Act.7 「Big Deal」~Kizuna~
太一と春香は……過去に一度だけ、真が「蒸着」する姿を見ている。だが、それは彼らの父親である最上誠一によって、若干の「記憶操作」をされているが、いつか、それもわかってしまうときがくるかもしれない。その時はその時だと、真は腹をくくっている。
そして、わかばにも……
「真くーん、春香ー、晩御飯、できたわよー!」
「あ、ママが呼んでる」
階下からわかばの声がする。真は、ひょいっと春香を抱き上げて言った。
「よし、一緒に下に行こうか」
「うん!」
一方、セイラはドルギランのコクピットにいた。
目の前に立ち上がっているいくつものシースルーモニターや書類、地球の新聞などを見て、なにやら唸っている。
「こんなことがあったなんて…」
彼女は唇のあたりに指をあてて、考えていた。
コンバットスーツのことももちろんだが、「あの日」から気になっていたこと……十文字撃と、彼が遭遇した事故を調べていたのだ。ジェイスからも気になるという話があったので、時間があれば調べみるというところだったのだが、これが一度調べ始めると興味があるというか、気になる部分がいくつも出てきたのである。
「撃さんを含めて、6人のクルー……その中には、彼の親友である大熊遠矢さんという日本人もいたのね…」
今から1年半ほど前、アメリカのNASAが打ち上げたスペースシャトル「Adventurers」は、正体不明の何者かに襲われ、宇宙空間で突然「爆発」。クルー全員が宇宙空間に投げ出されたというのだ。
前代未聞の「事件」に世界中が震撼し、事件(事故)解明に全力を尽くすというが、結局のところ、今になっても全面的な解決には至ってはいない。さらに、行方不明になっているクルーがひとりいるという記事もあった。
「それがたぶん、撃さんのことね」
現在の地球人たちには、銀河連邦というものが存在しているということはほとんど知られていないため、撃を助けたギャバンやミミーは、特に地球へ連絡をするということはしていないということがわかる。撃がなぜ、その後、スペースシェリフ・アカデミーに進んだのか、詳しいことはわからないが……だが、それ以上に「謎の爆破事故」というのが、非常に気になっていたセイラは、なにか資料がないかとタッチパネルを操作していく。
「まさか…マクー帝国が関わっているってことはないかしら?」
ふと、アタマを過る考え。いや、でも1年半も前のことだし。
「でも、長官がずっと調べていたって言っていたのも事実だし……あ、もしかしたら……」
セイラはとあることを思い出した。しばらく考えてから、とあるところへ連絡を取ろうとアクセスを試みる。
返事があるかどうかは、相手次第だけれど。
スカーヴィズは、自室の片隅に現れた気配に顔を上げた。
≪おくつろぎのところを失礼しますよ、スカーヴィズ様≫
フッと目の前に現れた「影」は、まるで道化師のようなスタイルをした、小柄な人物……だ。顔にもメイクを施し、泣いているような笑っているような……不思議な表情。
≪ヴェルザンディ様がお留守のようでしたので、こちらにお邪魔しました…よろしかったでしょうか≫
jokerは、ヴェルザンディとは長年の付き合いがあるらしく、以前、彼女が帝國から一時、姿を消した時にもその「供」をしたことがあるという。表情からもわかるように、何を考えているのか読み取れず、いつも飄々とした態度なので、周囲からはあまり良い印象は受けていないようだが、当の本人はそんなことは一向に構わないらしい。
≪先日の件でございますが……スカーヴィズ様はなにかご不満なことでもありましたかな?≫
スカーヴィズの前に恭しく……だが、どこか飄々とした、不思議な雰囲気のjokerは、スカーヴィズの前にいる。はるか昔、地球の欧州地域に存在したという「宮廷道化師」とでもいえばいいのだろうか。そんな雰囲気を持っているのだ。
≪不満……ああ、あの時のことか≫
jokerが言った言葉に、スカーヴィズは表情を変えることはしなかった。ただ、静かに相手を見ているだけだ。
数日前、jokerが行った「ある行為」に関することである。
≪相変わらず何を考えているのかわからんな。だが、それなりのことがあって、とどめをささなかったんだろう?≫
≪さぁて……どうでしょうね?≫
喉の奥で笑いを堪えるjoker。スカーヴィズは言った。
≪銀色の戦士は、まだまだ強くなる。貴様もそのことをわかっていると見たが?≫
≪さすがスカーヴィズ様。あの青年は、面白い。私が今まで見てきた「人種」の中でも、不思議な魅力を感じております……≫
スッと、スカーヴィズが手を軽く動かすと、目の前に現れたのは、ジェイスの立体映像だ。
過去に様々な者を見てきたが、スカーヴィズにとって、銀色の戦士=ジェイスという存在は、その中でも特異な存在でもあった。人前では本音を言うことがないスカーヴィズが、果たして本当はどう思っているのか、それはだれにもわからないが。
≪かつて、私の主君でもあったドン・ホラー様が相手にしていたという銀色の男……あやつによく似ているとは思っておりましたが、まさか同じ血を持つとは思ってもみませんでしたよ≫
≪ほう、知っているのか≫
≪ええ、よーく存じております≫
≪ギャバン……銀色の戦士の名と同じ。ヴェルザンディも不思議がっていたが、な≫
立体映像に手を伸ばし、まるでそれを握りつぶすようなしぐさをすると、映像が消える。再び、室内に闇が戻ってきた。jokerはスカーヴィズの周囲を音もなく歩く。決して、邪魔にならず、鬱陶しくもない、不思議な動き。
≪もうしばらく様子を窺うことにしましょう。どうやら、面白いことになりそうですよ?≫
≪………………≫
≪では、私はこれにて≫
もう一度、頭を下げて、その場から消えていく。
≪joker、喰えん奴だな、相変わらずというかなんというか≫
消えて行った場所を見たスカーヴィズは少しだけ、苦々しいという表情をして見せた。
彼がふだん、見せることのない表情を……
相模原市中央区にある、宇宙開発機構。略称は「JAXA」。
ここは日本の宇宙開発関連の最先端を担うひとつである。数年前、世界初の「小惑星からのサンプルリターン」を試み、いくつもの障害を乗り越えて達成させたという「偉大なる事業」の関係で、一躍有名になった施設でもある。
相模原キャンパスと呼ばれるこの場所にはちょっとした見学場所と図書室や資料室も備え付けられており、一般の人々が気軽に宇宙に触れることが出来る場所として人気があった。夏休みともなれば、子供たちで大賑わいになるという。また、その前には2日間、ふだんは見学できない場所も開放してくれるイベントもあって、これまた大人気なのだ。
正門の前にファイアーブレードを置いて、真はしばらくその場に佇んでいた。
入口には守衛がいて、見学するにはそこで自分の在住地域と名前を書いていくことになる。そこで見学者カードを借りて、中へ入る。このあたり、いかにもという感じだ。
「前に来たときは夜だったし、雨も降っていたからな……」
作品名:Act.7 「Big Deal」~Kizuna~ 作家名:じゅん