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ぼんくらー効果
ぼんくらー効果
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巴マミが魔法少女になる前の話

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 わたしは一心不乱に走っていました。砂利を蹴飛ばし、転んだ痛みも気にせず、冷たい川の水も気にせず、頭すら覆う深さの水の中にずぶずぶと沈む身体も気にせず。
 冷たい水が胸を圧迫し、体温を奪い、視界を曇らせようとも、わたしは叫び続けました。

「待って!!!!」

 ですが、光の先に消えゆく背中に――叫びながらも、もう願いは叶わないのだと悟ります。
 ――だから、せめて二人に言いたかった言葉を強い叫びにのせて。
 再度叫ぶ。

 
 しかし、その願いすら叶わず。
 川の水は忽然と消え、空を掻く両足は前へ進むことはなく。

「きゃああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!」 

 ただ、摂理に従うままに暗い奈落へわたしは落ちていきました。





「おおっきろおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!!」
 という叫びとともに、わたしを包む天使の羽は毟り取られました。
 ですが、わたしは無意識のうちにその天使の羽をしっかりと離さぬように掴んでいたようです。そのおかげでわたしはそのまま空を舞う天使の羽の軌道に沿って同様に宙を舞い、そして、地へと落ちたのです。頭から落ちたわたしは、ドスン、と派手な音をたててわたしははっきりと目覚めました。もちろん、目覚ましの叫びによってではなく、痛みによって。

「い、いったあ……」

 わたしは頭を抱え、寝起きの乾いた目に沁みる涙が視界を霞ませますが、それでもなんとかこの現象の謎を解き明かすべく上目使いで探ると、そこには布団を手に意地悪い笑顔で君臨する友達の姿がありました。

「ルミちゃん……ひどいよぉ……」

 もっと毒を効かせた一言を考えましたが、寝ぼけた頭で、しかも痛みのある今。まったくなにも思い浮かばず、ただ一つ一瞬のうちに思い浮かんだ本心が、友達の名前に続いて出てきました。

 多賀城ルミちゃん。桃色の髪と凛とした目つき。それにそぐわぬ小柄で可愛いわたしの友達です。いつも落ち着いていて、ちょっと意地悪な女の子。
 なのですが、今日はなんか……ハイテンションです。

「寝起きも可愛い〜。寝てるときは髪縛ってるんだね。パジャマもフリフリでかわいいかわいい」
「んもう。怒ってるんだよ」

 ようやく遅れて目覚まし時計が鳴り響きます。無機質な金属音を乱暴に止め、膝立ちの姿勢からため息で間を置いて、一気に立ち上がります。少し、眩暈がしたけれどすぐに持ち直し、ルミちゃんと相対します。そして、まず一番最初の疑問から。
 
「そ、そもそもどこから入ったの?」
「ん? それはもちろん。秘密だね」
 
 それは少し困ります。中学生に不法侵入を許すようなセキュリティでは改善するべきでしょう。だから、できればルミちゃんには協力してほしいのです。ならば、ここは頼み込むよりもわたしがちゃんと本気であることを魅せつけるほうが有効と判断します。決して不機嫌が顔に出ないように、ギロリと音が聞こえるようなイメージで睨み付け、

「つ、通報するんだけど……!?」
「睨む千花もかわいいかわいい。単純にわたしが勝手に作っただけだよ」
「え? で、でも鍵はちゃんと管理してたはず……」
「もちろん。千花の鍵の管理は徹底していたよ。でも、だれでも友達なら狙えばそれくらいの隙は見つけられるよね?」

 同意を求められても……わたし被害者だし。とりあえず、ルミちゃんは信頼しないようにしましょう……。それがいい。そうしましょう。
 
「でも、なんも悪いことしてないよ? 朝ごはん作っとくから。ね?」
 そう言われても、わたしはじっとルミちゃんを睨んでいましたが、気にせずさっさとどっかにいってしましました。と、遅れて、冷蔵庫のもの勝手に使う気なのか。と、既にこの場にいない友達にツッコミを入れます。
 
「はあ……どうしたんだろ?」

 ルミちゃんはこういうことする人じゃないんですが……今日は特別みたいです。もしかして酔っ払ってるのかもしれません。あ、でもルミちゃんはお腹に悪いものは飲み食いできないのでした。
 でも、まだ中学生だし。こういうこともありますよね。
 そんなふうに早速起きた謎の事態を冷静に分析していると、秒を刻む針の音がわたしの興味を現在時刻に向けさせました。幸い、まだまだ大丈夫。
 
「とりあえず、急がなくちゃねっ」

 わたしの朝は自分で言うのもなんですが、忙しいです。
 庭には小さな薔薇園になっていて、わたし一人でそれの管理をしています。だから、朝は薔薇の水やりで始まります。これが結構大変で、いちいち作業着に着替えないといけないので時間がかかります。
 ルミちゃんからかわいいと褒められた(?)ゆったりとしたパジャマを脱いで、つなぎみたいな作業着に着替えます。
 朝の定番である歯磨き、洗顔を終え、そして、玄関の大きな棚からガーデニングの道具を取り出し、作業着のポケットに入れます。そして、かけてある麦わら帽子を深めにかぶり、表にある水道につないだホースと置いてあるジョウロを手に取って、いつも通り大きく朝の挨拶をします。

「おはよう!!」

 わたしのガーデニングはまず、これからはじまります。
 基本は話しかけること。でも、悲しいことはいけません。できるだけ、楽しいことをいっぱい話してあげると、それに答えてくれるように綺麗な花を咲かせるのです。
「忘れないよ……」

 これは、教えて貰ったことです。とても大切な人に。だから――。

「いつもありがとう。ほんとうに千花はえらいねえ」

 不意に、そう聞こえた気がして振り返ると、そこには期待した人はいませんでした。
 あったのは縁側と緑と蝶。光が反射して番組の内容は不明ですが、時間が辛うじてわかる角度。それだけ。たったそれだけのいつもの光景。
 でも、不思議と、がっかりはしませんでした。
 そのいつもの光景にいたいつもと違うもの。それは、黒猫。昆虫を追っかけています。
 でも、その様子はかわいらしいというより、必死さが感じられました。
 餓えて、食べるものもなく、虫を食べようというのでしょうか。
 でも、ただ餓えているより、なにか使命感に追われているようにも見えます。

「――君は、誰かのためにそれを捕まえたいの?」

 思わず、わたしは痩せた黒猫に話しかけていました。
 黒猫は昆虫を追うのをやめ、一瞬怯えたように見えましたが、毛を逆立て威嚇して、どこかへ去っていきました。
 それをルミちゃんも一緒に見ていたみたいです。
「千花〜。もうできるよ〜。まだ掛かるの?」
「あ、うん。もういいよ」

 まだ少しあったけど、今日は早めに切り上げることにしました。裏の玄関へ向かい、靴を脱ぎ、ジョウロを元の場所に戻して、作業着を畳んでプラスチックのカゴの中に入れ、制服に着替えます。
 また、改めて顔を水洗いし、髪を梳き、身だしなみを整えておきます。食後が最善ですが、時々間に合わないときがあるので、念のためです。
 そして、ようやくご飯にありつきます。美味しそうな香りに連れられ、茶の間への扉を開くと、

「今日はお茶漬け!!」
「……」