If ~組織の少年~
「そう、この世界と言う名の物語の中での役だ。ここで起きていること、これから起きることはやがて過去となり、歴史となって物語となる。俺たち人間はその物語の役なのさぁ。そして物語にはかならず主役がいる。君はその主役が誰だと思う?」
そう語るロード。しかし、要領を得ない。
「それは世界を支配した人間だ。その人間の歴史こそが物語そのものと言ってもいい。それが望むまま、感じるままに世界を変えられる。いつしかそれは役の枠を超えて創造主となるんだ。つまり、世界そのものになる。そして僕と君は物語の脇役だ。主役じゃない。分不相応な役回りは自分を滅ぼすだけ、君のようにね」
「何が言いたい」
「つまり、僕が君に言いたいのは……」
ロードは大きく息を吸い込み――
「なに主人公ずらしてんだって言いてんだよ」
「……」
「“俺”たちは脇役。いつか世界を支配する人に仕える人間だ。そんな奴が組織を逃げ出して学校に通う? なに良い子ぶってんだよ。更生でもしたつもりか? これから心を入れ替えて社会貢献でもするのか? それで組織と対立でもする気か? 正義の味方のお前が世界を乱す悪とでも戦うつもりか?」
口調が荒々しくなり、完全に我を忘れている。
「それなら俺は悪としてお前を殺す」
再びロードの剣がシルアを襲う。
状況は変わらずに防戦一方。いや、前よりもシルアは押されている。
我を忘れたロードは守りを捨て攻めに入っている。隙があっても連撃に間ない。それ故にシルアはどんどんと後退していき、やがて氷剣が砕け散った。
しかし、シルアは妙に落ち着いていた。ロードが我を忘れたあたりから、本当の冷静さを取り戻していた。組織の刺客が来た時、自分はどうしようと思っていたのか。シルアは覚悟していたはずだ。
――終わり良ければすべて良し。
(……生にしがみ付くのはもうやめよう)
これ以上、恥を晒さないために。
シルアはゆっくり目を閉じた。
たった数日だが、普通の生活を感じることができた。自由を感じることができた。だからもう、思い残すことはない。
胸を貫かれて死ぬ。それを覚悟した。
しかし、伝わったのは胸の激痛ではなく、目を閉じてても分かるほどの光だった。金色の光。それがシルアの目に伝わってきた。
目を開いて最初に見えたのは漆黒のマントと金色の髪。そしてその先には顔を歪ませたロードが立っていた。
「……テスタロッサ」
その後姿は間違いなくフェイト・テスタロッサ・ハラオウン。そしてシルアを助けたのも彼女だろう。
フェイトはこちらに顔を見せることなく、ロードと対峙している。いや、見せられないのだろう。先程からロードが放っている魔力は尋常じゃない。敵意をむき出しで見られたら、余所見などできない。しかし、フェイトも放っている魔力に怯むことなく、向き合っている。魔力こそ感じないが、内に秘めている強い気持ちが伝わってきているようだ。
助かった。
シルアはそう思い、歯を食いしばった。
心のどこかでホッとしている自分がいる。殺されなくてよかったと思っている自分がいる。あれだけ、覚悟をしたと思っていたのに、生にしがみ付くのをやめようと思ったのに。
そのことが情けなくて、愚かで、哀れで、醜かった。
突き出された剣をフェイトは魔弾で牽制した。少年は後ろに跳び、アレルとの距離を取る。その間に少年とアレルの間に割り込み、少年と対峙する。少年から流れ出す魔力はどんどん増していき、それに同じくらいにフェイトに向けられる視線も怒りが感じられるようになっていく。
「君は管理局か」
「時空管理局執務官フェイト・T・ハラオウン。この世界での戦闘行為は禁止されています。投降するなら貴方には弁解の機会がある。同意するなら」
「あーあー、もういい、その恒例文句。もう聞きなれた。僕って結構管理局とぶつかる仕事が多くて。会う奴、会う奴そんなことを言ってくるんだよな」
先程の雰囲気とは打って変わって上機嫌そうに話しだす少年。剣を肩に担ぎ、余裕そうにこちらを見つめている。
(この人はやっぱり、アレルの組織の……)
アレルを殺そうとしたことと管理局の名を出しても動じない態度、先程見た戦闘からすれば、必然的にそこに行きつく。そして重要なことはこの人もアレルと同じくらい強いということだ。
(……もしくはそれ以上)
少年もアレルと同じ組織の魔導師なのだ。そしてあの戦闘を見る限りでは接近戦においてはアレル以上に強い。
「でも、応援が一人ってことはないだろ。となると君はさっきの管理局と同じようにシルアを監視していた人か?」
少年の質問にフェイトは答えない。律儀に答えて敵に情報を与えないようにしているのだ。
「まぁどっちにしても、僕は君に用はないんだ。用があるのはそこにいる裏切者でね。無駄な人間を殺す趣味はないから、彼をこちらに引き渡してくれないか?」
「彼はこちらで保護している。貴方に引き渡すことはない」
フェイトの言葉に少年は「あっそ」と素っ気なく呟き、肩に担いでいた剣を地面に向かって下ろす。
「じゃあ、君はここで終わりだ」
その瞬間、少年の姿は霧のように消え、フェイトの目の前へと移動していた。
フェイトと少年の間は、それほど遠くはなかった。しかし、あの瞬間で詰められるほどの距離じゃない。
初撃。剣での突き。剣先は躊躇なくフェイトの左胸を狙ってくる。フェイトはそれをバルディッシュで流す。
追撃に次ぐ追撃。間髪いれずにロードの剣撃がフェイトを襲う。アレルの時とは比べ物にならないほどの速い。
速さを武器とした近接魔導師。アレルと戦っていた時は手を抜いていたのだろう。その少年だけではない。フェイト・T・ハオラウンもまたその一人。
故に――
「ほぅ」
少年から驚きの声が上がる。
全ての剣撃は、フェイトのバルディッシュによって完全に阻まれた。
少年は後ろへと飛び、再び距離を取る。
「僕の速さについてこられるのか」
「速さに自信があるのは貴方だけじゃない」
「君、確か、名前なんていったっけ?」
「フェイト・T・ハラオウン」
「そうそう、ハラオウンだ。僕はロード・ロー。もう知ってると思うけど組織の魔導師だ」
そう言いながらロードは剣を鞘に納める。
「これをかなり魔力使うからあんまり使いたくなかったんだけど、君を相手にするのは骨が折れそうだ。だから、出し惜しみはなしでいく」
ロードが右手を前に突き出すと、それにつられてフェイトもバルディッシュを構える。
「君はこの戦線から強制退場してもらう。絶対の檻(アブソリュート・ケージ)」
その声とともにフェイトの足元にミッドチルダ式の魔方陣が表れる。
「逃げろ!!」
後ろからアレルの怒鳴り声が響く。
しかし、魔方陣は空に向かって半球体の結界を形成し、フェイトを外界から遮断する。それはバリア系の結界よく似ている。唯一違うところはその結界に模様が入っている所だ。まるで人の血管ようにいくつもの線が入り交じっている。
「……捕獲系の結界」
「これは結界なんて生易しいものじゃない」
そういってロードは微笑む。
作品名:If ~組織の少年~ 作家名:森沢みなぎ