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よろずやすお
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古書屋敷殺人事件

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「そろそろ三時だ。お茶にしよう。ひばり君もアールグレイでいいね?」
「はい、ありがとうございます。」

私は、もごもごと答えた。居間いつも座る席に着くと、落胆とともに後悔の念が襲ってきた。こんなはずじゃなかったのに。

 文学界まれにみる鬼才、久堂の担当になれるとあって、二ヶ月前の私は天にも昇る気持ちだった。ただ、先生を担当できるといってもそれは私の実力からではない。私は学生アルバイトだ。運命というかめぐりあわせである。二か月前、前任の先輩がストレス性急性盲腸で入院し後を引き継ついだ。何故、私の身分で先生の担当にこぎつけることができたかというと、文芸部は深刻な人で不足で私しかいなかったのもあるし、先生の作品の熱狂的なファンであった私が編集長宅に張り込んで先生の担当を志願したのもある。でも、あぁ、あんなすごい作品を書く人がこんなドS変人だなんて。

一方、先生はすこぶるご機嫌だ。慣れた手つきで手際よく二人分のお茶を入れると、頭と胴が分断されたプードルケーキをこじゃれた洋皿に盛り付け、ケーキの脇に輸入物と思しき、クリームスプレーをぶしゅぅぅぅとやっている。ケーキにクリームなんて、甘すぎではないのだろうか。

「はい。ひばり君の分。」

先生は、クリームをぶしゅぅぅっとしてない方のプードルを私に差し出した。甘さ控えめの生地をバタークリームでコーティングし、アイシングのプードルの顔をつぶらな瞳がかわいらしい。バターたっぷりなのに、さっぱりしている。素朴でどこか懐かしい味がする。もう21回目の味だが、やっぱりおいしい。

紅茶を一口飲んで一息つくと、心にできた空白に不安がぶわぁっと広がった。どうしよう。先生が原稿を出してくれなくなってから早3ヶ月。慈悲深い読者の皆様がキレるのも時間の問題だ。今回は原稿を受け取らなければ、不況の現代ウチの雑誌は廃刊の危機にさらされる。由緒正しきK文庫の命運がこんなめちゃくちゃな男にかかっているなんて…。いや、編集者の歴史など、作家との原稿〆切を巡った攻防の歴史だ。お辞儀、土下座、ゴマすり、なんでもござれ。編集者など伝統的にそんなものかもしれない。前途多難な未来に私の顔が曇るのを目ざとく見つけ、先生は口を開く。

「やめちゃえばいいじゃない?そんな仕事。やめたら、僕がメイドとして雇っ てあげるよ?」
「大丈夫です。」
「なんだ。こう見えても、僕のところに永久就職したいっていう御嬢さんたち の申し出は山ほどあるんだけどね。キミみたいなちんちくりんがメイドとし てそばに居られるだけでも、身分不相応のもったいない待遇だと思うけ   ど?」

ちんちくりんだとぉ?ちょっと小説家として天才だからっていい気になっちゃって。何様のつもり?私は先生のそばに居たいのではなく、作家久堂のそばに居たいのだ。

「結構です。本に携わる仕事に就くことが私の長年の夢でしたから」

ふ、言ってやった。

「ふぅーん。長年の夢か」

先生はにたあと微笑み、立ち上がった。

「いやー。キミの熱意に感心したよ。くくく。ひばりちゃん、ちょっと待っててくれ。」

何か企んでいそうな口調でそう言い放つと、先生は奥の部屋へと消えていった。そしてものの数分で茶封筒を手に持ってきた。何か紙の束が入っていそうな雰囲気だ。これはもしかして。

「はい」
「え、先生、これは」
「いいから開けてみて」

まさか原稿?プードルダッシュに時間を取られて、先生から原稿を受け取ったことはまだない。これがあの久堂の本原稿?指折り数えて続きを待った先生の新しいストーリー。そのオリジナル原稿。まだ誰も読んでいない原稿。雲の上の存在だったそれが、今私手に握られている。高鳴る鼓動を必死に抑え、私は包みを開けた…。

「?!」

出て来たのは黄色く黄ばんだボロボロの一冊の洋書だった。しけったいやーな匂いが鼻の奥をついてくる。カビくさいっ!ナニコレ! 不意をつかれ茫然とした私を前に、先生の阿鼻叫喚が響く。

「阿っ破破破破破!面白い顔!」

人を小ばかにすることが、先生の生きがいなのだ。なんて卑劣な。

「ムキィィィ!!!」

これ以上我慢していては人間が腐る!本を投げつけようと振り上げたその時、先生はすっとシリアスな顔に変った。

「おっと、手荒く扱わないでくれ。大切なモノなんだ」

先生の眼がキラッと冷たく光って私は委縮した。だが、先生が鋭いまなざしを私に向けたのはその一瞬だけだった。

「いい子だ」

私が動きを止めると、先生は微笑んだ。まるで雪解けのように優しく。ぐ、ちょっと素敵だ。いや、油断してはいけない。臨戦態勢の私をしり目に、先生は棚からもう一つ茶封筒を取り出し、私の目の前の机にどさっと置いた。

「こっちが僕の原稿。ちょっとお使いを頼まれてほしい。成功したら、あげるよ」
不敵な微笑を浮かべ、先生はそう言った。


作品名:古書屋敷殺人事件 作家名:よろずやすお