十七物語
以前と変わらず、女は学校に通い続けた。だが教室に、グラウンドに、体育館に。もう男の姿はない。
男は必死で生きた。生きるためにバイトをし、家に帰るとひたすらギターを弾き奏でた。暗闇の中をもがき続けるように、あがき続けるように、一日一日を精一杯生きていた。
明日さえ見えない暮らし。そんな日々の中でも、小さなアパートで二人で一緒に過ごす時間は幸せだった。
そして……。
「本当にいいのか」
「……うん」
二人は愛を重ね合わせた。
愛情以上に意味のある行為であることを、二人は知っていた。
だが女は受け入れた。
必死で生きる男を、愛していた。
数を重ねれば、確率は高まる。
二人の愛はやがて実を結ぶこととなった。
この国の法律上、男子は18才、女子は16才以上で婚約は認められる。
だが相手は高校中退者、そして既に娘はその男の子供を身篭っているという。それらの事実を、父は許すことができなかった。
「きちんと学校を卒業し、二人が成人してから」
それが女の父親の出した条件だった。当然、お腹の子どもは下ろすことが決められている。
怒気混じりの話し合い。互いの主張は妥協点を見出せないまま。
ついに、父娘の平行線は交わることはなかった。
どこまでいっても拉致のあかない交渉の果て、とうとう娘は家を出た。
娘にはどうしても飲むことが出来なかった「子どもを下ろす」という条件。
もう残された時間は、そんなになかったから。
彼も……。
自分自身の命さえも……。
それから二人だけの生活が始まった。
女はろくにつけたこともないエプロンをし、慣れない手付きで料理する。
「いたっ……」
女は野菜と一緒に指まで切った。
「ほっっんとお前、不器用だよな」
男は笑いながら、女の手から包丁を奪い取り、そして、軽やかな包丁捌きを見せた。
「おー!」
ギタリストだけあって手先が器用だったし、そうゆうバイトをしていたから、料理はお手の物だった。
「お前も女なんだから、これくらい出来るようになんなきゃダメだぜー」
からかうと、
「へーんだ。そのうちアンタより、上手になってやるからねー」
すぐにムキになる。それがこいつのかわいいところ。
「見てろよ!」
そう言って、まな板に向き直る。そんな彼女の後ろ姿を見て。
ほんとうに……。
いつかほんとうに、そんな日がきたらいいな……。
男は思った。