二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

憂鬱シャルテノイド 前編

INDEX|5ページ/6ページ|

次のページ前のページ
 

 いつだって動揺してばかりいたのは自分だが、その都度落ち着けと押し留めてくれていたのを覚えている。…そのお陰で、失わずに済んだものもあったのだから。
 だから、既視感を感じるのは当然であって。そして、目の前にいるイザナギは風斗のもう一つの一面でもあるのだから、そう感じない方がおかしいのだ。
 言われた相手は一瞬何のことだか分からずきょとんとしていたが、程なく察したのか小さく笑みを浮かべる。
「当然だろう、ペルソナなんだからな」
 と自信満々に言ってくれるものだから、一瞬どきりとしたのは内緒にしておこう。彼も風斗であるのだから気にするなと言われそうだが、それでも本人じゃないと少し申し訳ない思いになるというか何というか。
「行こう、こっちだ」
 招くようにひらりと手を振り、イザナギが歩き出す。向かう先には、いつの間に現れたのか鉄製の階段があった。前ほど霧は濃くないとはいえ、十段くらい先から下は白く濁って見えない。
 けれど、進まなければ風斗を助けだすことは出来ないのだ。今までもやってきたことなのだから、大丈夫、怖くない。
 自分に言い聞かせるように頷いて、陽介はイザナギの後について階段を降りていく。かん、かんと硬質な音が響くのを聞きながら、此処はこんなに静かなところだったっけ、とふと考える。
 そういえば、いつもは皆が一緒だったから、何かしら話しながら進んでいたような気がする。
 口には出さなかったけれど、きっとお互いに少し怖かったのかもしれない。こんな得体の知れない世界の中を、殆ど手探りで進んでいかなければならなかったのだから。もし一人きりだったら、とてもじゃないけど進めそうになかった。
「…正直、来てくれたのがお前で助かった」
 考え事をしていた最中、唐突にイザナギが口を開く。だが、階段を降りる足は止まることなく、相手が振りかえることもない。
「え…?」
「他のメンバーだったら、こうもすんなりとは信じてもらえなかっただろうからな。…いや、別に皆が駄目というわけではないんだが…本体と一番付き合いが長いのは、お前だからな。その分、何を話しても信じてくれる確信があった。…それに、あいつにとってお前は特別な存在だからな」
「………え、お前、知って……るよなぁ、そりゃ」
「記憶は共有してるんだから、当たり前だろう」
 きっぱりと肯定されてしまったので、正直顔から火が出そうなのだが。
 自分の影もしっかりと同じ記憶を持っていたのだから、少し考えればすぐに分かることだ。それでも、こう改めて口にされてしまうと恥ずかしいことこの上ない。
「…あいつは、随分幸せみたいだぞ」
 一人脳内で悶絶していたのを知ってか知らないでか、イザナギは更に続ける。
「お前が隣にいて、これ以上ないくらい満たされている。…心の底から想う相手がいるのが、余程嬉しいんだろうな」
「……」
 表情は見えないけれど、声音からして嬉しそうなのが何となく分かった。
 喜んでくれるのは良いことだとは思うのだが、同時に言い様のない感情が胸の奥に生じる。
 一体、風斗は稲羽に来る前はどうしていたのだろう。イザナギの言葉から推測するなら、ずっと満たされることのないまま生きてきたのだろうか。
 思い出すのは、最初に想いを伝えた日のこと。自分はただ『通り過ぎていく』だけの存在だから、そう言って自分を拒絶した彼は寂しそうに笑っていた。結局それから色々あって今に落ち着いているわけだが、最初は本当に驚いたものだ。
 何でもそつなくこなしてしまえるのに、どこかで一定の距離を保っていたリーダー。その根底が、今のイザナギの言葉に集約されているのだとしたら。なんて、なんて悲しいことなのだろう。たった一年…厳密には、あと二か月近くしか傍にいられない自分が、どうしようもなく歯痒い。
 なんだかまた涙腺が緩みそうになったが、こんなところで泣いてなんかいられない。立ち止まってしまったら最後、また動けなくなってしまいそうだから。歩き続けるしかない。
 それを察しているのか、それ以上イザナギは何も言わなかった。ただ静かに、霧に閉ざされた空間を進んでいく。
 そういえば、この階段は何処まで続くのだろう。降り始めてから随分経ったような気がするが、一向に終わりが見えてこない。下を見降ろしても、相変わらず白の色彩だけで埋め尽くされた空間が見えるばかるで。まるで、奈落の底に通じているかのような錯覚を覚える。
 一瞬背筋が凍りそうになったが、次の瞬間ぴちゃりと聞いたことのある音に陽介は我に返る。
「…なん、だよ。これ」
 靄の向こうに微かに見えるのは、水だった。正確には水浸しになった床、だろう。視認できる範囲だけでも、膝くらいまで浸かってしまいそうな程の水位がある。
 元々この世界に常識なんて言葉が通用しないのは分かっていたつもりだが、今日は更にその上をいきそうな予感がしなくもない。
「水だな」
「いや、それは分かってっから」
「どっちにしろ、進むしかないだろう。この先に本体の気配がする」
「…マジかよ」
 どう見ても膝まで濡れるコースは避けられないようだ。別に服が濡れるのは構わないのだが、戻った時に怪しまれるといけないので風斗を取り戻した後は乾くまで待つしかなさそうだ。こういう時、疾風系の魔法が得意でよかったと心底思う。
 そう結論づいてしまえば、下に降りるのは存外容易だった。てっきり冬場なので死ぬ程冷たいかと思いきや、足を踏み入れてみるとほのかに温かく、何となくぬるま湯の中にいるような心地がした。
 水のせいで若干重い足をどうにか動かして、先を急ぐ。
 なんだか、目的地に近づいていくにつれて少しずつ霧が濃くなっているように見えるのは気のせいだろうか。見渡せど見渡せど、探す姿は見えてこない。音もなく膨らんでいく不安が、心の中を蝕んでいきそうだ。
 それから、どれくらい歩いたのか。霧の向こうに小さな影が映った瞬間、陽介はとうとう自分の目がおかしくなったのかと思ったくらいだ。だが、目を凝らしてよく見てみると、その影が水面に横たわっている誰かだと気づく。
 一歩ずつ近づいていくにつれて、その姿は段々はっきりとしてきて。見慣れた濃灰色の髪を認識した瞬間、推測は確信に変わる。
「仁科!?」
 何を思うよりも早く、体が動いた。横を駆け抜けた時イザナギが何か言ったような気がしたが、そんなことは構っていられない。早く助けてやらなければと、そればかりが頭の中を支配してそれ以外は何も考えられなかった。
 あと数歩で手が届く距離まできた刹那、不意に床の感触が消え去った。正確には、踏み込んだ場所に足場がなかったのだ。支えるものも掴まるものもない体は、重力に逆らうことなく下に落ちてゆくしか道はない。
「うあ、っ…!?」
「陽介!」
 もしかしなくても、イザナギはこのことを気をつけろと言っていたのだろうか。慎重に進めと言われていたはずなのに、どうしてこういう時に限ってどうして忘れてしまうのか。後悔したところで、もはや後の祭りなのだが。
 そんなことを考える暇もなく、盛大に飛沫を上げて体が水の中へと沈んでいった。