Fate/10 Bravery
Side:Defenser
チェーシャ・キャロルは不機嫌である。
英霊召喚には成功した。呼び出された英霊にも直感的にではあるが(ディフェンサーというよくわからないクラスも含め)頼りになる存在だと思う。
では何故不機嫌か。それはいたって簡単である。
「いや、あの……ごめんなさい。」
「むぅ~~~~!!」
英霊召喚の際に、大嫌いだがお気に入りの部屋がボロッボロになってしまったからである。
「…。」
「あ、あの…」
むすっとしながらチェーシャは吹き飛んだ部屋を目だけで観察する。
童話のワンシーンを描いた絵(残念ながら残酷物語だ)はひっくり返って床に額縁ごと突き刺さり、メルヘンチックなピンクの壁紙は破れかぶれになり、ドアは押したら倒れ、チェーシャ自身もパジャマがボロボロで、ディフェンサーが目をそらしつつちょっとだけならいいかな~的な具合になって
「見るな!ドスケベッ!」
「ぶっ!」
乙女の鉄拳が金髪の少年(ディフェンサー)の顔面にめり込んだ。「ボクディフェンサーなのに…」という断末魔を残してがれきに埋まるディフェンサー。それを尻目にぐにょぐにょになったタンスの扉を力づくでこじ開け、ちょっと大きめのローブを上から羽織ることにした。これならまぁ大丈夫だろう。ちょっと煽情的だけど。
「ちょっと、いつまで倒れてんのよ!」
「あたた…ディフェンサーたる僕をダウンさせるとは、なかなかやりますね。」
鼻をさすって起き上がるディフェンサーの鼻からは血が垂れている。いったいどちらの意味で垂れたんでしょうね。
「じゃ、改めてクラスと真名を教えて頂戴。」
とりあえず鼻血を手荒く拭い、ディフェンサーはコホンと正座でかしこまる。つられてチェーシャも思わずかしこまった。
「僕はペルセウス。ディフェンサーのクラスで召喚された。問おう、君が僕のマスターかな?」
金髪の少年はそういうと、真摯な眼差しでチェーシャを見据える。正直ショタにしか見えない英霊の眼差しに、思わずボロボロ魔術師はたじろいた。
「そ、そうよ。私はチェーシャ・キャロル。あなたのマスターよ。」
そう正座で宣言すると、真剣だったディフェンサーの表情が和らぐ。
「そっか!じゃぁ契約は成立だね。僕の盾にかけて、必ずやあなたを守り抜く。」
「えっ、あ、うん。」
このショタ、真顔で全国のお姉様をコロッとイカせるような台詞吐きやがりました。ええ。ちょっとチェーシャも靡きかけたが、彼女を正気に戻したあるものがある。
「…ディフェンサー、最初の命令。この部屋を片付けなさい。」
「えっはい、分かりました!…えっとマスター、これなんですか?」
そしてディフェンサーが掲げたのは、可愛いピンク色で三角形の布地の…
「そーゆーのは私がやるわよーーーっ!」
また一つ、ディフェンサーの顔に乙女の鉄拳が飛ぶのであった。
Side:Saber
双月の屋敷は、土地の管理者である八塚よりも大きい、森宮最大の住居である。その最上階、占星宮と呼ばれる部屋には、英霊召喚のための魔法陣が敷かれ、星の光を落としている。
秋理はその隅に座り、メイド達が運んできた触媒である紋章を一人眺めていた。
「私が言うのも変な話だけど…長かったわ。」
占星術を魔術の基礎とする双月家にとって、いわば天然プラネタリウムとも言えるこの占星宮は大規模な魔術を使うには最適の環境である。
森宮の豊富な霊脈、占星術によりもたらされる星の魔力に、そして、聖杯戦争の準備をし、あとは魔力が貯まるのを待つだけにまでしておきながら、急逝した先代の肩身の触媒の指し示す英霊、今回の聖杯戦争において秋理が召喚するサーヴァントは、間違いなく最強のサーヴァントとなろう。
「閉じよ、閉じよ、閉じよ、閉じよ、閉じよ、繰り返すつどに五度。ただ、満たされる刻を破却する…」
二つの魔力源からなる強大な力の渦を、秋理の言霊が形を与え、整えていく。詠唱が進むにつれ、その形はだんだんと整い、魔力が集結していくのを感じる。
そうだ、今回の聖杯戦争で負けることは、両親と「彼」を裏切る行為。ならば、いかなる手段を用いてでも、双月に聖杯を持ち帰る。若さゆえの未熟は、おそらくは最強であろう英雄と、鉄の意思で補強する!
「汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ!」
星と大地の膨大な魔力。それでもなお喰らい足りぬ魔力の渦は秋理の魔力までをも喰らいはじめる。全身に走る痛みと、嫌な汗に耐え、最後の詠唱を口にする。渦巻く魔力がひとつに収束し、人の形を成す。
癖の強い短い金髪、穏やかに閉じられた両の眼、彼の全身をくまなく守る鎧の中心、胸部には触媒として用いた紋章が赤く焼き付く。
それはまさに、絵本の中に出てくるナイト。
「は…はは…やった…」
白き騎士は両の目を開く。薄い色の唇が開き、契約を満了するための言葉を告げる。
「貴女が、俺の姫君か?召喚者よ…っておい!大丈夫か!?大丈夫なのか!?誰か、誰かいないのかー!?」
そして彼が真っ先に目にしたのは、魔力消費に耐えられずうつぶせに倒れた秋理であった。
Side:Barserker
カゴの中のインコが沈黙すると同時に、ヨハンは深いため息を吐いた。同時に、大聖杯の様子が変わり、これ以上のマスターの参加ができなくなる状態になったのを、手元の小聖杯から確認した。
なんとも間抜けな魔術師と組んでしまったものだと、ヨハンは頭を抱える。
どこから入手したのかはわからないが、八塚がメイゼルフェルドに「聖杯戦争をともに再現しないか」と打診してきたときは、これほどの僥倖はないと思った。メイゼルフェルドは、最初に聖杯戦争のシステムを考案したアインツベルンと双璧をなすホムンクルスの製造に長けた家柄である。
故に、第五次聖杯戦争の結末と、ユーブスタクハイトの急死によりガッタガタになったアインツベルンに、助力と引き換えに聖杯戦争のデータを入手し、聖杯を再現するのは容易いことであった。ホムンクルスの胎内に聖杯を隠すという手法は再現できなかったが。
しかし、遠坂、間桐という優れたパートナーのあったアインツベルンに対して、今回の事例といい双月と八塚、特に八塚は微妙であると言わざるを得ない。この土壇場で聖杯の調整をミスするとはなんたることか。
ならばこのヨハン・メイゼルフェルドが誅戮しよう。英霊も強力なものを呼んである。ちょっと制御に一癖ありそうな英霊ではあったが、狂化の呪いにより、「素」で戦わせるよりは安心だろう。
「見つけたか。バーサーカー。よし、遠慮はいらん。殺れ。」
どこかで、狂戦士の咆哮が響いた。
Side:Gemini
この男は魔術師である、といって、信じる奴は果たしてどれほどいるだろうか?
礼装らしい礼装も持たず、服はボロボロのジーパンにジャケットと中折れ帽。風呂にも入れず悪臭を放ち、肝心の魔術はまともに習得していない。魔術師というよりも、乞食である。
しかし彼が魔術師であるという証拠は一つだけある。彼の右手に宿る令呪。しかし、逆に言えばそれだけである。
作品名:Fate/10 Bravery 作家名:AsllaPiscu