Fate/10 Bravely 二巻
Side:Rider
幸楽亭には、たくさんの警察の関係者が詰め掛け、この不可解な事件を調べていた。野次馬たちがその様子を、遠巻きに離れながらひそひそと噂話をしている。
「一晩にして幸楽亭のスタッフとか料理人とか、お客さんがみんな消えちまったって?」
「なんでも、真っ赤なおっかない化け物が出たそうだよ?」
「うひゃー怖いね~!あ、八塚さんだ。」
この場に悠然と歩いてきた八塚京二は、野次馬たちを丁寧に退かしながら、人ごみの中心に歩いてくる。やがて中心の警察官のところまで彼がたどり着くと、小走りに中年太りの男が近づいてくる。
「これはどうも、八塚さん。今回の事件の担当を任されました、日暮十司と申します。」
まさに絵に書いたような刑事そのものの格好をした中年太りの男、日暮は帽子をとってお辞儀をする。八塚も軽く礼を返し、問題の幸楽亭を見やる。見た目、人気が警官と野次馬以外は感じられない以外は、外見は何も変わらないように見える。
「どうも、日暮警部。八塚京二です。で…事件の内容とは?」
日暮は唸りながら、どこから説明したらいいものかを考える。そして、纏まらないながらも、とりあえず状況から説明することにした。
「我々にもようわからんのです。昨日は通常どおりに営業していたらしいのですが、今朝になると、人だけが完全にもぬけの殻になっていて、不審に思った近隣住民が通報をよこしたのですが…」
日暮の顔が難しくなる。
「妙なんですよ。確かに人はころっと居なくなってる。それどころか、昨日の営業中のところから、人だけが消えたような感じなんです。暴れた形跡とかは見受けられましたが、その割には、血も、凶器も、何も発見できないんですよ。こんな珍妙な事件、何十年と刑事をやってますが、初めてですよ。」
「犯人と思われる人物は?」
京二の質問に、日暮はますます頭を抱える。
「幸楽亭は、すごく評判のいい店です。恨みを持つようなヤツなんて、全く目星もつきません。第一、金品も何も盗られてないとは…」
「ふむ。日暮警部、直に中に入って検分をしたい。よろしいか?」
日暮の許可を受け、幸楽亭の中に足を踏み入れる。店内は、まるで昨日の宴会の後をそのまま残し、人だけを消し去ったような、日暮の言うとおりの状態だった。
「なんとも不気味な…」
足元にたくさんいる警官をうっかりけらないように、京二は慎重に検分をすすめる。血痕はなし。証拠品になりそうなものもなし。指紋とか凶器だとかは、京二の専門外だ。
ただ一つだけ、京二にしか感付けないものもあるが。しかも、それはかなり色濃い。
「…やはり妙だ。血痕も何もないとは。」
「ふむ…これはかなりの難事件になりそうですな。京二さん、あなたの情報網で、何か掴めませんかな?」
「できる限りやってみましょう。では、これにて失礼します。」
日暮に見送られ、京二はその場を後にする。随分人ごみから離れた頃、彼にしか聞こえない声がした。
『マスター。何も気づかない…ってことはないだろうね?』
「ああ。ちゃんと気づいているよライダー。私もそこまでバカではない。血も凶器も証拠品も、動機すらもわからない事件らしいが…魔力の残渣は隠せなかったらしい。」
そうして、ポケットに手を突っ込んで何かを取り出す。それは真っ赤に染まった、何かを包んでいるハンカチだ。
『それは…?』
「肉片だ。細かすぎて発見できなかったらしいが…魔力の残渣が残っている。おそらく犯人は…」
警官達は何も知らないだろう。森宮聖杯戦争の事は。八塚が(かなり必死に)裏工作をやっている為だ。しかし、この事件は、やはり隠蔽しきれない。大聖杯に未だ魂がくべられた様子はない。つまり、まだ犯人であろうマスターは生きている。
「…よくもこんな大それたマネを。」
歯噛みしながら、八塚は、自分の邸宅に足を向けた。
Side:Assassin
「随分派手にやらかしたところがあるみたいだねぇ。」
ホテルでテレビを見ながら、ハリーはボヤく。森宮名物だという、枝豆を餡子状にしたものを中に包んだまんじゅうを食べながら、彼は後方に控えるアサシンの報告を聞く。
「はい。事件の現場は幸楽亭。先ほど、町のオーナーであろう魔術師が視察に来ていました。」
「へぇ。で、殺ったの?」
「い、いえ、流石に公衆の面前では…」
アサシンは、ハリーの唐突なムチャぶりに、困ったような、泣きそうな顔をして答える。その姿は、ファイター達を襲った時とは異なる、清楚な服装をした少女である。
彼女が困っているのを見て楽しんだハリーは、再びテレビに目線を戻す。
「まぁ、それで正解だろ。あんたの視界を介して見てたけど、奴さん結構警戒してたよね~。サーヴァントも霊体化していたとはいえいたみたいだし。」
お~怖い怖い、と、ハリーはおどける。そしてテーブルの上にあった饅頭を一個取ると、それをアサシンに放って寄越す。
「あわ、あわわわ…!こ、これは?」
危うく落としそうになっていたのはハリーとアサシンの間だけの秘密だ。
「じんだ餅だって。森宮名物のお菓子だってさ。ちょっと癖があるけど中々うまいよ。昨日は頑張ってたみたいだし、英気を養わないとな」
恐る恐る、アサシンはまんじゅうを口に運んでみる。なるほど、餅の柔らかい食感と、中から出てきたちょっと癖のある枝豆製の餡子が、口の中で絶妙なハーモニーを奏でる。
「おいしい。有難うございます、マスター。優しいんですね。」
彼女の心底嬉しそうな顔をチラと見て、ハリーは微笑む。
「そ~よ?俺様ってば、可愛い子にだけは優しいんだから~」
そう言って彼はテレビに視線を戻す。先ほどの軽口はどこへやら、その表情は、物憂げなものになっている。
「…そうさアサシン。君みたいな可哀想な子には、特にね。」
そう、アサシンに聞こえないように呟いた。
SIde:Baserker
「…幸楽亭で謎の事件…ね。」
使い魔に使用した野良猫の額に指を当て、その見聞きした情報を整理し、ヨハンは考える。バーサーカーは霊体化させそばに置いている。メイゼルフェルドの屋敷には、かなりの数のトラップが仕込まれ、外部からの侵入は甚だ困難を極めるが、それでも用心に越したことはない。
「バーサーカー、まさかお前じゃないだろうね。」
姿の見えない狂戦士は、問いに沈黙を持って答える。その答えが何を意味しているかを理解したあと、彼は椅子にもたれて額に手を当てる。
「ま、そんなわけはないか。私とバーサーカーは最低限の感覚共有はしている。それに、ランサーと戦ったあとは傷を癒すため直ぐに戻したからな。」
あの時の戦いは、妙だった。あれほど激しく獲物をぶつけていた二人であったが、あまりにも両者拮抗していたために、互いの体には傷一つ付けられなかった。
だのに、突然バーサーカーとランサー、そしてそのマスターの右の二の腕に深く、立て続けに薄く頬に傷が入り、それで戦いが中止となったのだ。それも同時にだ。
作品名:Fate/10 Bravely 二巻 作家名:AsllaPiscu