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いつものあなた

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「まずはコレとコレにはきかえてね」
 ようやく落ち着いたアンディに、アンナが靴下とスカートを手渡す。
 執行部からメールで連絡を受け……協力するように頼まれ……て急いで用意したものだ。
「アンディのサイズはメールで聞いたから大丈夫だと思うんだけど……あの、そこのホワイトボードの後ろで着替えてきて。私、絶対に見ないから」
 無言で受け取り、それを手にしたまま沈黙しているアンディに、何を考えているのか察して……目の前で脱いでいいものかってとこだろう……アンナは慌てて付け足す。
 冗談じゃない。目の前で着替えられてたまるか。
 アンナはくるりと背を向ける。
 静かにアンディが離れていく気配がして、しばらくしてバサッという音が聞こえ、靴下とスカートを替えていることがわかる。
 ちなみに、ウォルターはといえば、不貞腐れて壁際にもたれて座ってじっとしている。
 すぐにアンディは戻ってきた。
 気配に振り向くアンナに、はいていた靴下とスカートを差し出す。
 今アンディがはいているのは、白いハイソックスと、この学校の制服の黒いスカート(膝上5センチくらい)。
 それを確かめて、アンナはうんうんとうなずく。
「アンディは足が細いんだからルーズソックスなんてはかない方がいいのよ。スカートもそんなに短くしないで。別に太腿見せなくたって、膝小僧が見えるくらいで十分よ。第一、スカートがめくれると困るしっ……」
 先ほどの、見てはいないが、暴行の際をアンナは思い浮かべる。
 きっとアレ、パンツ見えただろうな……と。
 あんなに短いスカートで暴れちゃあ。
 渡された靴下とスカートをテーブルに置き、アンナはガサゴソと紙袋から靴を取り出す。
「ローファーは、黒に黒だと真面目な印象になっちゃうから、明るい茶色にしたわ。ちょっと隙のあるくらいの方が、変質者には狙われやすいだろうし……。はい、サイズ合ってるかどうか見るから、履いてみて」
 差し出された靴を受け取り、アンディは黙って上履きを脱いで靴を履く。
 『痛くない?』だの『きつくない?』だの言うアンナの言葉にいちいちこっくんとうなずいてみせる。
 ふたりとも完全に仕事としてやっている。
 個人の感情は置き去りにして。
 その方がさくさくと進められる。
「大丈夫そうね。じゃあ次、上だけど……」
 ガサッと別の紙袋から中身を取り出す。
 仕事だけど、でも、アンナはちょっと楽しくなってきていた。
「そのセーターとシャツ脱いで。……まったく、ゆるければゆるいほど女の子らしいってわけじゃないのよ。誰が何考えてそんなセーターにしたんだか。今時めずらしいコギャルか。固定観念ていうか……うん、多分、女の子を見る目ないな」
 辛辣な意見に、アンディは何も言わない。
 自分を着替えさせたのは執行部の先輩方なので。
 体育会系の部活ではないけれど、そういうところには口をつぐむということが徹底している。
 無言でガバッとセーターを脱ぎ、リボンとシャツのボタンとを外して、アンナの手渡すシャツとセーターに着替える。
「シャツは中に入れちゃっていいから。……あ、待って。一応コレ制汗スプレー……。そう、それでセーター着て」
 アンナはアンディの着替えを見ながら指示を出す。
「そんなにキッチリ上までボタン留めないで。……って、全部外せって言ってるわけじゃないのよ? 上から2つくらい外すだけでいいってば。……そう、手首のボタンも……それから……」
 アンナはついに手を出す。
 長袖のシャツをまくって7分の長さにして、セーターを引っ張って裾を直す。
 そうしながら言った。
「清楚な感じの方がいいだろうから、セーターはクリーム色にしたわ。その方がアンディの髪の色にも合うし。それに、やっぱり少し襲われやすいようにふんわりとした雰囲気にしたいから、真っ白よりもこれくらいの色の方が。……で、胸にワンポイントで、見られたくないところをガード。あんまりジロジロ胸見られたくないから、ごまかさないと。こういうので逆に目を引きつけるようにして本当に見られたくない場所を隠すのよ。……そして、腰の下をちょっと膨らませてウエストサイズもごまかして……まあアンディ細いから大丈夫そうだけど」
 少し離れて眺めて格好を確かめる。
 白いシャツの長袖を7分丈にして細い手首を覗かせて、喉元のボタンを外して少し肌を見せて、少しだけゆるい柔らかなクリーム色のベスト……胸の片側に赤い糸でブランドのロゴが入っている……を着たアンディ。
 『よし』と言ってアンナは机に置かれた紙袋をまたゴソゴソやって細くて長い制服の赤いリボンを取り出す。
 少し紐をゆるめたそれをアンディの首につけて、襟を直しながら話す。
「ネクタイと迷ったんだけど、ひとつでも女の子っぽい方がいいでしょ。やっぱりネクタイだとちょっと固い印象になるし……この場合はね。それから、ボタンのことだけど、上着着るにしてもシャツの手首は留めないでね。ちょっと隙があるように見せたいし、無防備な感じで……。あと、ブレザーの前も留めない。せっかく細腰作ってるんだから。ようは見せたいとこは見せた方がいいし、隠したいとこは隠せってこと。……で、コレ」
 次にアンナが取り出したのは、アクセサリーの入ったケースだった。その蓋を開けて、中から銀色に光り輝くプルメリアの花をかたどった小さな飾りのついたネックレスをつまみ上げて、アンディに近付く。
「コレが重要。喉仏を見られたくないから、視線誘導。男だってバレたら困るもんね。こういうちょっとしたのが女の子っぽく見えるものだし……」
 首元につけられたネックレスを指にかけて引っ張って不思議そうに眺めているアンディに、アンナはふと眉をしかめて言い足す。
「失くさないでよ? それ小さいけど高いんだから! 失くしたら弁償してもらうからね!?」
 首を傾げてアンナを見て何か物言いたげにしていたアンディが目を死んだ魚に戻してうなずく。
 どうやら、任せる以上は口を出さないと決めこんでいるらしい。
 文句を飲み込んで、また行われていることには一切興味を持たないというふうに、ふいと横を向く。
 アンナはかまわずに続けた。


作品名:いつものあなた 作家名:野村弥広