Act.7 「Big Deal」~Kizuna~
彼女は再び、書類の整理を始めた。いずれにせよ、この書類も片付けないと、来週に控えている相模原キャンパスのイベントにも間に合わない。年に一度の「おまつり」。JAXA相模原キャンパスにとっては大事な2日間になる、毎年恒例のイベントだ。依月も楽しみにしているものでもある。
(遠矢、撃……今年もあのイベントの時期が来るわ…いつか、3人で一緒に準備して、ウチの職員たちと一緒に楽しんだあのイベント……)
そう、心の中で写真に話しかけながら。
「ジェイス、ちょっといい?」
最上家の自室で難しい顔をしていた真に、不意に声がかかった。声がしたほうを見れば、セイラがクローゼットの向こうから顔を出している。
「どうした?」
「できればドルギランに来てくれる?ここじゃできないわ」
「わかった」
クローゼットのドアをくぐり、丁寧にそれを閉じる。一歩踏み入れれば、そこはドルギランの艦内だ。
コクピットに足を運ぶと、セイラはシースルーモニターを立ち上げて、それを自分たちの前に大きく引き伸ばした。
「まずはコンバットスーツのことなんだけれど、これ……さっき、バード星の科捜研から送られてきたデータなの。ちょっと今回はまずいことになっているかもしれない」
データが並んだモニターを見ていた真……ジェイスは、表情を険しくする。
「前にもちょっと話したと思うんだけれど、原因不明の腐食部分ってのがあるのね。今まで見たことがないって、向こうでもチーフが首を傾げてる」
「あの時の「相手」が、今までと違う感じがしたからね。幻影というか幻覚というか、幻というのか」
「スカーヴィズの仲間であることは間違いはないと思うのだけれど……」
「まだはっきりはわからないな……」
「うん」
「だけど、コンバットスーツが使えないっていうのは困る。いざとなっても使えないっていうのは」
眉間にしわを寄せて、ジェイスは言った。セイラは少し困ったような顔をして返事をする。
「科捜研や本部からも、まだそれについては連絡はないのよね。向こうでも動いてくれているとは思うのだけれど、これ以上は私からは何も言えなくて」
「わかった。とにかく本部からの連絡を待つしかないか。セイラ、大変だと思うけれど頼むよ」
「うん」
パッとモニターが目の前から消える。
メカニック関連の「天才」セイラをもってしても、今回は一筋縄ではいかないのだろうな……と、ジェイスは思った。色々なことが同時進行している。少し整理しないといけないなぁ。
椅子に座り、セイラの顔をもう一度見ると、ジェイスは言った。
「あと……撃くんの例のこと、なにかわかったこと、ある?」
「んー、それなんだけれど」
セイラは少し、間を置いてから、
「まだはっきりとはわからないんだけれど、撃さんたちが乗ったシャトルを爆破させたのは、地球の人工衛星とかじゃないのはわかるのよね。確かに地球にも軍事衛星って呼ばれるものもあるみたいなんだけれど、それにしては威力が凄すぎるってこと」
「っていうことは、外部からの?」
「それしか考えられない。それに……前にジェイスも教えてくれたけれど、長官たちがずっと、長い間調べている件、覚えてる?」
「ああ、僕が地球に来たときに、父さんが言っていた。地球界隈に現れる謎の物体だろ」
確か、自分が地球配属が決まる時、ギャバンが何か言っていたな。
「それね。私もそれにマクー帝國が関わっているんじゃないかと思って、今、ちょっと別方面に打診しているところなのよ。まだ返事はないけれど」
「別方面って?」
「返事が来るかは相手次第。うまく通信が伝わっていればいいけれどね」
セイラにしては曖昧な返事だ。まだ確信が取れないからというのもあるのだろう。
「シャトル爆破事故の資料、出来る限りのところまでは読んでみたけれど、地球側……つまり、航空宇宙局やJAXA側も深いところまでは読めなかった。ただ、言えることは、助かったのは撃さんひとりだけっていうことね。地球側の公式見解では「消息不明」扱いになっているのは、前にも話した通りよ」
「本人もそう言っているしな」
ふっと、撃の顔を思い出す。何かを耐えているような、何かを言いたくてもそれを耐えているような表情。
「それから、撃さんと親友の大熊遠矢さんのことも調べていたら、ひとり、女性の名前にあたったのよ」
「女性?」
「河井依月さん。ふたりのおさななじみ……って言っていいのかな」
「えっ?」
セイラの口から出た女性の名前に、ジェイスは思わず立ち上がる。その名前って。
「彼女はJAXAの研究員なんですって。小惑星探査機のプロジェクトにかかわっていて、撃さんと遠矢さんの研究にも随分と関わっていたみたい」
「……」
「ジェイス?どうしたの……?」
「昨日、その河井依月さんという女性とすれ違ったんだ、JAXAで」
「えっ、そうなの?」
思わぬ言葉に、セイラも思わず声を上げてしまう。それから、慌てて口元を押さえ、周囲を見てから、もう一度、手を口元から離して続けた。
「偶然にしてはすごいことじゃない?それ、まさか撃さんには言ってないよね?」
あの直後、撃が相模原キャンパスの前にいたこと、依月のことを心配していたこと……言うべきだろうか?いや、それとも……一瞬、判断に迷いながら、ジェイスは答えた。
「いや、撃くんには何も言ってないよ?」
今は特に当たり障りのないことを言っておいたほうがいいだろう。咄嗟に判断してのことだった。
「それならよかった……って言ってもいいのかどうかわからないわね、こうなっちゃうと」
少し戸惑いながらセイラが笑う。
「それで?彼女については、なにか?」
「特にそれ以上は何も。だけど、なぜか……私も気になるのよねぇ。彼女のこと」
純粋なバード星人であるセイラにも「予知能力」のようなものがあるわけで、どうやらセイラにも何かを感じるようだ。少なくとも、ジェイスよりも強いはず。
ふたりは顔を見合わせた。
「彼女の様子を見ていたほうがいいかな?」
「私もそう思う。撃さんには言うべきかしら」
「いや……今は様子を見よう。機会を見て、僕からいうことにするよ」
「大丈夫?」
「たぶんね」
そう言うと、ジェイスは軽くウインクして見せた。
最上家の朝は非常ににぎやかだ。
「太一、ちゃんと野菜も食べないとダメよ」
「だって、オレ、ピーマン苦手なんだもん。残しちゃダメ?」
「ダメ」
野菜サラダに入っていたピーマンを見て、食べたくないと駄々をこねる太一に、わかばが窘めている。となりでは、セイラと春香が話しながら朝食を摂っている。
「真くん」
「はい?」
それまでいつもの光景を見ていた誠一が、真に話しかけた。
「来週末、JAXAの一般開放日があるの、知ってるかな」
「ああ、なにかの記事で読みましたよ。年に一度の「お祭り」だって。面白いこと、してくれるんですねぇ」
「真くんはこういうの、好きなんじゃないのか?」
ニヤリと笑う誠一に、真は苦笑いする。
……ホンットに意地悪いんだよなぁ、パパさん……僕の立場がわかってるくせに。
だがしかし、誠一が何も考えずにこの話題を自分に振ってくるとは思えない。
「なにかあるんですか?」
作品名:Act.7 「Big Deal」~Kizuna~ 作家名:じゅん