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アリスが一番好きなのは誰か?

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これから何をされるのだろうか。立ち上がり背中を見せる男を視線で追う。自分の執務机に浅く腰掛け、腕を組んだまま扉の方を見るブラッドは、いつものアリスが知る男の顔ではなかった。表情が消えている。その顔に見覚えがあった。この部屋で読みかけの本を取り上げられて、着ている物を剥ぎ取られた、あの時に。
寒気がした。怖い。ほんの少し前までの、この人が好きだと思った気持ちを取り消してしまっても良いと思うほどに纏うものが変わっている。

ノックも無くいきなり開け放たれた扉に心臓が痛くなるほど驚く。視線が侵入者を捕らえるよりも速くディーの声がした。入ってきた時の勢いとは違い、驚くほど淡々とした声だ。

「ボス。」
「被害は?」
「こっちが何人か撃たれた。あいつらは先に出てる。」
「そうか・・」

応えるブラッドも実に淡々としていた。ゆっくりと腰を上げると、白い上着を取りに向かう。帽子を被りながら扉に向かって歩く。ディーは扉を押さえて上司を待つ。何も言わず、振り向きもせず出て行った。扉の閉まる音が大きく響く。
一人取り残されたアリスは呆然としていた。何が起こったのか、今見たことを頭の中で反芻する。気付けば頬を涙が伝っていた。それは彼らの状況を心配するものでも、一人残された自分に向けられたものでもなかった。

誰も、あの人の一番にはなれない。




★ ビバルディの罠 ★


「何が、君は何もくれないよ・・・貴方こそ。」

一人呟くアリスはハートの城に向かっていた。あのまま屋敷で悶々と地獄のような時間をただ待つことにのみ費やすのは嫌だった。いつもと変わらない雰囲気の屋敷を素知らぬ顔で抜け、暫くは後方に警戒していたが尾けられている様子も無い。先程の呟きは、頭の中の諸々をリロードしてごちゃごちゃを整理していて出てきた言葉だった。

(ビバルディ、遅いって怒ってるよね。はぁ~)

迷路のような庭を抜け、長い坂道を登りやっと城が目の前に現れた。そこに見覚えのある姿が一つ。

「ペーター!」

もうお馴染みのお出迎えポイントだ。彼は機嫌の良い笑顔で近づいてくる。両手を左右に大きく広げ、今まさに抱き付かん!といったところを横に避ける。

「アリスっ、酷いです。」
「本当にね。私は、貴方のお蔭で酷い目に遭ってるのよ。」

恨みがましく言ってみるが彼には堪えない。しれっとした顔をしているペーターは、往来でブラッドと銃撃戦になり、両方共に相当にボロボロになったらしいのだが、アリスは知らない。なにせ風呂に長時間閉じ込められて、ブラッドが戻ってきた時には風呂場でひっくり返っていたのだから。脱水と湯疲れで数時間帯は寝込んだのだ。
回復してまずブラッドを叱り飛ばした。死ぬところだったのよ!と。それから言いたい放題、ついでに身の潔白まで主張して、ブラッドが自分にした悪行を詫びさせたのだ。かなり、否、とても不満気な顔をしていたが、最終的には悪かったと言わせた。

当然だ。

「陛下が、首を長くしてお待ちですよ。ご案内しますね。」

そう言うと、とても自然に手を握られて苦情を言う暇も無く引っ張られ歩き出す。くねくねと入り組んだ庭を行くと、視界が開けテーブルとビバルディが見えた。
それではと言い残し、アリスの指に軽くキスをしたペーターは、あっさりと去って行く。

「ビバルディ、久しぶりなのに遅くなってごめんなさいね。」
「ほんに遅いぞ。待ちくたびれてそこらの者を打ち首にするかと思案しておったところじゃ。」

そう言いながら、アリスの顔を見て何かあったのか?と聞いてくる。やはり隠せないかと思いながら、何をどう話すべきか迷う。
ビバルディは色事において百戦錬磨だ。隠し事は諦めて聞かれれば素直に答えた方が、何か良いアドバイスがもらえるかも知れない。そう腹を括る。

「帽子屋と上手くいっていないのか?」
「出掛けにちょっとね。最近一々煩いの。特にペーターを警戒しているのよ。そのくせ自分は・・・」

此処まで言いかけて言葉に詰まる。感情的になって何かがこみ上げてきた。怒り?悲しみ?良く判らない。
ビバルディはジッとアリスを見ている。

「ぬるい恋をしたいのならば、彼奴は止めておけ。そのように振り回されて傷つくのが関の山だぞ?」
「やっぱりそうよね。何を考えているのか見当も付かないし、近づいたと思ったら凄く遠くに感じたり、本当に振り回されるの。でも気付くと相手のペースに乗ってる。悔しいわ。」

「そういうのが好きならば止めぬが、お前には似合わぬ気がする。ホワイトがおるではないか。あれにしておけ。わかり易くて楽だぞ。」
「ふふ・・ビバルディが言うと、それを口実に城に滞在しろって風に聞こえるわ。」

彼女は意味深に微笑む。赤の時間に赤の女王の妖艶な唇が弧を描く。アリスは見惚れた。同性の自分ですら彼女の色香に酔ってしまいそうになる。異性なら虜にするのは簡単だろう。自分がこんな女性であったなら、あの男を惹き付けておくことが出来るのか。
女王の笑みにはそれほど惹かれるものがあった。だが直ぐに表情が変わる。少女のように無邪気に笑う。

「おお、忘れるところであった。珍しい菓子を取り寄せておいたのじゃ。紅茶も出来の良いのが入っておる。それでそなたの機嫌が直ると良いが・・」
「いつもありがとう。楽しみだわ。帽子屋だとお茶菓子は毎回人参絡みなのよ。エリオットにも困ったものだわ。」

人参の菓子か、ちと興味があると言ったビバルディに、次回持参すると笑って答える。きっと一口食べたら怒るんじゃないかしら?と想像すると可笑しくなる。
目の前に新しい紅茶と菓子が用意され、二人は一口食べて感想を言い合う。アリスは暫し帽子屋での出来事を忘れ、年上の女友達との会話に興じた。



「ホワイト卿、そこに居るのであろう。アリスを客室に連れてゆけ。」

親しい客を向かえてのお茶会中とは思えないビバルディの低く平坦な声。やや俯き加減のペーターが垣根の陰から姿を現す。中指で眼鏡のブリッジを押し上げて厳しい表情で女王を見た。

「僕はこんなこと望んでいませんよ。」
「勘違いするな。わらわの為に引き止めよと申しておる。お前にとっても損な話ではないだろう。何が不満なのじゃ。」

確かに自分にとって悪い話ではない筈なのに、テーブルに突っ伏して眠ってしまったアリスを抱き上げると客室に向かうペーターの表情は、決して喜んでいるものではなかった。
彼女の為に準備された客室のベッドに横たえる。静かな寝息を立てて眠る顔を、ベッドの端に腰を下ろし見ている。今なら何をしても彼女は目を覚まさない。紅茶の中に垂らした一滴の眠り薬が効いているからだ。
ペーターはアリスに顔を近づける。一瞬間近で止まり、それからゆっくりと唇に触れた。
軽く触れただけの唇を離して目を開けると、アリスも目を開けている。ペーターは驚いて身体を離した。

「あ、これはお休みのキスで・・す・・・アリス?」