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いつものあなた

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 自分のカバンの中からブラシやヘアアイロンや鏡やスプレーやムースやゴムなどの女の子の変身セットの入った袋を取って、アンナはアンディを振り向く。
「ちょっとこっち来て」
 道具一式を持ってその場を離れ、電源のあるほうへと歩く。途中、椅子を一個抜き取って、それを電源の側へ置いて。黙ってついてきたアンディに座るよう促す。アンディはまたもや何も言わずに腰を下ろした。
 机を運んできてアンナはそこに袋を置き、中からヘアアイロンを抜き出してセット、ブラシ片手にアンディの髪の毛をつかんだ。
「おとなしくしててね……?」
 口元にはっきりと笑みを作って言う。キランと目が輝いている。その目には確かに喜びの色があって。
 『おおお……』と恐れをなした様子でアンナを見上げてガタガタとするアンディ。
 隠されていたものが現れたというか、味方だと思っていたものが実は敵だったとわかったというか、罠にハマったみたいな。
 アンディの髪を自由にできるという快感にアンナは確かに女らしい残酷さを持ってイキイキとしていて。
 逃げられないでこれからアンナの好きなようにされてしまうのだということを遅まきながらにアンディは理解して愕然とする。
 本当に今さら遅いのだけれど。
 今までに女物に着替えさせられているんだし。
 でも、さっきまで、アンナはそんなにやる気を見せていなかった。
 だが、今は明らかに、この状況に浮かれてキャッキャッとしていて楽しそうで。
(だまされた……!)
 アンディはガーンとショックに震える。
 何がだまされたのか、今までだってアンナは女装の協力に積極的で熱心だった。
 でもショックだ。
(仕事で仕方なく手伝ってくれてると思ってたのに……!)
 それを楽しんでたのかということ。遊んでいただけなのか。
(ヒドい……!!)
 ウォルターと一緒じゃん。
 自分が遊ばれていることに気付いてアンディがぷるぷるとしている間にも、アンナは結ばれていた髪をほどいてスプレーをかけたりヘアアイロンをかけたりして、手を休めずに話す。
「普通の三つ編みでもいいんだけど、ちょっと短いから、ここは編み込みで、こっち側から髪の毛持ってきて……」
 てっぺんに近い右側の髪を少量とって左側に向け、丁寧に編み込んでいく。
 短い前髪の上に、きれいな輪っかのように金色の編み込まれた髪がある。カチューシャのように。
 アンナはそれを赤い小さな玉のついた髪ゴムで止めた。
「大きなリボンとかつけちゃうと、編み込みが目立たなくなっちゃうから、コレで。ちょっとこどもっぽいけど、そのほうが少し抜けた感じに見えていいでしょ。変なヤツに狙われやすくて。ハイ、できた!」
 ……一応、仕事は覚えてるんだ……とアンディはホッとする。
 まあ、面白がられてはいるけど。
 ジト目でアンナを見る。
 目の前に突き付けられた鏡を見ないようにして。
 アンディに鏡を差し出しながら、自分も横から覗き込むようにしていたアンナは、ムスッとして鏡を見ようとしないアンディに、笑顔を少し残念そうに曇らせる。
「可愛くできたのにな……」
 そんなことを言われても。
 おもちゃにされて相手を褒める人間などいない。
「よし、立ってみて」
 一通り確認してアンナはアンディを立ち上がらせる。
「はい、じゃあ……戻って」
 もはや言いなりになるしかない、そのことを再確認。アンディは言われるままに元の場所に戻ろうと歩き出す。
 返信道具を手早く袋につめて、机と椅子を直すことは後回しにして、アンナもアンディの後をついて行く。
「それにしても、アンディを着替えさせた先輩たちって、すごいチャラ男かすごいカタブツかの、どちらかだよね。そんなのしかいないのか、執行部」
「……」
 最初の女装の失敗作を言っているのだ。
 どっちかというとカタブツが中心になってやったことだけど。
 アンディはやっぱり何も言わない。


作品名:いつものあなた 作家名:野村弥広