If ~組織の少年~
辺りには人の気配はまったくない。伸び放題の雑草、手入れのいき通っていない木々。この場所はいつも人がいない。それはこの町に来てすぐに確認済みだった。
空から防護服を着た管理局員二人が降りてくる。手には杖を装備し、いつでも攻撃する準備が整っている。
「ここは指定したルートではない。引き返すんだ」
空気が緊迫する。しかし、シルアはまったく局員の方を見ようとしない。ジッと茂みの奥、日の当たらない場所を見つめている。
「命令に従わないのなら」
「上の連中に連絡しろ。ここもうすぐ戦場になる」
局員の言葉を遮る。
「何を言っている早く指定したルートに」
またしても局員の言葉は遮られた。今度はシルアではない。茂みから放たれた一つの魔弾。魔弾は局員の腹部へと命中し、意識を奪う。
「早く行け!!」
シルアの怒声が辺りに響く。それに怯んだのか、もう一人の局員は仲間を抱えて空へと戻って行く。
「随分とお優しくなったな、シルア」
茂みの奥から聞こえてくる声。それに聞き覚えがある。人を小馬鹿にしたような口調、学校にいた時から感じていた殺気の感じ。全てに覚えがある。
茂みから出てきたのはシルアより年上の青年。紅毛を揺らし、碧眼で少年を鋭く見つめる。腰には剣を差し、防護服に身を包む。
「……ロード・ロー」
「久し振りだなって言うほど久し振りじゃないか。一ヶ月ぶりくらいかな。それにしちゃあ、随分と纏ってる雰囲気が変わったな。なんていうか、凄味がなくなったかな?」
警戒するシルアを無視して、陽気に話し出す。その姿は間違いなく彼だ。組織の中で唯一会話というものが成り立った人物、自分というものを他人に見せていた人物。
――ロード・ロー。
そう彼は名乗っている。
「組織にいた頃の君は凄かった。触れただけで殺されそうな雰囲気を漂わせていた。それなのに触れただけで崩れてしまいそうな儚さも持っていた……だが、今の君はまるで獰猛さを失った野獣だ。こうやって対峙していても危機感の一つも感じない」
「それだけ、俺が変わったってことだろ」
「違うな。それだけ、劣化したということだ、シルア」
ロードの言葉に驚きはしない。それは自分でも感じていたことであり、そして悲観することじゃない。自分は良い意味で変わってきている。彼は劣化したというが、それは組織の魔導師としての自分だ。
故に自分は何も動揺することはない。
「それでなんのようだ、ロード・ロー。まさか、そんな戯言を言いにここまで来たわけじゃないだろ」
「まぁ、そうなんだけど。シルア、組織にはお前に抹殺命令を下している。それで俺はその任務を任されたわけだけど……」
ロードはシルアをジッと見つめる。
「最初、俺はお前を連れ戻そうと思ってた」
「っ!! それはどういうことだ……」
組織がシルアを戻す。そんなことがありえるはずがない。
「いや、これは俺の勝手な判断だ。お前を失くすのは組織にとって損失だと考えていたからな。それに俺の口添えがあれば命は助かる」
「そんなことができるわけがない」
「いや、できないこともない。以前のお前ならな。ウチのボスはかなりお前に期待してたみたいだからな」
「顔も見たことないのによくそんなことがわかるな」
「与えられる任務でわかるんだよ。お前はかなり高い方だよ」
ロードは腰に差している剣を抜く。
「でも、それも今日でお終いだ。組織は今のお前を必要としていない。腑抜けたシルアなど必要ない」
そして剣先をシルアに向ける。
「シルア、お前を抹殺する」
クロノからの連絡。それはフェイトが学校を出た時に届いた。
住宅街の近くの空き地で高い魔力反応が確認された。その反応は二つ。一つはアレル・ミルトンのものだと確認され、もう一つは誰ものかは不明。しかし、だいたいの予想はつく。アレルの命を狙う人間は、アレルが逃げ出した組織しかいない。彼らは不利益をもたらすであろうアレルを排除しにきたのだ。
それが分かっているからフェイトは急いだ。今のアレルはデバイスを没収されて、碌に戦えない。そんな状態ではいつか殺される。
フェイトのバルディッシュを持つ力が強まる。
――もっと速く、もっと速く。
フェイトのスピードは加速し続け、現場へと辿りつく。
フェイトの記憶だとそこはただ草木が生い茂る空き地だった。だが、今のその面影はない。草は地面と共に抉られ、木々は切り倒されている。
(この切り口は何か鋭いもので切った痕……)
相手は刃物を持った人間。
フェイトが周りを確認すると、茂みの奥で赤い火花が目に入る。
それは剣戟。
アレルと紅毛の少年が茂みの奥で自分たちの得物をぶつけ合っていた。アレルは氷で造形した剣を、少年は鉄製の剣を。
状況は最悪。所詮、アレルの剣は氷。少年の剣は彼の剣を削り、抉り、すり減らしていた。
しかし、それは剣の差だけではない。アレルは本来、無手。凍結の魔力変換資質を基本とした戦い方だ。そして少年は多分、剣を得手とする戦い方だろう。動きの一つ一つに無駄がなく、剣の連撃にも隙はない。この状態が続けば、いつかアレルがやられる。
そしてついにアレルの剣は限界を迎え、刃が砕け散った。氷の破片が地面へと突き刺さり、やがて溶けていく。
「ここまでか……」
少年が冷たく言い放つ。
剣先をアレルへと向け、そのまま左胸を目掛けて――突く!!
剣では敵わない。
そのことをシルアは知っていた。それでいて逃げることを選ばずに戦うことを選んだ。
激しくぶつかり合うシルアの氷剣は悲鳴を上げていた。文字通り付け焼き刃の剣。ここまで持っていることが不思議なくらいだ。でも、敵わないのは剣の質のせいじゃない。
自分の力量だ。たぶん、ロードがこの氷剣でも、シルアが勝つことはできない。それだけの力量の差があるのだ。
(せめて、デバイスがあれば……)
シルアの魔力変換はデバイスに頼っている部分が多い。普通なら物質を凍結するしかない能力も多彩な転用が可能となる。それがない今、シルアはこうして氷剣で応戦せざるおえない状況に陥っているのだ。
この状況を打破するには管理局が来てくれるか、もう一つは――
(あれはこの状況じゃ無理だ……)
管理局を待つ間が勝負だ。
「戦闘中に考えごとか。君もずいぶん強くなったものだな」
ロードの重い一撃がシルアの腹部をがら空きにする。そこにロードの蹴りがなんの抵抗もなく入る。
「がぁ!!」
肺にある空気を全て吐き出し、シルアはその場に跪く。肺は新たな空気を求め、シルアに咳きこませる。
「やっぱり管理局にレーヴェを奪われてたか。君は彼女がないと何もできないからな」
シルアに止めを刺せる絶好の機会を見逃して、ロードは喋る。
それだけ、いつでも殺せるということなのだろう。
(……ナメやがって)
氷剣を握る手に力が籠る。だが、いくら怒ろうともロードには勝てない。いや、冷静さを失うだけ負ける時が速まって行く。
シルアはゆっくり息を整える。
「君は自分の役を考えてことがあるか?」
「……やく?」
作品名:If ~組織の少年~ 作家名:森沢みなぎ