Act.7 「Big Deal」~Kizuna~
前回、ここへ来たときは真夜中で、酷い雨が降っていた。建物の前で「例の人物(?)」と遭遇し、一戦交えて、そして……
思わず顔を歪める。あの時、撃が現れなければ、今頃どうなっていたのか。
有無を言わせない圧倒的な「パワー」で、自分は……今までとは違う「敵」に、真は戸惑った。蒸着していたコンバットスーツに深い傷が刻まれ、最終的にはそれが解除されてしまい、身体ごとふっとばされてしまったのだ。腕、足に酷い傷を負った自分を思い出す。
相手を甘く見ていたわけではない。だが、その圧倒的なパワーは……いや、あれは……
(いずれにしても、宇宙刑事失格だ…まだまだ、自分はチカラが足りない)
しばらく考えていたが、一度は入った建物の中から出ようとしたとき、ばすっと誰かとぶつかった。慌てて視線を移すと、真の足元に座り込んでいる女性がひとり。
「あ、すみません!」
慌てて手を差し出す。
「いたたた……こ、こちらこそ…」
散らばった書類を片付けようとする彼女を手伝い、真もそのあたりにあった書類を一緒に集めて、それらを女性に手渡した。
「大丈夫ですか?」
「ありがとうございます。ちょっと慌てていたものですから……」
にこっと笑った女性は、真から書類を渡されると、それらを丁寧にまとめる。白衣を着ているが、その胸元に光るものを見た真は、あっと声をあげた。
星形のペンダントヘッド。
(これ、撃くんが持っていたものか?いや、まさか……)
「すみませんでした」
女性は立ち上がり頭を下げる。真は咄嗟に彼女がつけていたネームプレートを読み取る。
『Itsuki Kawai』
JAXAのロゴが入っているから、彼女がここの職員だというのがわかったが、女性は真の顔を見て、少し怪訝な顔をしたあとに、もう一度頭を下げて、建物の奥へと小走りに駆けて行った。
「あのペンダント……」
まさかね、偶然かな。女性だもの、アクセサリーはしていても不思議じゃない。でも、妙に気になる。また、自分がコントロールできない能力(ちから)が働いているのか、何かを「感じる」。何かを。
ズキンと頭の奥がまた、痛む。いつか感じた痛み。
と、ウエストバッグに入っていたスマートフォンが着信を知らせる。相手は、セイラだ。
『ジェイス?どこにいるの?』
「ああ、今、JAXAの前だけど」
『あ、JAXAにいたんだ。なんだぁ、私も行けばよかったー』
「なんだよ、近くにいるのか?」
『そうじゃないけれど』
しばらく雑談を交わしてから、ふと思いついた。
「セイラ、撃くんとシェリーは?」
『シェリーは私と一緒にいるけれど、撃さんはでかけたわ。何か見たいものがあるって』
「そうか」
『何か連絡、とろうか?』
「いや、いい。今度会ったときにでも大丈夫だと思うよ」
『ふ〜ん…?』
「もう少し、あちこち見てから帰るよ。今日は午後は授業だしね。セイラ、準備頼むね」
『了解。気を付けて』
通信を切って、ふたたびウエストバッグに仕舞い込む。ヘルメットを手にして、ふっと前を見ると、そこにはひとり、見覚えのある人影があった。
「撃くん……」
そこには私服姿の撃が立っていた。
ゆっくりと真に近づいてきた撃は、何も言わずに視線をJAXAの建物へと向ける。なんとも複雑な、そして、どこか懐かしむような表情で。彼の胸元には、青い星型のペンダントが光っている。やはり、さきほどの女性と大きさも形も一緒だ。色だけが違う。
真は、思わずそのことを言おうとしたが、一旦、言葉を飲み込むと、あえて明るい声で言った。
「どうしたんだ?こんなところに。今、セイラが撃くんは出かけているって言っていたんだけれど」
だが、真の言葉に撃はすぐには答えなかった。複雑な顔をしているのは変わらない。少し躊躇うような感じで、ゆっくりと言葉を吐き出す。
「依月、元気そうだったな……」
「イツキ?」
「センパイがぶつかった彼女ですよ。俺のおさななじみです」
「……イツキ・カワイ?彼女のネームプレートに書いてあったよ」
「さすが、しっかりあの時に読んでいたんですね」
少しだけ笑う。その笑顔が、とてもさみしく……
「河井依月。JAXAに所属する研究員です。彼女はとある小惑星探査チームの仕事に携わっているはずですよ」
「おさななじみだったら、なぜ、声をかけないんだ?」
「……忘れてますね、センパイ。俺は地球での公式見解は消息不明の扱いになっているんです。生死不明のままで。それなのに、いきなり現れたら、向こうだって驚きますよ」
「でも」
「行きましょう、センパイ。俺は、あまりここには長居をしたくない。今は……特に」
「撃くん!」
真の声も聞かず、撃はその場から歩き出した。
ただ、彼の両手が……何かを耐えるように握り締められていたことを、真はしっかりと見た。
彼には、まだなにか言い足りないこと、言えないことがある……きっと。そうでなければ、長居をしたくない場所になんて来ることはないだろう。
(なにか……起こる。この先、きっと)
真は心の中で、そう、呟いた。
自席に戻った河井依月は、目の前に積まれていた書類に溜息をついた。
(あーあ、今日も何時に帰れるかわからないわね……)
ちらっと壁にあった電波時計に目を走らせる。午後も4時を回っている。定時は一応、17時30分ではあるが……まず、その時間に帰れることはなさそうだ。溜息をついていても仕方ないので、椅子に座って、書類の山を片付け始める。
片付けながら、さっきぶつかった男のことを思い出した。自分を見て、随分と驚いた顔をしていたけれど、自分には覚えのない顔だったな。なんで、あんな顔をしたんだろう?
「見たことないわよ……」
思わず声に出して呟いた。
彼女のデスクの透明マットの下には、必要なことをメモしたものが挟まれていて、中には小さな写真があった。3人の男女が写っている。白衣を着た依月、青いツナギを着たふたりの男性……みんな、にこやかな笑顔で。ふっと手を止めて、依月はその写真を見つめた。メガネをかけた男性の顔の部分にそっと、指をあてる。
「あれから2年近く、か……遠矢は見つかったけれど……」
きゅっと口元が引き締まる。
「撃、ホントにどこへ行っちゃったの?」
どうしても消息がつかめない、もうひとりの男。
今も諦めきれない部分がある。でも、自分ひとりではどうしようもないのだ。NASAの公式見解では、彼は消息不明のまま。自分ひとりではどうしようもない。これ以上は。でも、諦めきれない。そんなジレンマを、もうずっと抱えている。
写真の中の3人は……あのころは、まさか今のような状況になるとは思ってもいなかった。冗談を言い合い、時にはケンカもして……小さい時から一緒に遊んでいた。おさななじみの3人組。男の子ふたりに女の子ひとり、そんな組み合わせだけれど、自分も一緒に……そして、自然と3人で同じ場所を目指した。
胸元にあった紅色の星型ペンダントヘッドを、そっと、手で覆う。
今もどこかで生きている。確証はないけれど、彼のことだ、もしかしたら、ひょっとしたら……そんな思いを抱きながら、依月はしばらく写真を眺めていた。
「あ、いけない。書類、出来るだけ片付けないと」
思い出に浸るのは後でもできる。
作品名:Act.7 「Big Deal」~Kizuna~ 作家名:じゅん