Act.7 「Big Deal」~Kizuna~
「だいぶ酷い怪我をしていたので、特殊羊水を銀河連邦警察を通じて補給してもらいました。シェリーもここにいますよ」
「ジェイス、久しぶり」
【ああ……そう、か…助かったんだな……】
「怪我の度合いも少し高いから、時間はかかるけれど……まぁ、地球時間で2日ってところね。少し辛抱して」
「よかった、ホントに」
セイラの表情が、ホッとしたというものになった。それまで険しい顔をしていた彼女の表情が、不意に緩む。
「もう少し眠っていたほうがいい。センパイのコンバットスーツも回収して、セイラに渡しましたよ。今は何も心配せずに眠ってください」
【……ありがとう】
それだけ言うと、ジェイスは再び目を閉じた。
地球、日本。
「というわけで、シン先生は、今週いっぱい、お休みです」
最上家の1階にある学習塾の教室で、セイラが言うと、生徒たちは非常に残念そうな顔になった。いかに真が子供たちに慕われているかというのを、こういう時、身にしみてわかる。
今はセイラひとりでも子供たちを見ることはできるし、最悪、わかばにもお願いすることができる。
セイラが子供たちに教えている姿を、教室のいちばんうしろで見ているのは、黒いジャケットを着た撃である。そばには地球人の私服を着たシェリーもいた。
「へぇ……センパイ、ここでふだんは子供たちを教えているんだ」
「ま、自分たちの正体を言うことはできないから。ギャバン長官も地球担当だったころは、自分のことを隠していたのよ。ここの塾長さんでもあるわかばさんは、長官の若いころを知っているわ」
「え?そうなの?」
「わかばさんのおじいさまに、とってもお世話になったんだって。コムおじさまが言ってた」
「へぇ……」
撃にとっては初めて聞くことだ。現在の自分の上司であるギャバンが、かつて地球担当だったことは聞いていたが、詳しいことまでは知らない。そもそも、シェリーがジェイスのいとこだというのも、最近になって知ったことである。
「……それにしてもシェリー、その服装、どうにかならないか?」
「え?ダメ?」
白のブラウスに、どピンクのフレアスカート。髪型は可愛くまとめて、お団子状態にまとめているのだが……色使いのせいか、かなり目立つ……教室ではかなり浮いているのは事実だ。
「あたし、この色、好きなんだけれどな?撃は嫌い?」
「いや、そうじゃなくて」
苦笑いするしかない。まぁ、このあたりが彼女らしいといえばそれまでなんだけれど……そういえば「お嬢さん」なんだよな、考えてみれば……それに、地球のことを彼女は知らないわけだから、そのあたりは自分がわかる範囲で教えて行けばいいのかもしれないし、あ、そうか、セイラがいるじゃないか。
そもそも、女性の扱いはそれほど得意では……ない。
「撃?何考えているの」
「え?あ、ああ」
いかん。余計なことを考えるな、自分。
==============================================================================
【……なんだろうな……】
羊水の中に浮かんだまま、ジェイスはゆっくりと今までのことを思い出そうとしていた。
【新しい相手がいて……戦ったのはいいんだけれど……まさか、あんなに…強い、とは……】
今までの敵とは勝手が違う。前回、戦ったブリュンヒルドたちかとも思ったが、それとは別の相手だったようだ。まるで動きが違っていた。身軽に周囲を飛び回り、自在に何かを操る……まるで「幻影」を操るような感じにも思えた。だが、それすらもはっきりとは思い出せない。
右上腕部と左脚膝から下が「吹っ飛ばされた」。あまりにも瞬間的なことにその時は痛みすら感じなかった。顔面も額のあたりからかなり深い傷が出来ていたし、あとは全身にくまなく細かい傷があった。雨の中で倒れていた時、全身は痛みで麻痺し、自分がどれだけの大怪我だったのかの判断はつかなかった。
今は「羊水」のおかげで傷はほとんどが消えているし、消失している「体の一部」も、少しずつもとに戻ってきているのがわかっている。
自分にこれほどの怪我を負わせたのは、スカーヴィズではなく、別の個体。これははっきりとわかる。それも、自分が今まで戦ったことがないタイプの。
(また…来るだろうな……とどめを刺さなかったこと、相手もわかっている、はず……)
だけど、コンバットスーツは?セイラが難しい顔をして言っていた。
「かなり損傷が激しいのよ。ちょっと原因不明の腐食みたいなものもあるから、少し時間がかかるかもしれないわ。できる限り、早く仕上げるようにはするけれど」
参ったな。自分は何もできない、これじゃ。焦る気持ちが先に来てしまう。
マクー帝国のこと、自分は何もわかっていない。
わかっているのは、過去に存在した犯罪組織と少しは関係あろうかということと、スカーヴィズという「騎士」、そして複数の敵がいることのみ。一体、何が目的で奴らは地球にいるのだろう?
「ジェイス先輩、気分は?」
自分に話しかけてくる声に目を開けると、カプセルの向こう側に、撃がこちらを見て立っているのがわかった。
【ああ、撃くん……か】
「だいぶ修復が出来てきたみたいですね。転送されているのも戻ってきています。もう少しの辛抱ですよ」
【申し訳ない。迷惑をかけてしまったみたいだ】
「それは気にしないでほしいな。今回はギャバン長官がこちらに来ることが難しいってこともあるし……先輩にお付き合いさせてもらうよ」
【ははは、それは頼もしい……たぶん長官は、デスクワーク……溜まっているんじゃないかと……思う】
ニヤッと笑う撃に、ジェイスも思わず笑ってしまう。
「あの人」が、もともとがデスクワークに向いている性格ではないことは、ジェイスは嫌というほど知っているし、きっと、ミミーに厳しく言われているんだろうなというのも、簡単に想像できてしまう。
「笑った時の目、長官によく似てるなぁ」
【……知っていたんだ……】
「独特の名前……一条寺、なんて地球名でわからないわけがないよ」
ジェイスの言葉に、また彼は笑った。確かに、この名字は独特かもしれない。自分も咄嗟に名乗ってしまったとはいっても「大事な人の名前」であることには変わりはない。
【でも、年上の人にセンパイなんて……呼ばれるのは、なんだかくすぐったいなぁ……】
と、ジェイスが思ったことを外にあるモニターで読み取ったのか、
「先輩はセンパイでしょ?」
撃は言った。
「ヘンなところを気にするんだなぁ」
【うわ、このシステム、ある意味、怖いな】
「それ以上に、顔に出てます、ジェイス先輩は。それに、バード星人と地球人じゃ年齢のスピードも違うって聞いたことがありますよ?」
笑いをこらえているらしい。ジェイスの顔を見ていた撃は、ゆっくりと言った。
「俺にとって、長官とミミーさんは命の恩人だ。どんなに感謝しても、感謝しきれない。ああ、だからってわけじゃないけれどさ」
照れくさいのだろうか、撃は言葉を誤魔化してから、話しを続ける。
「だけど、まだまだ、俺は宇宙刑事としては半人前以下。候補生のままでもあるしね」
作品名:Act.7 「Big Deal」~Kizuna~ 作家名:じゅん