If ~組織の少年~
結界を破るのにはそれ相応の攻撃が必要となり、それに伴って大きな隙もできる。ロードの前でそれは自殺行為に等しい。結界の中にいれば手が出せないのは相手も同じ。攻撃する時になれば必ず結界を解く。逃げるそぶりを見せたなら迷わず結界を破る。
フェイトはロードの動きを警戒しながら、対策を練る。
それは現状の対策としては最善の策と言えた。フェイトの判断に間違いはない。しかしそれはロードの結界がただの捕縛系の結界だったらの話だ。
「じゃあな、ハラオウン」
ロードの突きだした右手の指先が微かに動いた。
「待て!! ロード・ロー!!」
アレルの叫び声が木魂す。
ロードの動きは止まり、その視線をアレルへと移す。
「待ってくれ、ロード」
「まさかとは思うけど、殺すな、なんて言うつもりじゃないよね」
口調こそ穏やかだがロードの目だけはすぐにでもシルアを殺そうとしている。
「そうだ、ロード」
ロードは右手を下す。
「はは、まさか、ここまで腑抜けになってたなんて」
あり得ないものでも見たかのように空を仰ぐ。
フェイトはその様子を黙って見つめていた。状況が把握できない。どうしてアレルは割って入ったのか、どうしてロードはあれほど勝気なのか、どうして自分がこんなに追い詰められたような雰囲気なのか。全てが把握できていない。
考えられるのはこの結界。
「これは結界なんて生易しいものじゃない」
ロードはそう言っていた。不確定要素がこの結界にあるというなら、その不確定要素ごと結界を破ればいい。
『Haken Form』
鎌型となったバルディッシュを構える。そして結界に向かって薙ぎ払うようにバルディッシュを振る。
その一撃は通常の捕縛結界なら簡単に破れるほどの力と魔力を込めた。フェイトのこれまでの戦闘経験上で問題などなかった。まず、壊れないことはないと慢心していた。
故に驚きは大きかった。あの一撃を受けてもなお存在する結界。
フェイトはもう一度同じ動作で薙ぎ払う。一度だけでは足りず、二度、三度、四度、五度。六度目の時には全力の一撃を加えた。
しかし、結界は壊れるどころか、ヒビ一つつかない。
そこでようやくフェイトは現状を理解した。
自分は既に負けている――と。
空を仰ぐロードに注意を払って、フェイトに視線を移す。先程まで結界に攻撃していたフェイトは杖を握り閉めながら俯いていた。
どうやら自分の置かれている状況が理解できたらしい。
『絶対の檻(アブソリュートケージ)』
ロード・ローの希少スキル。その名の通り一度入ったら出ることが許されない檻だ。中は外部からの接触を遮断し、外は内部からの接触を遮断する。どんな攻撃も魔法も効かない。出る方法は二つ。ロードが結界を消すか、ロードを気絶させるかだ。しかし、今のシルアにはそのどちらも無理だ。
今、フェイトの命はロードが握っている。
「ロード、お前の任務は俺を殺すことのはずだ。なら、その人は関係ない。お前は俺だけを狙えばいい」
一向に動く気配すら見せないロードに痺れを切らして、話を持ちかける。
組織の任務は絶対の優先事項。そして任務の達成は速さを求められる。そのため標的を目の前に他の的にうつつを抜かすなどあってはならない。それはロードも十二分に分かっているはずだ。
なら、必ずロードは自分に向かってくる。
シルアは身構えてその時を待った。
「いい覚悟だ、シルア。それはつまり君の死期を早めていることにちゃんと気付いているか?」
「そうだな。そうかもしれない。……いや、そうだな」
シルアは両手に氷剣を作り出す。もちろん、双剣に心得などない。ただ、実力の差を数で補おうとしているだけだ。
「だけど、簡単には死なない。せめて、テスタロッサだけは……」
そう呟いてシルアは構えた。
全身から冷汗が流れ、四肢は小刻みに震えている。死ぬことへの恐怖がシルアの体を襲う。逃げろ、と体が叫ぶ。
組織に救われ、フェイトに救われた命。それが組織に奪われようとして、フェイトを救って終わろうとしている。
(それが妥当なんだろ。俺の終わりには)
穏やかな気持ちだ。これから死を迎えるというのに、今まで感じたこともないように心は落ち着いている。理由は分からない。ただ、ここで逃げてはいけない、ここを離れてはいけない、と感じている。それがシルアを不動にさせる。
瞬間。最初に仕掛けたのはシルア。双剣を駆使してロードを責める。
ここにきてシルアは初めて自分から攻めに出た。それはフェイトから注意を外すための牽制と、絶対の檻(アブソリュートケージ)を使わせないためでもある。あのスキルはその絶対さと引き換えに発動するまでの溜めが長い。その時間さえ与えなければ発動をくい止めることはできる。
二人とも捕まるわけにはいかない。
「判断は悪くない。でも、それが君の死を早めているんだよ!!」
力の籠った一撃が左手の氷剣を破壊する。
「――っ!!」
先程の戦いではこんなに容易く破壊されることはなかった。
(手加減してたってわけか……)
背筋が凍る。体が小刻みに震える。恐怖に飲み込まれていく。
シルアは恐怖を振り払うように氷剣を振るい、空いた左手に瞬時に氷剣を作り出す。
「なんど作り直した所で結果は同じ!!」
ロードの一撃一撃はシルアを確実に追い込んでいく。壊された氷剣も二桁に達している。その度に氷剣を作るシルアだが、ロードが氷剣を破壊するスピードが速い。氷剣の作りも雑になっていく。もはや、ただの棒であって剣ではなくなっている。
「もう限界みたいだな……」
ロードの一言と共に振るわれた一撃が氷剣を破壊する。
シルアの両手に得物はなく、急いで作り出そうとするが、
「遅い!!」
ロードの追撃でシルアの左肩から鮮血が噴出す。
「ぐぁああ!!」
シルアは右手で傷口を押さえ、膝をつく。血はシルアの手を流れ地面に一滴、また一滴と流れる。骨までは達していないが、かなり抉られた。中の肉が見えている。
「その傷じゃあ剣は振えないだろ、シルア」
剣先を突きつけられ、動きを封じられる。
「終わりか……」
「ああ、終わりだ」
そうか、と今にも消えそうな声で呟く。右手を地面につき腰を下ろして胡坐をかく。
「ダメ、逃げて!!」
フェイトの叫び声が聞こえる。ダン、ダン、と結界を叩く音も聞こえる。
しかし、シルアは聞く耳をもたない。
「逃げてぇ――こんな所で、お願い逃げて!!」
叩く音はだんだんと力をなくしやがて聞こえなくなる。
「お願いだから……」
代わりにフェイトのすすり泣く声が聞こえる。
シルアには理解できなかった。どうして会ったばかりの自分のために泣けるのか。どうしてそこまで感情移入できるのか。ただ言えるのは、それがフェイト・T・ハラオウンで、フェイトだから自分は命を掛けているということだけだ。
(できるならもう少し一緒にいたかったけど、ま、仕方ない)
流石にこれから自分を殺す剣を見るのは恐ろしく、目を閉じる。
剣先の重圧がなくなる。剣を振り上げたのだろう。
作品名:If ~組織の少年~ 作家名:森沢みなぎ