If ~組織の少年~
シルアはフェイトの方に視線を向けると、フェイトもこっちを見ていた。必然的に目が合ってしまい、フェイトは慌てて目を逸らす。
「なぁ〜に、二人でラブコメみたいなことしてるのよ」
ラブコメ?
シルアの頭の中にはない単語だ。
「ち、違うよ!! ……ただ」
「ただ?」
アリサがフェイトを追及する。
「ただ……気になっただけで」
アリサは意地の悪い笑みを浮かべる。その姿はまさに悪女。
「へぇ〜、なるほど。ミルトンが、自分のことをどう思っているか気になったってわけだ。フェイト」
「そ、そういうことじゃなくて……と、友達としてどう思ってるのかなって」
「友達としてねぇ」
納得してないような声でアリサが呟く。
「アリサちゃん、その辺りにしてあげたら? ミルトンくんも困ってるよ」
横槍を入れてきたのはすずか。
ラブコメの意味が分からず、悩んでいたシルアの姿を見て困ってると、勘違いしたのだろう。
「えー、これからなのに」
「アリサちゃん」
「はいはい、分かりました。そろそろ、休み時間も終わっちゃうしね」
アリサは自分の弁当箱をバンダナで包み始める。
時計は休み時間終了の五分前を示していた。
全員が片づけを終えると、屋上から出て行く。
「テスタロッサ」
シルアの声でフェイトは立ち止まる。肩がビクッと揺れ、ぎこちない動きで振り向く。
「な、なに?」
「えっと、そのなんで俺なんかを誘ったんだ?」
「え?」
「俺はお前等からすれば敵だ。嫌うべき人間だ。それなのになんで昼食を一緒に食べようとする。それとも監視のためか?」
フェイトは一瞬、困った顔をしたかと思えば、シルアに笑みを向ける。
「どうしてかな? 私にもはっきりしたことは分からないけど……そう、アレルが悪い人じゃないからかな」
シルアは唖然とする。
「はい?」
「だから、アレルは悪い人じゃないから、私はアレルを誘ったんだよ」
シルアは激しく理解に苦しむ。
シルアは犯罪者だ。そのシルアに向かって、「悪い人じゃない」と言い放つフェイトは、頭が可笑しいんじゃないか?
「え、えっと、あ、ありがとう」
「どういたしまして?」
フェイトはどうしてお礼を言われたのか分からない、といった表情をしている。
そしてフェイトは四人の跡を追うようにして屋上から出て行った。
「悪い人じゃないねぇ。可笑しな奴だな」
一人残ったシルアは、フェイトの言葉をオウムのように繰り返す。
そしてそんなフェイトの言葉に笑わずにはいられなかった。
シルア。
それは組織の中で与えられた名前。真名はない。いや、あったのかもしれないが、シルアは知らない。
一番古い記憶は、瓦礫の上を漂う硝煙。シルアは、その中をただただ彷徨っていた。目的もなく、感情もなく、意志もなく、ただ彷徨っていただけ。死ぬことを覚悟していた。瓦礫の隙間から見える肉片を見て、「ああ、自分ももうすぐこうなるんだな」と思っていた。それをどこでどう間違ったのか、シルアは生き残った。
彷徨うシルアに手を差し伸べたのは、当時のシルアの何倍もある巨漢の男。その手は自分の手を握り潰せるんじゃないかと思うほど大きかった。
シルアは男の顔と手を見比べ、そしてその手を取った。
後で分かったことだが、シルアの生まれた世界はもう既に滅びたらしい。発達していく文明の中で争いが始まり、壊すことだけを考えて、殺すことだけを考えて、滅ぼすことを考えて、作られた兵器は、自分たちの世界をも壊し、殺し、滅びた。
そのことに対して特に感じることはない。もともと、なんの思い出もない故郷だ。何かを感じろというほうが無理だ。
ただ、唯一考えるのが、その手を取らなかったら、自分はどうなっていただろう、ということだ。
もちろん、あの男の手を取らなかったら死んでいた。ただ、自分は人を殺さずにはすんだ。組織に入ることもなく、人を殺すこともなく、ただ純粋の人として、穢れのないまま死ぬことができた。自分が死ぬことで生きることができた命があった。
そこで手を取ってしまったから、自分の生に、幸運にしがみついた。死ぬことが怖くて、生きられないことが怖くて、人を殺した。
自分は、
――もう嫌だ、こんな自分は嫌だ。
みっともなく、
――死にたくない、殺したくない。
惨めで、
――逃げたい、もう止めたい。
臆病だ。
「シルア!!」
体を揺さぶられて、シルアは目覚めた。
そこはホテルのベッドの上。白い天井の前にヨルの顔がある。いつも険しい顔をしているヨルが、珍しく心配そうな顔をしていた。
起き上がろうと手を着く。ぐっしょりと濡れたシーツが自分が魘されていたことを物語る。着ている服も汗で色が変わり、無性に喉が渇く。
時計を見ると夜中の三時。まだ窓から見える外は真っ暗だ。
「……悪い、うるさくて眠れなかったか?」
「そんなことより、かなり魘されてたわよ。何かあったの?」
「いや……大丈夫だ。それより、水くれないか?」
「大丈夫って……」
何か言いたげな顔をしながらもヨルは、冷蔵庫から水が入ったペットボトルを手渡す。どうやらそうとう喉が渇いていたようで、寝汗の分を補うように一気に水を飲み干した。
ふー、と一息入れる。横目でヨルを見ると、まだこっちを見て何処か心配そうにしている。
その気持ちの半分でいいから普段の自分に回してほしいものだ。
「夢を見たんだよ」
「夢?」
「ああ、嫌な夢だ。何か自分のトラウマを見せられているみたいな、そんな夢」
「シルアのトラウマ……」
「なんだ、気になるのか」
「え、う、うん、そりゃまぁ……教えてくれるの?」
「いや、教えないけど」
ヨルの顔が不機嫌なものになった。それはもうあからさまに。
「あっそ、別に教えてもらわなくてもいいわ!!」
そう言って自分のベッドに戻り、ふて寝を始める。そんな姿を見てると、感情を抑えられず笑ってしまう。
こんな日々が後どのくらい続くのだろう。学校にいられる二ヶ月間? それまで組織が自分を発見できないはずがない。もっと短い。一ヶ月、一週間、もしかしたら、もう居場所はバレているかもしれない。そうなれば、今ここに向かって来ていてもおかしくはない。
時間に制限があるからこそ大切に想い、怖く感じる。
組織の人間が現れたとき、自分はどうするだろうか?
戦う、逃げる、従う、守られる、殺される、自殺する。選択肢はいくつもある。その中で何を選ぶか。そんなことはその時にならないと分からない。
でも、願わくばこれ以上自分の恥を晒さないような選択をしたい。最後の最後、締めくらいは、強い自分を示したい。
――終わり良ければすべて良し。
この世界の人たちは良い言葉を作った。
そんなことを思いながら、シルアをベッドに横になり、明日に備えて眠りにつく。
薄暗く一脚の椅子が真ん中にあるだけの部屋。数日前、そこにはシルアが拘束されていた。しかし、その姿はすでになく、残された椅子が寂しく置いてある。
部屋の扉が開くと、一人の少年が椅子に近づく。椅子にはバインドで縛られた跡が残っている。鉄製の椅子にこれほどの跡が残るということは、かなりの力で縛っていたのだろう。
作品名:If ~組織の少年~ 作家名:森沢みなぎ