そら礫
―――始まりは一月ほど前の黄昏時であった。
突然、ばらばらと屋根に何かが降ってくる音がした。
最初は皆雹でも降って来たのかと思ったが、店の者が外に出ても雲ひとつなく、宵の始めの星が瞬いている。その場は気に留める者など誰もいなかったのであるが…。
以来石が降る。家めがけて打ち込まれることもある。
直接打たれる所を見たものは誰もいない。
「初めのうちは二、三日置きでしたが、近頃は毎日です。誰も見ていない時、誰もいない場所で起こるのです。誰かの悪戯かと見張りの者を立てても、その者の前では決して起こりません。厠に立った直後に見張っていた場所に礫が打たれた事もあります」
礫は砂混じりで石の大きさは不揃い。一回の投石は数は多くないのだが、日に何度も起こる。
「何とも面妖な…原因は何なのだ」
「分かれば良いのですがねえ」
呉服屋の主人は苦笑いを浮かべた。
「戸板に当たったり屋根に降るだけならまだいいのですが、どうかすると気付かぬうちに家の中にまで投げ込まれて、反物にも砂がかかってしまう始末。おまけにあのように毎日見物に詰めかける連中もおりまして…」
言いながら友兵衛が店の入り口に視線を向けた時だ。
わあっと店の表から声が上がった。
同時に、頭上から大きな雹が瓦を叩くような音がした。
「これは」
「また始まりました」
友兵衛はうんざりといった様子で、よく見ればひどく疲れの浮かんでいる顔を歪めた。
「今日はもう三回目でございますよ。いったい何者がこんな事をするのか。近江屋では化け物が住み着いたなどと噂も立って…このまま収まらなければ、この場所での商いも続けられなくなってしまうのでしょうか…」
話を聞いた後ではがくぽも気になったので、友兵衛に断って店の外に出てみる。往来では野次馬が見えたか、いや見えぬ、今度は東だと騒いでいた。
人の集まっている方に行くと、足元には大小の石がちらばって落ちていた。がくぽは屋根を仰いだが、当然のように何もない。
「…礫打つ怪、か…」
何の拍子か屋根から遅れて転がってきた小石が一つ、こつんと足に当たった。