巴マミが魔法少女になる前の話
『ふう……。でも、そんな簡単なことじゃないんだよ』
『そうなの?』
『人間の成長と星の成長は密接な関係を築いている。いや、築いてしまった。それはどの星の生命にも言えることだ。どの星にも、一定の文明を築いてしまったら、それの成長こそ、その星の成長となりうる』
参歌は、少し興味有りげに相槌を打つ。テレパシーの相手は続けて、
『そして、その生命の成長に追いつけなくなった星が廃れ、生命はその星を後にするまたは、その星と最後を共にする――。という流れで進んでゆくんだよ。この宇宙は』
『でも、それって私達が星を滅ぼすのとなにが違うの?』
参歌の投げかけたなけなしの疑問にも、テレパシーの相手は揚々と答える。
『違うさ。星と生命はどちらも同じように成長する可能性を秘めている。その伸び代の大きさは、生命と星。どちらが長いかの違いだね』
テレパシーの相手は一息ついて、
『星も生命も同条件さ。どちらの可能性がどちらかを淘汰する。人間も成長を怠れば、激化する自然災害に淘汰されてしまうだろうね』
参歌は、なるほど。と相槌を打つと、その閉じた目をゆっくり開いた。
光を遮っていたので、目はまだ蛍光灯の光に慣れていないため、視界はほんのり青みがかかるようにぼやけている。
その視界も少し間を置けばクリアな画像を脳に刻む。その前にぼんやりと確認できるそのシルエット。
その姿はなにもかもを悪魔に譲り渡したかのような虚空感。儚げだが、誰にも護られない。本能的な恐ろしさ。まるで、触れたら侵されそうな――最も適する言葉は、”退廃的”。そんな印象を持つ彼女は、
『――あなた知ってたでしょ?』
『ああ――すまない』
東生島エリ。彼女の名前。彼女の声。彼女の姿。彼女の家族。彼女の友達。――彼女の夢。
すべてを奪ったわたしは、なんの引け目もなくこう呟いた。
なんだ。また来たのか。
●
込み合う駅を過ぎ、込み合う電車に乗り、数分後には着いてしまう。そんな場所。
隣町、見滝原。そこまでなにかが違うというわけではないのですが、病院や公園、名所にショッピングモール、娯楽施設などほとんどが笠見野より優れている町で、昔からよく訪れています。
自然と人が見事に調和されている町――。そんな印象です。
わたし達はそんな見滝原の一施設に用があるのです。でも、それは遊ぶためではありません。
「ま、また来たね……。ここ」
「わたし達は他の生徒よりも頻繁に来てるよね」
「う、うん。そうだね。ルミちゃんは用事、わたしも用事でさらに、遊ぶ時のこともカウントしてるんだもん。そりゃ多いんじゃない?」
「いいことなのかなあ? こうやってとなり町にしょっちゅう行くのって」
「そ、そうかな……? 年頃の女の子なら普通だと思うけど」
そう言うと、ルミちゃんは頷きつつも、しかし。と置いて、
「でもこれって自分の街ではなく、隣の街の産業に貢献しているということじゃない?」
「う、うん……」
わたしは、それに形だけの相槌しか打てませんでした。しかし、ルミちゃんは語意を強め、続けて言います。
「こういうことばかりしているから、地方の過疎化、中小業の低迷などが起きる。それに反比例するようにヒートアイランド化は進むばかり。どう思う? これが正しいことなの?」
「う、うん……そうだね。でも、人が集まるからヒートアイランド現象が起きるわけじゃないんじゃないかな? べ、別に体温でああなってるわけじゃないんでしょ?」
わたしは、こう熱心に語ってくれる友達に答えようと、必死の返答をしましたが、自分でもなんか気持ちの良い回答ではありません。わたしはルミちゃんに申し訳ない思いで顔色を伺うと、ぽかーん。口を開けています。ルミちゃんはそのまま驚きを隠せない様子で、
「え……? 人が集まるから暑いんじゃないんだ」
「う、うん。そうなんじゃないかな? わたしも詳しい仕組みは知らないけど……」
意外に返答になっていたみたいです……。驚きを笑みで隠しながら、質問が来ないようにごまかしてみますが、先ほどの掛け合いで満足したようです。にっこりと微笑んで、
「やっぱりどうでもいいや。さ、行こ」
それとも、飽きた。というほうが適切なのでしょうか? ルミちゃんはとても頭がよくて、無駄なことはしない人ですが、わたしといるときだけはこういう風に砕けて会話を楽しんでくれているようで、とても嬉しいのです。
町中の駅周辺を歩いても思うほど人はいません。授業終了から直行すれば人ごみもこの程度です。わたし達は昼間からわざわざ横に並んで歩くチャラい男女二対二のグループを避けながら目的地まで歩きだします。
そして、進むごとに人は減り、それとはまったく関係なく特に気まずい雰囲気もなくなにもしゃべらないまま二人で歩いていきます。
わたし達はよくこの状態でいることが多いです。極力話しかけず、静かに二人の時間を満喫するーーとでもいうのでしょうか。ふたり並んで歩くだけでそれでいいと、互いに干渉されあうのはわたしもルミちゃんにもいいことはありませんから。
こうやって黙ったまま静かに歩くのはわたし達の中では心地よい、落ち着く時間なのです。
でも、目的地まであともう半分のところでルミちゃんがその口を開いて言いました。
「ねえ。千花ってなんでもひとつ願いが叶うなら、なにを願う?」
そのよくありそうな質問がルミちゃんの口から聞かされるとは思いもよりませんでしたが、わたしはその質問に間髪いれず答えました。
「も、もちろん。決まってるよっ……」
「なにを願うの?」
「や、やめてよ……。わかってる……でしょ?」
「――そうだよね」
ルミちゃんはそう言われて、少し俯いて黙ってしまいました。
わたしは少し乱暴だったかなと反省して、今度はわたしからよくある、ありきたりな質問をします。
「ね、ねえ、もしこの世の中に”不思議な力”ってのがあったら、どうする?」
「なにそれ?」
「いや、あったらって話だよ」
「そうじゃなくて、”不思議な力”ってなんのこと?」
「はは。少し抽象的すぎたね。例えば――」
「例えば?」
「――魔法とか?」
「とか? なんて言われても。そっちが訊いたんじゃない」
「た、例えば。魔法で空を飛んでみたり、雲の上にお菓子のお家たてて二人で暮らすとか。そんで、学校に行くときとかはパラシュートで行くの……。どうかな?」
「なんで登校するときは魔法じゃなくてパラシュート……。でもまあ悪くないね」
「でしょ? 二人で空中で手を繋いでさ」
「死急ぎたくないからそれは遠慮しとく」
「え、えー。そんな……」
わたしの憧れである手を繋いで、空中ぐるぐるに唯一賛成してくれる人だと思ってたのに……裏切られた気分です。ルミちゃんは駄々をこねるわたしを無視して、
「そうか……泊まり、か。悪くないね。今度いこっかな」
「今日散々邪魔してったじゃん……」
「それは”お邪魔します”とかけてるのかな? それなら落第点ですな」
「かけてない。本心ですよ……」
ですが、こんなくだらない会話も終わりのようです。
作品名:巴マミが魔法少女になる前の話 作家名:ぼんくらー効果