こらぼでほすと 厳命6
自分の亭主の言葉は難しい、と、しみじみと感じた。精神的な部分の話になると、単純な言葉では語り尽くせないものが増える。それがわからなくて、こんなことすら理解していなかった。トダカは、ロックオンが刹那から説明を受けていると思っていたから、簡単に命じたのだろう。
「せつニャンのしつけは、ママニャンがやったらしいからな。」
「あの二人、目だけで会話するから、俺にはわかんねぇーって。」
「それこそ、慣れだろ? 」
「そうかもしんねぇーけど・・・」
「双子で嫁姑っていうのも大変だな? ママニャンに、そこいらは教えてもらえよ? 」
「・・なあ、悟浄さん、兄さんを過保護にしてるのって、みんな、それを知ってるからなのか? 」
「じじいーずは知ってる。年少組は、ママニャンが寂しがり屋だからって思ってるぐらいのことだ。別に、どっかの回線が混線してるぐらいだし、ほとんど、その部分は年少組には見せてないからな。」
悟浄たちは、ハイネからの話やトダカからの話を総合して、最終的に坊主に確認した。坊主は、それを一番理解している。なんせ、ニールが外面じゃない顔を常時見せている相手だ。役割を与えて傍に置いたのも、そういう経緯もあってのことで、すっかり寺の夫夫は互いに、互いが必要な関係に落着いている。そこから先に進まないのは、どちらもノンケだから、そこが限界であるらしい。
「まあ、せいぜい、ベタベタしてやってくれ。それだけで、ママニャンは楽しいんだ。」
タバコ一本を吸い終わると、悟浄は部屋を出る。そろそろ、ドクターとの打ち合わせも終わっている時間だ。
「見舞いしてくれないのか? 」
「俺たちじゃ、意味がねぇーだろ? 」
シュインと扉が自動的に閉じる。それを見送って、ロックオンは大きく息を吐いた。とりあえず、病室に戻って実兄を寝かせてやるほうがいいらしい。
一人で、全部の縁を断ち切って、何も受け取らない生き方というのは、辛いものだろうな、と、思う。傷が増えることはないが、癒されることはない。そんな十数年を過ごしていたのだとしたら、ほんと、最悪のバカだと罵った。
・・・・なんで、そんなに壊れるまで思い詰めてんだよっっ。俺の存在すら消してるって、どういうことだ? ああ? ・・・・・
内心で、暴言を吐きつつ、足早に病室に戻った。扉の前で息を整えて、部屋に入ったら、やっぱり実兄は起きていて、窓の外をぼんやりと眺めていた。音では気付かなかったのか、反応がない。
「・・・兄さん・・・・」
呼んでみる。すると、視線は動かないが、ゆっくりと目が閉じていく。ベッドを起こしているから、座り込んだような状態だ。そのまま、ゆっくりと身体が弛緩して立膝に置いていた手がパタリと両側に落ちた。膝も、そのままじわじわと伸びていく。
「ほんと、バカだな? 」
近寄って、少し小声で、そう言ったら、はっきりと口元が微笑むように緩む。悲しいような腹立たしいような気分で、ベッドを水平に操作した。ハロが残していた映像データの実兄は、ちゃんと筋肉がついていて、がっしりとした体つきをしていた。今の実兄は、ひと回り小さくなった印象だ。
・・・・あんたはさ、普通の生活を送ってるのが似合いなんだよ。それなのに、似合わないことばっかりやってるから、こんなことになるんだ。ちょっとは振り返ればよかったんだ。そしたら・・・俺が居るってわかったのに・・・・
ライルはニールを探さなかった。ハイクロスの前で張り込めば逢えると知っていて、それをしなかった。自分が縁を切られたのだろうと感じたからだ。だが、実際は、ライルに愛情を注いでいてくれたのだと気付いた。闇社会に所属する実兄のことが、バレないように、ライルに迷惑がかからないように逢わなかっただけだ。ライルの代わりに、マイスター組の世話をして、そちらからも何も受け取らなかったから、最後まで一人だった。そう思うと、切ない気分になる。注いだ愛情がマイスターたちに芽吹いて溢れているから、今も慕われている。今は、受け取っているらしいので、少しは生きるつもりにはなっているのだろう。
「・・・・あんたは戦わなくていい。ロックオン・ストラトスは俺が継いだ。これからは、普通の生活を・・・穏やかな生活をしてくれ・・・・・」
ライルが過ごした生活を、今度はニールが経験すればいい。友達や知り合いを作って、その中で暮らせばいい。家族は失ったが、ライルには親友も知り合いもあった。まあ、親友の影響で、こんなことになっているが、今はよかったと思う。理不尽な世界を知ったから、実兄が過ごした生活の過酷さも理解できるのだ。
「ほんと、バカなんだから・・・よかったよ、あんたが生きてて。もう、比べられることもないしな。全然、違う生き方だ。どっちが優秀とかないもんな。」
子供の頃は、同じことばかりしていたのだから、比べられるのは、しょうがないことだった。だが、今は違う。性格の違いとか服装のセンスとか比べられるぐらいの些細なことだ。そんなものは個性だ、と、ライルは言い切れる。
目か覚めたら、実弟がソファに座っていた。暇つぶしに、クロスワードを始めたらしい。うーんうーんと唸りつつ、ペンをクルクルと回している。そんなに暇なら、どこかへ遊びに行けばいいのに、と、ニールは思うのだが、ライルも頑固で外出もしない。
「・・・何がわからないんだ? 」
声をかけたら、ひょいと顔が上がった。つかつかと雑誌を片手に歩み寄って来て、「ここ。」 と、ヒントを示す。
「えーっと、六文字で・・・ごめん、わからない。」
まあ、そりゃそうだろう、と、ライルは頷く。こういう一般教養が必要なものは、おそらくニールよりライルのほうが知識がある。そのライルがわからないのだから、ニールにわかる道理はない。
「なあ、ライル。退屈なんだろ? ちょっとは遊びに行けよ。」
「そうだなあ。明日辺り、ちょろっと出かけようかな。・・・なあ、兄さん。何か食べたいものはないか? 」
「・・・これといっては・・・てか、俺、今、食えないぜ? 」
「食え。食わないから回復しないんだろ? 」
「そう言われてもなあ。・・・確か、アイルランド料理の店があったはずだ。あれでも行ってくれば、どうだ? 」
「ひとりでか? 」
「あーそう言われても・・・誰か付き合ってもらえばいいだろ? 」
「誰にだよ? 」
「鷹さんは・・・ラボだったか。トダカさんなら、付き合ってくれるんじゃないか? リジェネも、あっちにいるしさ。おまえが料理をチョイスして説明すれば楽しそうだ。そうだな、そうしろ。」
連絡してやるからさ、と、起き上がろうとするので、ライルが止める。わざわざ、そんなことをして暇つぶしするのも面倒だ。
「なんで、俺がティエリアの兄なんかを接待してやらなきゃならないんだよ? そんな面倒はゴメンだ。」
一応、リジェネのことは穏便に説明だけはした。ティエリアの兄が遊びに来ているとだけ言ったのだが、ライルはスルーしていた。イノベイドなんかと馴れ合いたくない、と、おっしゃった。
「ティエリアと似たような反応するから楽しいのに・・・」
「そりゃ、兄さんだからだろ? 俺だったら喧嘩になるぜ? 」
作品名:こらぼでほすと 厳命6 作家名:篠義