Fate/10 Bravery
男は執念と憎しみだけで生きてきた。名家の長男として生まれ、将来を嘱望されながらも、はるかに魔術師としての適正の高い妹が生まれた。それだけで家を放逐され、乞食同然の暮らしを強いられることになったのだから。
森宮から追い出されて、令呪を宿し這い戻ってきた。しかし、魔法陣を書く材料も、触媒すらもない。ならば、男の取る行動は一つ。
深夜を待ち、路地裏にて、なけなしの魔術知識を用いて彼は小指を引き裂いた。想像を絶する痛みに苦しみの声を上げつつ、人差し指で魔法陣を描く。書き終わる頃には出血多量で蒼白であったが、それでもなお、召喚の呪文を告げる。
「閉じよ。閉じよ。閉じよ。閉じよ。閉じよ。繰り返すつどに五度。ただ…満たされる刻を破却する」
血の召喚陣が光り輝く。それに呼応するように、彼の全身も淡く輝く。美しい光だが、彼のなけなしの魔力を喰らうあの光は、彼を死に至らしめかねないものだ。
「つ…告げる。 汝の身は…我が下に…我が命運は汝の…剣に…。聖杯の寄るべに従い…この意…この理に従うならば…ゴハッ!…従うならば応えよ!」
英霊の召喚という儀式は、万全の状態の魔術師であろうとも、時には失神するほど魔力を持っていかれる。本来ならば彼とて失神しても可笑しくない、否、失神していなければ可笑しい状態である。それでも、彼は詠唱をやめない。
「ち・・・誓いを…此処に。我は…常世総ての…善と成る者…我は…グフッ!…常世総ての悪を敷く者!…な、汝三大のこ…言霊を纏う…七…天、よ…抑…止の輪…より来…来たれ…アグハッ!…て…んびん…の…ま…もり手…よ…!」
余剰すべての魔力を吐き出した。今まさに、彼が命をかけて作った魔術は完成を見ようとしている。しかし、もはや彼には顔を上げる力すら残されてはいない。呼び出された英霊の声も、途切れとぎれにしか聞こえない。
「問…。…前が…我が…ター…?」
誰かの指が、首筋に触れた気がする。全身が燃えるような感覚がする。それを残し、彼は意識を閉ざした。
…召喚は成功した。触媒のない英霊の召喚は、マスターに似た魂の形を持つ英霊が召喚されるという。しかし、実は彼の召喚にはあったのだ。触媒は。
自分を産んだ憎しみ。自分を捨てた憎しみ。自分に地獄の苦しみを味あわせた憎しみ。そして、自分を殺した憎しみ。
憎しみを触媒として召喚された英雄は、仮に双月のサーヴァントが最強ならば、あれは最凶。善と悪を兼ね備えた、勇ましく
も恐ろしい存在。
全てを守ろうとし、全てに裏切られ、全てを滅ぼし、歴史すら消そうとした存在が、現世に蘇った。
そして、残る令呪は、あと一つ。
作品名:Fate/10 Bravery 作家名:AsllaPiscu