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憂鬱シャルテノイド 後編

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 微笑ましい思いになったのも束の間、何かとんでもないことを思い出したと言わんばかりに陽介が声を上げた。しかも、自分のよく知る単語が入っていなかっただろうか。
「…イザナギ?」
「ああ、お前を一緒に探してくれてたんだ。色々あってはぐれちまってたんだけど、戻って来れたみてえだから何とか合流しねーと。心配かけてるだろーし」
 そう言うなり、陽介は体を離し立ち上がった。水のせいで肌に張り付いた服からはぽたぽたと雫が滴り落ち、水面にいくつもの波紋を生み出していく。その様がなんとなく艶っぽいなと思ったのは、内緒にしておこう。言ったら絶対に全速力で逃げられる。
 そんな自分の考えていることなど露知らず、陽介はイザナギの姿を探すように首を巡らせる。だが、この世界特有の濃い霧が邪魔で視界もままならない。陽介は眼鏡があるからまだいいのかもしれないが、自分は何もないから最初にこの世界に来た時と同じような心地だ。
「…どっちにいんのかわっかんねーけど、じっとしてるのもアレだしな。とりあえず、少し進んでみようぜ。もしかしたら、会えるかもしんねえし」
「そうだな。どのみち動かずにいるわけにもいかないだろうし、そうしよう。…すまないが、先導を頼む。眼鏡がないと、何も見えないも同然だからな」
「え? …あ、そっか。お前今眼鏡ないんだよな。ん、任しとけって」
 ほら、と差しのべられた手を取ってから、さっきとほぼ同じ状況だったことに気づく。
 あの時の陽介の表情は、少し寂しそうだった。多分、自分が彼のことを思い出していなかったせいだとは思うけれど、それでも。
 やっぱり、陽介は笑っている方が似合う。そんな当たり前のことを、改めて思い知らされた。




 分が悪い、というのは正にこういうことなのか。
 そもそも、この世界は彼女の力が一番強い影響力を持っている。加えて、この場所も彼女自らが作り出したものだろう。でなければ、こんなにも有利に事が進むわけがない。
 そんな中、本来の姿に戻れない…考えるまでもなく、彼女がそうできないようにしているのだろうが…自分が、これだけの数のシャドウを相手に膝をつかずにいられるだけでも大したものだろう。
 全く、それにしても体中が鈍く痛む。防戦に努めているとはいえ、それでも無傷でいられるはずがない。どれくらい倒してきたのかは分からないが、服はそこかしこが破れて血が滲んでいる。あともう暫くこのまま戦い続けるのだとしたら、とてもじゃないがもちそうになかった。
『ふむ、随分頑張った方だな』
 だというのに、敵の親玉は悠然と此方を見降ろしているものだから腹が立つことこの上無い。どうせなら自分から仕掛けてくればいいのに、何故シャドウにやらせてばかりなのか。ああもう、叶うものなら一発はたいてやりたい。
 そういえば、陽介は今頃何処にいるのやら。結局追えずにいるが、彼女が言動から考えると風斗のいる場所にでも落ちたのかもしれない。うまく合流して、戻ってきてくれればいいのだが。
 膝をついたら、その時点で負けだ。不利にも程がある取引に乗るのは癪だったが、それ以外に術がない以上は従うしかない。
『だが、まだ戦意はあるか』
「当然だ。二人が戻るまでは持ち堪えると決めたんだからな」
『…相変わらず、頑固だな。おまけに、諦めることを知らない。…私を、根の国まで追ってきた時のことを思い出すよ』
 浮かべた微笑みと、滑り出す声音はどこか自嘲じみていて。さっきまでの余裕綽綽の態度は何処へやら、すっかりその表情は暗いそれに取って代わられている。
 意識を逸らしてはならないと分かっているはずなのに、それでも。
 見ていられないと思うのは、かつて愛した者だからなのか。
「…恨み事があるなら、聞くぞ」
『ああ、勘違いするな。別にあのことを恨みに思っているわけではないよ。…むしろ、恨むよりも』
「…恨むよりも、何だ」
 問いかけた刹那、ばしゃりと聞こえるはずのない音が彼方から響く。反射的に音のした方向へと目を向ければ、濃霧の向こうに微かだが気配を感じる。この感覚、間違えるはずもない。
「やったか」
『そのようだ。向こうに放っておいた私の半身も、戻ってきている』
「……なるほど、直接仕掛けてこなかった理由はそれか」
 元々この世界の創造主たる以上、彼女にはシャドウという概念がない。だから自分のようにシャドウと本体とで二人いるような状況は作れるはずもなく、仮にそうしたい場合は直接自分をもう一人生み出してしまうしかなかった。もちろん、その分かなりの力を消耗してしまう。
 そこから考えれば、まるで時間稼ぎと言わんばかりの不完全なシャドウ達の攻撃も納得できる。…まあ、納得したところであまり意味はないのだが。
「イザナギ、いるなら返事しろー!」
 聞き慣れた陽介の声と水の音が、段々近づいてくる。この濃霧さえなかったら、とっくにお互いを認識していられたに違いない。というか、そんな大声を上げていてよくシャドウに襲われずにいるなと思ったのは内緒にしておこう。
 とりあえず応えようと口を開きかけた刹那、とん、と軽い衝撃が背に襲う。次いで絡められた二本の腕に、思わず仰天しそうになった。後ろから抱きつかれるだなんて、どういう風の吹きまわしなのかさっぱり分からない。
「…お前、何を」
『言っただろう、あの子達が戻ってきたら何事もなかったかのように帰してやると』
「それとこれと、何か関係があるのか」
『少なくとも、私にとってはね。…それに、戻ってしまう前に一度くらいは君に触れておきたかった。そう言えば通じるか?』
「……」
 思いもよらなかった台詞に、一瞬思考が停止した。何を言うかと思ったら、とんでもないことを口にされたような気がするのだが。一体何がどうなっているというのだろう。
 触れた温もりはほんの数秒ほどですぐに離れてしまったが、なんとなく名残惜しいと思ってしまったのは、気のせいじゃないのかもしれない。
「あ、イザナギ! いたんなら返事しろよ!」
 だが、それもすぐに陽介の声で現実に引き戻される。見えてきた姿は、全身ずぶ濡れになってこそいるが相棒のものに間違いない。その横には、自分と同じ姿がもう一つ。
 無事だったか。そう思うと同時に、笑みが零れる。向こうもつられて微笑みかけたが、途端に表情が硬くなった。理由は、おそらく聞くまでもないだろう。
「…イザナギ、後ろにいる奴ってまさか…」
『まさかも何も、ご想像の通りだよ。向こうで私の半身と会ったのだろう?』
「…なるほど、そっちが本体というわけか。道理で見つからないわけだ」
 納得したとばかりに呟く風斗に、イザナギは頷いた。ある程度推測はついていたのか、さして動揺の様子がないのはさすがにリーダーをやっていただけのことはある。…尤も、些細なことでうろたえているようならとても務まるはずがないのだが。
『さて、よく無事に戻ってこられたね。褒めてあげようじゃないか』
「つーか、ぶっちゃけそれで褒められても嬉しくねえって」
『まあ、そうだろうな。これで喜ぶようなら、性格を疑うぞ』
「…その言い草、すっげえムカつくんだけど」
『そう怒るな。少しは余裕を持てるようにならんと、後々大変なことになるぞ?」