Act.7 「Big Deal」~Kizuna~
部屋の中にはシェリーと依月のふたりが確かにいた。なにやら話しをしているようだ。
「依月さん、もう体調は大丈夫ですか?」
「ありがとう……」
にこっと笑ったシェリーに依月も小さく微笑を返す。手にしていたカップを依月に渡す。
「これ、コーヒーっていう飲み物。これ、地球の人たちが好きな飲み物、ですよね?」
「地球の人たち?」
「あ、えーっと……ごめんなさい。何を言ってるのかな、自分。えーっと、コーヒー、少し甘くしてあるけれど、よかったら」
依月がシェリーからカップを受け取る。あぶない、あぶない。自分のこと、なるべく今は明かしたくない。特にジェイスたちがいない今は。自分ひとりで対処できる自信が、ない。自分は地球のこと、あまり知らないんだ。
「ね、シェリーさん、でしたっけ?ここは?」
依月の質問に、少し躊躇ってから、シェリーは答えた。
「心配しなくても大丈夫ですよ。ここは私のいとこのお兄ちゃんの……家ですから」
(シェリー……おまえ…)
通路の壁に背中を預け、天井を見上げた撃は軽くため息をついた。まぁ、彼女も必死なんだろうな、自分のことを明かさないためにも。ドルギランの中ではあるが、地球人の服装をしているのも、そのためだろう。いとこというのは、ジェイスのことだ。間違いではない。でも、いつまでも隠し通せるわけもない。
どうしようか。
ジェイスたちがいない今、自分が依月の目の前に行くことは正しいことなのか?
ドアをくぐろうとした撃は、足を止めた。ダメだ、やっぱり。
「……」
ぐぐっと拳を握りしめ、ゆっくりとその場を離れる。そのまま来た通路を戻ってコクピットに戻ると、ジェイスがいつの間にか戻ってきていた。
「あれ?ジェイス先輩、いつ戻っていたんですか?」
「今だよ。あ、少し朝食、もらってきた。食べる?」
と、ジェイスは目の前に置いたトレイを指差した。小さく礼をすると、撃はひとつ、サンドイッチを手にする。ひとつ、口にして飲みこんでから、もう一度ジェイスに話しかけた。
「センパイ」
「なんだい?」
「依月を襲ったのは、やっぱりセンパイをあの時、負傷させたやつらでしょうか」
「ああ、たぶん同じだと思う。さっき、セイラが解析していた分を教えてもらったんだけれどね。撃くん、あの夜に、なにか感触、つかめた?」
「なにか……今まで感じたことのない恐怖っていうか、掴みどころがなかったというか。妙な感じで。やたらと余裕を持ったような言い回しで、話しかけながら自分を品定めしているような感じにもみられた」
「なるほど」
「あの時、「あなたも地球人ですか?」と……俺は答えなかったけれどね」
地球人かと問われたか。これはもしかしたら、相手に撃の素性がわかってしまうのも時間の問題か。いや、もうわかっているかもしれないな。自分を攻撃してきた相手だとすれば、自分の素性は当然、割れているはずだし。
あの影がまた、相模原キャンパスに現れないとも限らない。でも、2度も。いや、2度あることは3度あるともいうし……今、キャンパスの近隣には、小さな球体カメラを数個、浮遊させてある。異常を感知すればドルギランにすぐに通信が入るようになっているのだ。カメラそのものはそれほど大きなものではないので、すぐには見つからないだろう。
「あとは……依月さんに話を聞かなきゃならないか」
ジェイスの呟きに、撃は小さく頷いたが、
「でもね、さっき、シェリーと依月が話しをしているところを見たんだけれど、どうしても俺、部屋の中に入れなかったですよ」
と言った。撃の顔を見ようとするが、彼は視線を床に落としていた。弱く笑ってはいるが、なにか言葉を探しているような具合だ。
地球に来てから、煮え切らない態度の撃に、ジェイスは少しいらだちを覚えていた。だが、彼自身もどこかで遠慮している部分もある。はっきりと彼に話をするべきなのかどうか、悩むところでもある。自分の立場でどこまで触れていいのか……
「あ、戻っていたんだ」
考え事をしていたジェイスに、依月のいる部屋から戻ってきたシェリーが声をかけた。
「依月さんは?」
「うん、今は落ち着いてる」
彼女はちらっと撃の様子を見てから、話しを続ける。
「でも、あたしが話しを聞いてもいいのかちょっと困っちゃって…ね、ジェイス」
「それは僕が話しをするよ」
穏やかに、ジェイスは言った。
「あれ?セイラは?一緒に戻ったんじゃないの?」
「彼女はママさんに頼まれて、最上さんちでお留守番だよ。シェリーも行ってみる?僕の部屋から最上さんちへ直接行けることは知ってるよね?」
「あ、うん」
ぽんっとセイラの背中を叩く。
「行っておいで」
「うん、わかった。撃、ちょっと出かけてくるね」
「ああ、行ってこい」
にこっと笑って、シェリーはコクピットを出て行った。
彼女の足音が聞こえなくなってから、さて……と、向きを変えてから撃に言う。
「撃くん、何か言いたいこと、あるんじゃないのか?」
びくんと明らかに相手の肩が震えた。
「ずっと気になっていたんだよね。長官から任命を受けて地球に来た時から、きみはずっと何か煮え切らない態度をとっていること。本来の撃くんはそんな態度の人じゃないってことくらい、僕にはなんとなくわかる」
ジェイスは目の前に立ち上げていたシースルーモニターを閉じてから、もう一度、撃の顔を見た。視線を合わせようとせず、ずっと俯いている。
「なにか遠慮しているね?」
「……」
「自分ひとりで背負うことはない。今回の地球滞在許可は、たぶん、ギャバン長官は「わかっていて」きみに許可を下ろしたんだと思うよ。だったら、ここで隠し事をしても仕方ないだろう」
のろのろと顔を挙げて、撃はジェイスの顔を見る。
「そろそろ話し、聞かせてくれないかな?そうじゃないと、この先、話しが進まない。まずは話しを聞かないとね」
と言うと、ジェイスは軽く腕を胸のあたりで組んで、パネルに軽く身体を寄りかからせた。その視線は、相手を射抜くような鋭い視線でもある。
冗談が言える雰囲気ではない。誤魔化すこともできそうもない。
撃は「観念した」ように弱く笑う。
「やっぱりセンパイには、いつまでも黙っているわけにはいかないよね……俺がわかっている部分だけでも話し、しておいたほうがいいかな」
と、撃は言った。
依月たちが携わっている「小惑星探査機」が持ち帰ったもの。
それは、地球には存在しない「エネルギー」となる小さな「欠片」。研究員たちは気づいていないようだが、探査機が持ち帰った「欠片」は、地球にはない、未知の領域の「エネルギー」が凝縮されたものだという。もし、これが心無い者に奪われるようなことがあれば、とんでもないことになるのは簡単に想像がつく。
「センパイが大怪我を負ったのは、その「欠片」を狙ったやつらの仕業。だけど、まだ正体ははっきりとはわかっていないんだけれどね」
ジェイスは頭の奥がズキンと痛むのを覚えた。また……この痛み。
「銀河連邦警察としても、欠片をやつらに奪取されるわけにはいかないな」
「ええ。たぶん、あれを狙っている連中は…」
それ以上は互いに言葉にしなくてもわかっている。
作品名:Act.7 「Big Deal」~Kizuna~ 作家名:じゅん