If ~組織の少年~
「まったく、あのバカは夢見がちっていうか、希望を捨てきれない奴というか」
まぁどっちにしてもバカなんだけど、と呟く。
少年は、その腰に下げている剣を抜く。振り上げられた剣は、綺麗な軌跡を描き、椅子に向かって振り下ろされる。椅子は、縦に真っ二つに両断され、耳障りな音をたてて倒れる。
「マンガでも、アニメでも、俺たちのような脇役が舞台の真中に立ったら、立つの死亡フラグだけだろう。そんなことは何処の世界でもベタなお約束だ。それがわかってて立つってんなら、まぁベタなお約束通りになってもらいましょうか」
少年は剣を鞘に納める。その目は、冷たく両断された椅子を見下ろしている。それはまるで誰かを軽蔑するかのような目。
「アイツはそこら辺の節度を弁えてる奴だと思ってたけど……結構、いい奴だったんだけどなぁ。ま、それはしゃあない。俺にはどうしようもないし」
そう呟くと少年は、部屋の外へと出て行った。
学校に通い始めて四日が経つと、シルアもその雰囲気に慣れつつあった。最初は戸惑った習慣も理解し、浮いた行動も減った。
だからこそシルアは、この頃の学校の雰囲気がおかしいことに気づいている。何か浮ついているというか、浮かれているというか、生徒たちが何処か楽しげに生活している。
「文化祭?」
「そ、この学校だと聖祥祭って呼ばれてるわ。で、その聖祥祭が一ヶ月後に控えてるわけ。それでみんな浮かれてるのよ」
昼休み。またしても、フェイトに誘われてシルアは屋上で昼食を取っていた。そこで生徒たちが浮かれている理由をアリサに訊いている。
「祭りか……。なるほど、確かにそれは浮かれるな。確かこの国の祭りは花火を上げたり、露店が出たりするんだよな?」
「え、いや、そんなに大がかりなことはしないわよ。文化祭はあくまで生徒たちで企画して進行するの。だから、やることは普通のお祭りのようなものは出来ないわ」
「なんだそうなのか。じゃあなんでみんな浮かれてるんだ? そんなに大がかりなことは出来ないんだろ?」
「え、そうなんだけど。なんていうか、いつもと違うことができるからっていうか」
「みんなで準備したりするのが楽しいからじゃない?」
アリサが返答に困っているとすずかが助け船を出す。
「まぁ、それもあるかな。みんなで一緒に準備して、やり終えるとすごい達成感があるのよね。普通に生活してるだけじゃ味わえないような」
「へぇ、達成感か」
自分で例えるなら、任務を完遂したときだろうか。任務には合同で行うこともあった。そのときはみんなで協力して任務をやり終えた。
(いや、あれは違うな……)
アリサの言うような感じにはならなかった。どちらかというとあまり気分のいいものではなかった。
思い出すだけでその気分が蘇ってくる。
「そいえば、バニングスたちも何かやるのか?」
「ええ、最低クラスで一つの催し物をやるから。アンタも参加するのよ」
「そうなかのか。俺はそういうものの経験がないから足手まといになるな」
「そんなに構えなくて大丈夫だよ。みんなと一緒にやるんだから、わからないことは誰かに訊けばいいんだよ」
「……そういうものなのか?」
「そういうものなんだよ」
そこがシルアの任務とは違うところだ。つまり、それが達成感を感じさせるものなのだろう。誰かと助け合うことで困難を打破しやり遂げる。そこに達成感がある。
「それは楽しみだな」
シルアは文化祭に興味が湧いた。
「アンタは誰と見て回るの?」
「見て回る? 俺たちは企画する側だからそんな暇はないんじゃないのか?」
「そんなことないよ。生徒にも自由時間があるからその時に見て回るんだよ」
「へぇ〜、なら前もって見る場所を決めておいたほうがいいのか?」
「アンタはそんなことより誰と一緒に回るか、決めた方がいいんじゃない?」
「誰と? 一人じゃダメなのか?」
「そんなのつまらないじゃない」
そうか、と呟きシルアは考える。
誰か誘ってくれれば楽なのだが、転校してまだ日の浅いシルアを誘う人はまだいない。文化祭までにそれなりに仲の良い奴ができるかもしれないが、可能性としては低い。自分から誘った方がいいのだろう。だが、候補自体が少なすぎる。
――強いて挙げるなら
シルアは弁当を食べている少女五人を見る。誘いにのってくれるとしたら、彼女たちだろう。こうして一緒に昼食をともにしてくれるのだから。
(まぁ、まだ一ヶ月もあるゆっくり考えよう)
放課後、フェイトは帰り支度をすませると横目遣いでアレルの様子を窺った。彼は、既に支度をすませて、歩きだそうとしているところだった。そしてそのまま教室の外へと出て行く。
「はぁ〜」
フェイトは大きく溜息を吐いた。なぜ、と問われると自分でもわからない。ただ、そうしたい気分だったのだ。
昼休み。いつも通りにみんなで昼食。その中にはいつもならいないアレルの姿。そして文化祭の話。アリサが一緒に誰かと回る話を出した時、不意に胸が高鳴った。考えこむアレルから目が離せなかった。
そして今でも胸の高鳴りは止まらない。
「すっかり乙女さんやなぁ、フェイトちゃんは」
横からヒョイッと顔を出したのは八神はやて。彼女は意味深な笑みを浮かべながらフェイトを見つめる。
「は、はやて、乙女って」
「言葉通りの意味や。今のフェイトちゃんは乙女そのもの。そんなにミルトンくんが気になるん?」
そう言われてフェイトは顔中を真っ赤に染め上げる。
「べ、別にそういうんじゃあ」
「誤魔化せへんでいいよ。なんとなくやけどみんな感づいとるから」
「ええ!!」
つまり、四人ともフェイトがアレルを慕っていると思っているのだ。
「……でも、フェイトちゃんわかってるん? ミルトンくんは犯罪者やで」
「……」
はやての口調が急に厳しくなる。それだけ、重要なことなのだ。
「私も今まで黙って見てきた。ミルトンくんは良い子や。それはなのはちゃんも感じてると思う。けど、それでもミルトンくんは犯罪者」
そしてフェイトたちは犯罪者を裁く管理局員。その二つは対立すべきものであり、相容れない。
「私たちも元はそっちの立場でもあった。けど、彼と私たちは少し状況が違う……」
はやては言い終えると押し黙る。
「……そうだね。はやての言う通り……だよ」
「……ごめん」
フェイトは首を横に振る。はやては何も間違っていない。間違っていたのは自分だ。
既にフェイトの胸の高鳴りは止んでいた。
シルアは帰り支度を済ませるとそそくさと学校を後にした。その足取りは速く、その険しい顔で辺りを見回す。いつもの雰囲気はいっさいない。その姿は組織にいた頃のシルアそのものだ。
二又に分かれた道。いつもはその左の道を行き、人通りの多い住宅街へと行く。しかも、今は夕暮れ時。住宅街は帰路についた人で溢れているだろう。
シルアは右の道を進む。
もともと、帰宅ルートは管理局によって決められている。そしてそれ以外の道を使うことを禁止されている。シルアには寄り道を許されていないのだ。
「アレル・ミルトン」
叫びに似た声が聞こえる。
作品名:If ~組織の少年~ 作家名:森沢みなぎ