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憂鬱シャルテノイド 後編

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 そんな自分の疑問などまるで気に留めぬ様子で、女性は不敵な笑みを浮かべている。此方を見つめる赤い瞳に宿るのは紛れもない狂気と、そして何処までも果てしない虚。
 そっと伸ばされた手が、頬に触れる。触れた個所から伝わる熱は欠片もなく、ひやりと氷のように冷たい感触だけが伝わった。…生きて、いるのかすら分からない。
『…帰してしまうのが、惜しいな。出来ればこのまま、ずっと傍にいて欲しいものだが』
 そう、例えるなら。これは、きっと死の国から生者を引きずりこもうとしている死神のような。
『だが、向こうのお前と約束をしてしまったからな。…仕方がない、ひとまずは此処で終いにするとしようか』
 残念だが、と名残惜しそうに掌が離れていく。それに内心ほっとしている自分に、風斗は何よりも驚いていた。
『まあ、どちらにしてもそう遠くない内にまた会えそうだな。…たとえ、今日のことを覚えていなかったとしても』
 言って、女性はぱちんと指を鳴らした。刹那、真っ暗な闇に支配されていたはずの空間に罅が入る。
 何が起きているのか理解するよりも早く、音を立ててこの場を覆い尽くしていた闇が文字通り『崩れ落ちた』。常識から考えれば有り得ないのだが、もはやこの世界ならば何があってもおかしくない。
 途端に差し込んだ光の眩しさに、風斗は思わず目を瞑る。だが、不思議と痛みはない。
『さあ、お行き。お前の半身はすぐそこにいるよ』
 聞こえてきた声に促されるように瞼を開くと、そこに広がっていたのは見慣れた霧に満ちた世界。考えるまでもなく、此処は予想通りテレビの中だった。しかも、足元が膝まで水に浸かっている。
 首を巡らせ見渡してみても、女性の姿は何処にも見当たらない。ついさっきまですぐ近くにいたはずなのに、一体何処に行ったのか。…そもそも、彼女が誰なのかすら分からない時点で全てが謎のままだ。不可解なことばかりが、頭の中に重く残っている。
 いや、それよりも問題なことが一つないだろうか。そういえば、膝まで水に浸かっているということは、まさか。
 はっとして振り返れば、危うく陽介が水に沈みかかる所だった。深さはそれ程ないとしても、意識がなければ危険なことに変わりない。
 慌てて膝をつき抱き起こしてやると、髪や顔からぽたぽたと雫が伝う。水は飲んでいないようだが、まだ安心できるはずがない。
「陽介」
 呼びかけながら、軽く頬を叩いてやる。すると、うっすらとだが目が開いた。髪と同じ茶色の瞳が、細い隙間から覗いている。
「……仁、科…?」
 掠れた声が名前を呼んでくれたことに心底ほっとしながら、風斗は頷いた。途端に、陽介の表情が安心しきったかのように緩む。
「…悪ぃ、俺……また、お前に助けられちまった…」
「気にするな。俺だって、お前に助けてもらった」
「……そっか、思い出して…くれたんだな」
 よかった、と吐息で呟いた言葉が何となく泣きそうに聞こえて。さっきの彼の表情を思い出すと、抱き締める腕に力を込めずにはいられなかった。
「ちょ、仁科、痛ぇって」
「…悪い。…でも…少し、このままでいさせてくれ」
 離れられない理由は、自分が一番よく分かっている。
 目の前で、失うかもしれなかったあの時の恐怖感が未だに拭い去れない。こうして今目の前で陽介が生きていると分かっているのに、どうしても。胸の奥に流れ込んできた冷たいものが、いつまでも重く残ったままで。こうして抱いていないと、とてもじゃないが落ち着けそうになかった。
 何も言わずとも察してくれたのか、陽介の腕がそっと背中に回される。ぽん、ぽんとあやすように軽く叩かれて、なんだかいつもと逆になった気がした。少し前までは、自分がこんな風に背中を撫でていたはずなのに、不思議なものだ。
「…ごめんな、仁科」
「…何でお前が謝るんだ?」
「だってさ、俺お前のこと何にも分かってなかった」
 背中に回された手に、微かに力が籠もる。
「この一年近くで、お前のことそれなりに分かったつもりでいたけど、全然そんなことなかった。…俺の方が、曝け出してばっかで。縋ってばっかりで、お前の支えになれてなかった。…特別って、言ったのにさ。俺、何も」
「陽介」
 このままだと、また泣きだしそうな気がしたから。矢継ぎ早に紡がれていく言葉を遮るかのように、唇を塞いだ。目は開けたままだったから、驚愕に見開かれた茶色の硝子玉が間近に見える。
 深くするつもりは最初からないので、軽く触れるだけですぐに離れる。呆然としたまま此方を見ている陽介を真っ直ぐに見据え、風斗は口を開く。
「俺は、陽介がいるだけで十分支えられてるよ。…今まで、特捜隊の皆のように大切な仲間も、陽介のように大切な人もいなかった。そういう意味では、俺はこれ以上ない位満たされているんだ」
 八十稲羽へ出発する前の母との遣り取りを、きっと陽介は聞いていたのだろう。あの直後に現れたことから考えれば、見られたと思って相違ないはずだ。
 あの頃の自分は、今からは想像もつかないくらい孤独だった。親の仕事の都合とはいえ、何度も転校を繰り返しその度に繋がりを失って。そうしていく内に、最初から繋がりなど持たない方がいいのだと悟ったのはいつだったのだろう。
 一人きりで過ごすのは、とても楽だった。たとえ関わってきたとしても、自分から一線を引いておけばそれ以上は踏み込まれないから。両親のお陰でそれなりに身に付いた処世術で誤魔化してしまえば、誰にも本心を気づかれることはない。
 なのに、此処に来てからというもののそれが全て覆されてしまった。次から次へと起こる事件に振り回されていく内に、気がつけば一線を引く間もなく深くなってしまった繋がり。一年しか共に過ごせないと分かっているはずなのに、今更断ち切れるかと言われれば出来るはずもなく。
 すべての歯車は、もう回りだして止まらない。そう悟ってからは、一秒の時間も無駄にするものかと思った。
 それに、今なら分かる。陽介を始め、仲間の皆に忘れられてしまうことなどないのだと。この短い間に築いた絆は、そう簡単に壊れるものじゃないと分かりきっているから。
 だから、たとえまた一人きりになったとしても、怖くない。
「それに、陽介は俺のこと十分理解してる。…俺だって、陽介のことを全部分かってるわけじゃないんだから、そういうものだろ?」
「…確かに、な」
「他人の全てを理解するなんて、凄く難しいんだからそう重く考える必要もない。…お互い傍にいられて、それがとても嬉しいって思えるだけで十分じゃないか」
「………あのな、そういう恥ずかしいことさらっと言うんじゃねーっての。なんつーか、すっげぇこそばゆいっていうかさ」
「なんだ、陽介は思わないのか」
「……思ってないわけねーだろ、ったく…」
 はぁ、と陽介が盛大に溜息をつく。心なしか、頬が赤いのは気のせいなんかじゃない。
 そんな風に照れる仕草が、ひどく懐かしいものに思えて。ほんの数日会っていなかっただけなのに、どうしてだろう。こんなにも、安らぎを感じてしまうのは。
「…って、やっべぇ! イザナギと合流しねーと!」