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森沢みなぎ
森沢みなぎ
novelistID. 41186
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If ~組織の少年~

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 これまでの人生が走馬灯のように思い返される。何一つとしていい思いではない。碌な人生じゃなかった。いつも人を殺すことの罪悪感に押しつぶされそうで、それでも組織に歯向かうことができなくて、死ぬことが怖くて、怯えていた。たった一度だけ殺すのが嫌で逃がしてそれが組織に知られて、殺されるのが嫌で逃げ出して、本当に自分は情けないというか、はっきりしないというか。
 まぁ、でも、これで悩む必要はなくなし、苦しむこともなくなる。それが唯一の救いか。そう考えると恐怖が少しだけ和らいだ。
 後は振り下ろされる剣を待つのみ。
 しかし、一分ほど経っても痛みを感じるどころか、殺気さえも感じなくなっていた。シルアはその重い瞼を開くとそこには空を見上げるロードと杖を構えてロードを睨むクロノが映った。そしてクロノの周りには十人ほどの管理局員がいる。
 シルアは唖然とする。
「ちっ」
「時空管理局執務官、クロノ・ハラオウンだ。武器を捨てて投降しろ」
「形勢逆転か……」
 局員たちはロードを取り囲むように空中で待機している。逃げ道はない。
「早く武器を捨てろ」
「断る」
 その言葉と同時に魔方陣が展開される。そしてフェイトを捉えていた結界は消え、代わりにロード自信を捉える。
「アブソリュートケージは縦横無尽変幻自在。だから、こんなこともできる」
 そう言うとロードは結界に包まれたまま空へと上がる。
「撃て!!」
 クロノの掛け声と共に局員の杖から魔弾が放たれる。しかし、絶対の檻に阻まれ、ロードの身に届くことはない。そしてどんどんとスピードを上げてその場から去って行った。
 シルアはその様子をぼんやりと眺めていた。
 どうして自分は死なないんだろう。どうして自分が死ぬときになって誰かが助けにくるのだろう。
 だが、シルアは初めてなんの迷いもなく感謝した。自分を救ってくれたことに。


 アースラの医務室で治療を受けているシルア。肩の傷ははやり酷いものであったが、一週間安静にしていれば大丈夫と言われた。肩に包帯を巻いている時に訪問者が現れた。
「傷の具合はどうだ」
「……クロノか」
 現れた訪問者は意外でもなかった。たぶん来るだろうとシルアも予想していた。
「傷のほうは問題ない。一週間ほっとけば治るらしい」
 シルアの言葉に医師が「安静ですよ」と念を押す。
「そうか、それならいいだが……」
 そこで会話が終わる。医務室には包帯を巻く音だけが聞こえる。
 包帯が巻き終わるとシルアは制服に袖を通す。刀で切り刻まれた制服はこの時期には少し肌寒い。さらに血がべっとりと付いていて、もうこれで町を歩くことはできない。
「制服のほうはこっちで新しいのを準備させてもらうよ」
「そうか……。でも、いいよ。もう、俺には必要なし」
 その言葉にクロノの顔が驚きの色に変わる。
「もう学校にはいられないからな」
 医務室の空気が異様に重い。
 ロードが現れた時からわかっていたことだ。流石に居場所がバレた以上、例え約束が二ヶ月間でも学校に通うことなどできないと。
 多分、クロノもそれを告げに来たのだろう。
「それでいいのか?」
「良いも悪いもない。俺も一般人を巻き込んでまで学校に通おうなんて思わない。それぐらいの節度は弁えてるよ」
 そう言ってシルアは医務室から出て行く。
 艦内の局員は慌ただしく行き交う。さっきの戦闘の事後処理でもしているのだろ。そしてその中に紛れて一人の少女が立った。
「テスタロッサ?」
 フェイトは医務室から出てきたシルアを見つめていた。そしてこっちに向かって歩いてくる。
「よう、怪我はなさそうだな。お互いに命拾いしたな。いや、お前の兄さんにはホント――」
 言葉を言い終える前にパンと乾いた音が鳴り響く。急に振り上げられたフェイトの手がシルアの頬を叩いたのだ。
 シルアは驚いてそれ以上言葉が出なかった。
「か、簡単に生きることを諦めないで!!」
 そしてフェイトの怒声が艦内に響いた。近くにいた局員たちは何事かとこちらの様子を窺っている。
 そしてフェイトはそれだけ告げるとその場を走り去ってしまった。
「……え?」
 まだ、状況が理解できないシルアはフェイトを追うように視線を移動する。
(怒ってた? いやでも、なんかしたっけ?)
 あまり思い当たる節がないが、彼女の言葉からして先程の戦闘のことを言ってるのだろう。だが、その戦闘のときも自分に落度はなかったはずだ。
「驚いたな」
 考えこんでいると後ろからクロノが現れる。
「フェイトがあそこまで声を荒げる所なんて初めて見た」
 どうやら見ていたらしい。
「俺、なんか気に障ることしたか?」
「気に障ることか……。まぁ、したと言えばしたんだろ」
 二人は場所を変えて休憩室へ来た。クロノ手からコーヒーが入った紙コップを受け取ると席に着いた。
「フェイトの報告書を読んだよ。君はフェイトが結界で捕まった後も戦ったらしいね。それで自分が死ぬとわかっていても」
「そうしないとテスタロッサがやられていたかもしれない」
「そうだな。その点に関してはこちらからも感謝しているよ。でも、フェイトはそう思ってない」
「いや、逆にめっちゃ怒ってたぞ」
「そう、フェイトは感謝すべき場面で怒っている。どうしてだと思う?」
「それが知りたいから聞いてるんだろ」
 そこでクロノは大きな溜息をつく。
「君も少しは自分の頭で考えたらどうだ」
「考えたけど分からなかったんだ」
「まったく。いいか、君は命を掛けてフェイトの命を救った。でも、フェイトは怒った。極端に言うと『自分を見捨ててなんで逃げなかった』って言ってるんじゃないか」
「いや、そんなわけないだろ」
「どうしてそう言い切れる」
「俺を助ける理由も必要もないからな」
「それは君も同じだろ。あの場面で君はフェイトを助ける理由と必要があったのか?」
「それは……」
「フェイトは誰に対しても一生懸命でお人好しだ。それは君にも同じだ……。いや、君だからこそフェイトはそう思ったかもしれない」
 シルアは紙コップに映った自分の顔を見つめる。
(俺だからこそ。それこそありえない……)
「今の君は自分のことを物凄く嫌っているんだろ。これまでの君を見てればわかる。でも、周りはそうは思ってない。そんな君のことを大事に思ってくれている人達がいるんだよ。特にフェイトは」
 クロノはコーヒーを飲んで一拍置く。
「フェイトにとって君の命は自分の命よりも重いんだ」


 クロノの言葉に耳を疑った。人が最も重いものそれは自分の命だ。それ以上に優先すべきものなどあるはずがない。あるなんて言う奴は大抵が自己犠牲な独り善がり野郎か、自殺志願の偽善者だ。
 フェイトは多分前者だ。自分を犠牲にして、人を救って気持ち良くなってるだけだ。それがカッコいいから、周りから尊敬されるからやっている。生きることを望んでいる奴がやってはいけない愚かなことだ。
「理解できねぇ」
 その一言にクロノのコーヒーを飲む手が止まった。
「何を言っているんだ。それだったら君だってそうだろ」
「俺はテスタロッサみたいなものじゃない」
作品名:If ~組織の少年~ 作家名:森沢みなぎ