遊戯王異聞録-DUEL SURVIVOR-
序章-かくして、運命は牙を剝く・3
(そういう意味だったのか、兄貴!)
時速30kmで自転車を走らせながら、晶は心の中で悪態をつく。
せっかくのディスクも使えないのでは意味がない。
(大体、兄貴は何のためにこんなことをするんだ?)
晶は過去のことを振り返り、そう自問する。
昌樹は晶に様々なことを教え、様々な試練を与えてきた。
6歳の頃、水泳を教えてもらった時は、試験に岸から10km離れた海にボートで連れて行かれ、放り込まれ泳いで帰らされたことがあった。
10歳の頃、護身術に空手を教えてもらった時には、山でイノシシとリアルファイトをされられそうになった。
(…思えばろくな目にあってないな)
我が身の半生を省みて、晶は苦笑する。
だが、そんな兄の教えのおかげで色々な事ができるようになったのも確かだ。
DMの腕も地方の大会でならかなりの成績を残せる程度にはなった。
(そういえば兄貴は、他の奴とはあまり親しくなかったな)
昌樹の知り合いは多い。
だが、特定の友人がいたという事を晶は知らない。
晶以外の人間とは常に一線を引いていたような節もある。
(まあ、変わった奴だしな、兄貴)
晶はそう自答し再び、自転車で走ることに集中した。
その後、約10分。晶は駅にたどり着いた。
自転車置き場に自転車を置いた晶は、兄貴から貰った切符を使い自動改札をくぐる。
(オノゴロ行きの電車は15分後か…)
昌樹の住むオノゴロ・アイランドは数年前に完成した人工の島だ。
将来、我が国の人口過密を和らげるため試験的に建造された、とかなんとか社会科の見学で聞いた気もするが晶はろくに覚えていない。
晶は自動販売機でそば茶を買い、ホームのベンチに座って列車を待った。
(果たして勝てるか・・・兄貴に)
晶はそば茶を飲みながら、昌樹との決闘に思いを馳せる。
はっきり言って昌樹は強い。
今までに幾度となく決闘をし、何度か勝利することもできたが依然勝率は2割を切っている。
(…だが、今度は負けない)
晶はデッキケースを取り出し、デッキを確認する。
綿密にデッキの構成を練り直し、弱点を補強した。
長所の防御力も損なわれておらず、攻撃性も高まった。
これなら勝てる、晶は拳を握り締め気合を入れる。
「何カードを見ながら気合入れてるのよ?」
不意に側面から声がかかる。
ずっと昔から聞き慣れた声。
晶は声の主の方へ振り向く。
「神奈か」
そこに立っていたのは、学校指定の制服-白と黒で彩られたセーラー服-に身を包んだ、見事な鴉の濡れ羽色の長髪をポニーテールに纏めた少女だった。
彼女の名は桂木神奈(カツラギカンナ)。
晶とまるで兄妹の様に育ってきた幼馴染だ。
「休日なのに学校に行ってたのか?」
「部活。誰もいなかったから、もう帰ってきたけど」
晶と同じ高校に通う彼女は、弓道部に所属している。
神社の神主で武芸者の祖父を持つ彼女が、その指導により達人級の弓の腕を持っている事を晶は知っている。
だが、彼女の部は部員も少ない弱小部であり、大半の部員の士気も低い。
「私の手で弓道部を立て直してやるんだ!」と息を巻いていた彼女の姿を思い出し、晶はかすかに笑う。
「晶こそどうしたの?」
「ちょっと兄貴のところに行ってくる」
「昌樹さんの所に?」
晶と共に育ってきた神奈にとってもまた、昌樹は兄のようなものである。
昌樹もまた神奈の事を-晶ほどには構わなかったが-妹のように可愛がっていた。
「ああ。たまには兄貴をぎゃふんと言わせてやりたいからな」
「何よ、それ」
拳を握り締めて言う晶に、神奈は苦笑しながら言う。
「…じゃあ、私も行こうかな?」
唐突に神奈がそう切り出す。
「へ?何でまた?」
「だって、昌樹さんにしばらく会ってないし」
首を傾げる晶に、神奈はさも当然そうに言う。
考えてみれば、神奈は昌樹が就職し、オノゴロ人工島で暮らし始めてからは一度も会った事がない。
電話やメールでのやりとりはしているらしいが、やはり直接顔を会わせたいのだろう。
「それに、ぎゃふんと言う昌樹さんを拝んでみたいしね」
神奈は悪戯っぽく笑って言う。
確かに昌樹を知る者なら、そんな珍しい光景を一度くらいは見てみたいだろう。
最も、神奈は晶に昌樹を本当にぎゃふんと言わせられると、本気で思ってはいないだろうが。
「…そうだな。じゃあ、一緒に行くか」
「うん!」
まるで花のように笑う神奈の返事を聞き、晶は立ち上がる。
そして、飲み終えたペットボトルを傍らのゴミ箱に投げ入れ、まもなく到着する列車に向かって歩き始めた。
作品名:遊戯王異聞録-DUEL SURVIVOR- 作家名:六堂 修羅