Act.7 「Big Deal」~Kizuna~
3階の自室で、なにやらノートPCを見て唸っている真の姿を認めたシェリーは、コツコツとガラス窓をくちばしで叩いた。
なんだろうと顔を上げた真は、音のした方向へ視線を這わせる。窓の外に小さなレモンイエローのインコがいることに気づいた。
「……?」
【ジェイス、あたしよ、あたし!】
「えっ?シェリー!」
頭の中に聞こえてきた声にすぐに気づき、慌てて窓ガラスを開けると、カナリアが部屋に舞い込み、一瞬のうちにシェリーの姿に戻った。
「ふぅっ」
大きく息を吐いて、ぺたんと床に座る。やっぱりあの姿になるのも疲れるなぁ。
変身を解いたシェリーは、どピンクのフレアスカートに髪をお団子状にまとめている。この服装がよほど気に入っているらしい。
「どうしたんだよ?何かあったのか?」
「ううん、そうじゃないんだけれど……ね、ジェイス、撃、どこにいるか知らない?」
「は?」
唐突に問われて、思わず目が点になる。
「なにかあったのか?」
「んーっと……今朝も早くから姿が見えなくなったのよ。地球に来てから、撃が昼夜問わず、時々姿が見えなくなることはわかっていたの。だけど、何処に行っているのか、何も教えてくれないし、あたしも聞くの、怖いから」
「どこかへ出かけている?」
「うん。何を調べているのかはわからないんだけれどね」
床に座ったまま、シェリーは真を見た。さすがに彼女、今は地球人の服装をしているけれど……それにしても、派手だなー……などと思いつつ(このスタイル、彼は初めて見る)、真は考え込んでしまった。
もしかしたら……あの時、撃が相模原キャンパスにいたのは偶然ではなく、意図的にということはないか?
自分とセイラも、あの女性(依月)に対して、それとなく見守ろうと決めてから、相模原キャンパス周辺に行くことが増えたが、撃も同じことを考えているとしたら?
「シェリー、ドルギランに戻っていてくれるか?」
と、クローゼットの扉を開けた。驚いたシェリーが立ち上がる。
「な、なに?ここ……」
クローゼットの扉を開けると、奥へ続いているのがすぐにわかった。シェリーはもちろん、何も知らないわけで、驚きの声をあげた。
「ここからドルギランに行ける。すぐに戻るから」
「う、うん、わかった」
シェリーがクローゼットの中に飛び込むと丁寧に扉を閉めて、外へ飛び出す。
ドルギランからファイアーブレードを「召喚」して、それに飛び乗ると、真は相模原市郊外へ向かって走り出した。今、相模原キャンパスにはセイラがいるはずだ。なにかあれば連絡が入る。まだ、なにもないということは、特に動きはないのだろうが。
相模原キャンパスの入口……守衛室を通り抜け、木々の間を少し歩くと、左手にあるのは食堂や生協などの建物。開いている時間は限られているが、ここは一般客も利用可能である。その食堂のテラス席のさらに片隅……テラス席と庭を区切っている柵の上に白い猫が一匹、座っている。そう、セイラだ。
【今のところは特に何もない、とは言うけれど……なんだろ、この気持ち】
長いしっぽをゆらゆらと揺らして、見える範囲を見渡してみる。時間的にはちょうどお昼頃。建物の中からぱらぱらと人が出てくるのがわかる。その中に、依月の姿があるかどうか、セイラは慎重に確認した。
【あ……】
白衣を着た女性がひとり、少し疲れた顔をした依月が出てくるのがわかった。
「にゃあん♪」
少し甘い声で、ひと鳴きするとセイラ…白猫は、依月のそばに駆け寄った。
「あら、またあなた?今日もここにきているのねー」
依月が気づいて、立ち止まる。
「ちょっと待ってて、お昼、買ってくるわ……って言っても日本語通じないわよねぇ?」
ぽんぽんと軽く頭を撫でてから、依月は立ち上がり、食堂の中へ一旦入って……しばらくするとテラス席にやってきた。白猫/セイラも心得たもので、依月が座る場所を把握しており、テーブルの傍できちんと前脚を揃えて座った。この数日、これがある意味の「定番」になりつつある。
「あなた、もしかして宇宙に興味があるの?」
「にゃ?」
「JAXAに通ってくるネコなんて……何かの話題になりそうね」
【ああん、しゃべりたい!でも、しゃべるわけにはいかないわよぉ……今は依月さん、あなたを見守らなければならないんだから!】
ジレンマ。
と、そこへまた見覚えのある人影が。
【あ、ジェイス!】
きょろきょろとあたりを見回していた真は、食堂のテラスにいた依月と白猫を見つけた。思わずギョッとなった真に、白猫は、ひと声鳴くと、ひょいっと依月のそばから離れ、真のそばへと駆けて行く。
「セイラ!おまえ、何してんだよ!」
「にゃん!」
ぴょんっとジャンプして、真の左肩に器用に飛び乗った。
【ちょっとね。コミュニケーション】
「これじゃ隠密に動いている意味が……っと」
依月の視線に気づいた真は、思わず口を閉じた。猫と会話しているのなんて、ハタから見ればやはり異様な光景だ。
少しバツが悪い顔をして、ぺこっと頭を下げた。
「あら?あなた、この間……」
「あ?あ、あははは……覚えていらっしゃいましたか。この間はすみませんでした」
「いいえ。あの時は私もうっかりしていましたから……その猫ちゃん、セイラちゃんっていうんですか?」
「え、あ……はい」
「もしかして、飼い主さんとか」
「え、ええ……」
こうなりゃ話しを相手に合わせたほうがよさそうだ。
「すみません、この子が迷惑かけていなかったでしょうか」
「いえいえ。むしろ、なんでいつもここに猫が来るのか不思議だったから……でも、このあたりは自然も残されているから、猫さんたちがお散歩していてもおかしくはないかも、ね?」
くすっと笑う依月。
「にゃ!」
真の肩に乗ったまま、セイラは返事をするかのように鳴いてみせた。
「あ、すみません。名乗りもせずに。私、河井依月って言います」
「えっと……自分は一条寺真です。で、こいつがセイラ」
「いちじょうじ……って、めずらしい名字ですね」
少し笑った依月に、真は戸惑った。こんなにふつうにしゃべっていてもいいのかどうか。
相変わらず、彼女の胸元には紅色の星型ペンダントヘッドが光っている。微笑んでいる依月の笑顔は、やはりどこか寂しさを感じるな……真とセイラはちらりと視線をかわした。
じっと真を見つめる依月の目。誰かをおいかけているかのような。
「いつき、さん?」
「あら、いやだ。黙っちゃいましたね」
ふふっと小さく笑うと、彼女はコーヒーを飲みほした。
「さて、行かなきゃ。今日はちょっと忙しくて」
「すみません、それなのに、この子が」
「いいえ。でも、あんまり慣れちゃうと、ほかの人たちからも何か言われちゃうかな?私は大歓迎なんだけれどね」
にこっと笑う。それから、真の肩に乗っていたセイラの頭を軽く撫でた。
「じゃあね、セイラちゃん。ちゃんと、真くんのいうこと、聞かないとダメよ?」
「うにゃあぁ……」
両耳を軽く伏せて、セイラが小さく返事をする。ネコ語しかしゃべれない、それがジレンマ。
白衣の裾が軽く翻る。依月は手を振ると、再び建物の中へと入っていった。彼女の姿が見えなくなってから、セイラが、
作品名:Act.7 「Big Deal」~Kizuna~ 作家名:じゅん