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そら礫

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「はあ…別段かまいませんが」

数日後、がくぽとカイトは近江屋を訪れていた。

“礫打つ怪を調べる為に店の中を見させて欲しい”。
がくぽの突然の申し出に、呉服屋の主人ははいささか戸惑っているようだった。
相手が昔からの知り合いとはいえ、戸惑うのも無理はあるまいとがくぽの後ろでカイトは思う。純粋に善意からの行動ではあるが、受け入れられたのは普段から誰に対しても真摯ながくぽの人徳であろう。

「神威様はこの怪異の原因にお心当たりが?」
「それを今から調べてみようと思うのだ。カイト、どうだ、何か分かるか?」
「そうですね…今は何も感じません。ですが妖怪であれば何か行動を起こす時に妖気発するものです。礫が打たれる瞬間であればあるいは」
カイトは友兵衛の自分に対する胡散臭げな視線を感じつつ言った。

「そうか…。尾形殿、例の怪異が起こるまで待たせてもらって良いか」
「え、ええ。あれは毎日起こりますし、今日はまだですから、お待ちになればそのうち…」
ここで言葉を切って、友兵衛は申し訳なそうに続けた。
「実は私は今から人と会う約束があって、出掛けねばならないのです。店の者に言っておきますので、奥でお待ちになって下さい」
「かたじけない」
「いえ―――ああ、お駒」
友兵衛は近くにいた若い使用人を呼んだ。

「この方達を客間に」
はい、とか細い声で答えてお駒と呼ばれた女中は先に立つ。
「こちらへどうぞ」

二人は案内されて客間へと通された。
「こちらでお待ちになって下さいませ」
膝をついて頭を下げ、障子を閉めようとした女中の身体がふらりとよろめいた。
「大丈夫か」
座っていたがくぽが腰を浮かせる。
「は、はい、大丈夫です…」
まだ少女の面差しを残している顔が、青ざめていた。かなり体調が悪いようだ。

「上の者に言って休ませてもらった方が良いぞ」
「はい、お気遣いありがとうございます」
お駒は青い顔ににこりと笑顔を浮かべ、再び頭を下げ部屋を出て行った。

少しすると、別の女中が茶を持ってやって来た。
こちらはふくよかでいかにも明るく健康そうな中年の女だ。

茶を差し出しながら女中は興味津々といった感じの、やや不躾な視線を向けていたが、我慢しきれなくなったのかがくぽに向かって尋ねた。
「あのう、聞いたんですけど、お二人は、この店の怪事を調べに参られたんですよね?」
「ああ、そうだが…」
「何かお分かりに?」
面白いことが聞けやせぬかと期待している目だ。
「いや、生憎まだ何も分からぬが、何とか解決出来れば良いな。尾形殿も気の毒であるし」
そう告げると女はがっかりした風でもなく、そうですかァ大変でございますねえと何にか分からぬがしきりに頷いてみせた。

今度はがくぽの方から尋ねてみる。
「ところで、店で働いている者達の間でこの度の件はどう思われているのだ?何か気付いたことなどあれば教えてくれまいか」
心得たとばかりに女は喋り始めた。若干楽しそうにも見えるのは気のせいか。
「誰もかも迷惑してますよう!も夜もお構いなしですからねえ、おちおち寝てもいられません。最近は特にひどくって、石だけじゃなく、棚の皿がみんな落とされ割られたり、飯櫃に砂が混じっていたり……」
「深刻な事態になっているのだな…」
「皆恐ろしがっていますよ。親元に帰った奉公人もいるくらいですしね。でも気付いたことと言えば―――」
女中は声を潜めた。
「お駒という娘がねえ、おかしいんじゃないかって」
「お駒…?」
先程の娘か。
がくぽは青い顔の少女を思い返した。

「それはどういう?」
「お駒というのはここの女中で、一年くらい前からいる娘なんですけれども、さっきの皿だの何だのの話は、その子が外に出ている時に限って起きるんです。お駒をきつく叱った人間の持ち物が次の日滅茶苦茶にされた事もありましてね。あの子のいる部屋から黒い影が飛び出すのを見たって話もあって…」
大げさに表情を作って、声もいつの間にやら元の大きさだ。
「皆噂をしてますよう。何かあるんじゃないかって」

話好きらしい女中が戻って二人になると、がくぽはずっと黙っていた連れに話し掛けた。
「カイト」
「はい」
「今の話、どう思う?」
「さすがにここまでくると人ではなく十中八九、妖の仕業でしょう。…お駒という女中に関してはどうとも言えませんね。ただ偶然をこじつけているような気も致しますし」
「あんな若い娘に何か出来るとは到底思えぬしな。まさかあの娘が妖などどいうのはあるまい。黒い影というのは気になるが……」

その後はしばらくとりとめのない話をしていると、突然カイトがすっくと立ち上がった。
「きたようです」

廊下に出ると、店の方角から例の投石の音が聞こえ、すぐ収まった。
がくぽはそちらへ向かおうとするが、カイトは廊下を逆の方向に走った。
「こちらです」
厠のある突き当たりまで来ると、庭に飛び降り家を振り仰いだ。がくぽもそれに倣う。

「いた!」
カイトの視線の先、屋根を走ってきた小さな動物のような影が屋根と建物の隙間に滑り混むのが見えた。

「あれは…?」
「がくぽ様」
カイトがくぽを振り返る。
「店の方を呼んで頂けますか」
作品名:そら礫 作家名:あお