝いている。
知りもしないだろうが、彼が触媒に使ったのは剣ではなく、実は拷問用の鋸である。故に「鮮血の女帝」として知られるキャスター、エリザベート・バートリーが呼ばれたのだ。しかし、彼女が呼ばれたのはそれだけではない。
実のところ、蝶之介とキャスターは似た者同士である。しかし、蝶之介がそれを自覚するのは、しばらく先になる。
Side:Assasin
高級ホテルの一室にて、茶髪の神父風の男が、今時古いダイヤル電話をくるくる回す。ほどなく繋がったようで、ベットに腰掛けつつ、至って真面目な声質を作りつつ通話している。
作品名:Fate/10 Bravery 作家名:AsllaPiscu