If ~組織の少年~
行動だけ見ればそう感じるが、シルアは後者だ。自分に絶望し、死を望んでいる。だから、命を捨ててまで人を守ろうとすることができる。前者ほど愚かではないが、必死に生きている者への侮辱だ。
「結果は同じだ。君は命を懸けて人を守ったんだ」
「それでも俺とテスタロッサでは全然違う」
フェイトは『人を想う気持ち』から、そしてシルアは『自分を嫌悪する気持ち』から行った行動だ。たとえ結果が同じだとしても、意味が違う。フェイトは幸せを生むが、シルアは虚しさしか生まない。
「君がどうしてそこまでムキになって否定するのかが分からない」
「テスタロッサが俺と同じなはずがないだろ。俺は人を殺すの魔導師で、テスタロッサは人を救う魔導師だ。そんな俺たちに共通点なんて存在しないだよ」
それを言うとクロノはそれ以上何も言うことはなく、シルアもそれを見て休憩室を後にした。
ホテルに戻る頃にはすっかりと夜も更けこんでしまった。クロノと別れた後、リンディにつかまり、事情聴取を行った。途中からクロノも参加したが、一言も話していない。
「なぁっ!!」
部屋に入るとヨルがいきなり抱きついてきた。突然のことで足が二人分の重さに耐え切れず、尻もちをついてしまった。
「なんだよ。いきなり、びっくりした」
「……」
問いかけても返事がない。ヨルはシルアの胸に顔を押し付けたまま動こうとしない。
「あ、もしかして、心配させたか?」
「黙って」
「いや〜、悪い悪い。こっちもいろいろあってな。でも、この通りピンピン――」
言葉を言い終える前に頬から激痛が走った。
また、頬を叩かれた。
「心配なんかしてないって言ってるでしょ!!」
部屋にヨルの怒声が響く。
「ふんっ」と鼻を鳴らし、そのままヨルはベッドへと潜り、シルアに背を向けた。
叩かれた頬を摩りながら、「今日はよく叩かれる日だ」などと考える。それだけフェイトもヨルも、シルアのことを心配していてくれる。
それはシルアも分かる。だが、どうして心配するのかは分からない。特にフェイトは頭がおかしい。一度病院で検査してもらった方がいいじゃないか、と思うくらい。
「ま、多分俺なんかが考えても一生分からないんだろうな」
シルアは呟き、ソファーに座ってゆっくりと目を閉じた。
目覚めると時計は10時を回って、学校の授業もすでに始っていることを示している。
だが、昨日の時点でシルアはもう学校へ行くことは出来ない。これ以上、民間人を危険にさらすわけにはいかない。管理局の判断だ。そしてシルアの判断でもある。
そのため久しぶりによく眠れた。眠れ過ぎて体がだるいくらいだ。
いや、これは体というよりも心だ。昨日のことを引きずっている。原因はそれしかない。
フェイトの行動とクロノの言葉が頭の中を駆けずり回る。まったくもって人騒がせな兄妹だ。
眠気覚ましのコーヒーを淹れていると、ベッドからヨルが起き上がった。コーヒーの匂いに誘われて起きたのか、鼻をピクピクさせている。そして匂いの元であるシルアと目が合う。
「ふんっ」
と鼻を鳴らして再びベッドに潜り込んだ。まだ、昨日のことを怒っているらしい。
シルアは溜息を吐いて、ベッドへと向かう。
「あー、昨日は悪かったよ。俺もちゃんと連絡しておくべきだった」
背を向けたままのヨル。とりあえず、ヨルのコーヒーを置いておく。
「だから別に心配してたわけじゃないわ」
するとニョキッと起きてきて、コーヒーを手に取った。
「ただイライラしてただけよ」
「そっか」と当たり障りのない返事をする。
「それとそろそろこの世界から離れることになる」
「……そう」
返事が素っ気ない。
「それで貴方はそれでいいの?」
「いいも悪いもない。こればっかりはどうしようもない」
管理局が決めたことに逆らえるほど今のシルアに力はない。
シルアは力なく笑う。
「それ、やめたほうがいいと思うわ」
「え?」
文脈ない話にシルアは戸惑う。
「その自分のことをまるで他人ごとのように笑うの。正直言って見てるこっちは気分が悪い」
初めてそんなことを指摘された。自分ではまったくそんなつもりはなかったのだが、ヨルが言うなら間違いないだろう。
「悪い」
重い空気が流れる。
それもそうだ。後数日でシルアは獄中へと入ることになる。使い魔であるヨルもシルアよりは軽いが罪を問われることになる。そんな状況で明るく振る舞うことなど誰にできる。
できることならヨルだけでも――
シルアの頭にそんな言葉がよぎる。だが、これを言えばヨルは更に機嫌を悪くすることは目に見えている。
「でも」
意外にも沈黙を破ったのはヨル。何故かそっぽを向いている。
「それでも私は貴方の傍にいてあげるわ。“貴方の使い魔だから”」
まるでシルアの考えが読めているかのような発言に苦笑する。
今のシルアの周りには自分を心配する人がやけに多い。
アースラから戻ってきたフェイトは自分のベッドへと倒れ込んだ。
アレルを叩いてしまってから丸一日が経ち、罪悪感に押しつぶされそうなフェイトに更に追い打ちをかけるような出来事が起きた。
アレル・ミルトンの本局への護送。
クロノから呼び出されたフェイトが受け取った知らせは最悪のものだった。約束の期限は過ぎていないが、民間人への危険を回避するためだ、とクロノは言っていた。アレルも了解しているらしい。
だが、フェイトだけは納得がいかない。執務官として仕事の私情を挟むのはもってのほかだ。まだ、クロノのように経験が浅いから、そう感じてしまうと思っていた。けど違う。フェイトの気持ちはアレルにも向けられているのだ。護送に了解したアレルに怒りを感じている。本当ならよく了解してくれたと思うべきところを、なぜ抗議しなかったんだと怒っている。この気持ちは条件を破棄した理不尽さだけではなく、アレルを想うあまり生じたものだった。
まだ、ちゃんと謝ってすらいない。もうアレルと二人で話すことはできない。アレルの裁判の結果しだいでは、その後も会うことができないかもしれない。アレルは人を殺めた犯罪者だ。その可能性は十分ある。
ひどく胸が苦しい。
嫌だ。そんなの嫌だ。このまま会えなくなるなんて絶対に嫌だ。
心の中でそう叫ぶと、自然と涙が溢れてきた。
朝起きるとリンディに「顔を洗ってきなさい」と言われた。鏡で自分の姿を確認する。
なるほど、そう言われるわけだ。
目が赤く腫れている。昨日は寝るまで泣いていたから当然だ。
フェイトは頬を叩くようにして水で顔を冷やすと「よしっ!!」と気合を入れる。目もまだ少し腫れているが、これなら気付かれないだろう。
制服に着替えて、身支度を整えて、家を出た。今日の放課後はアレルを護送する。クロノに無理を言って、アレルと話さないという条件で同行の許可をもらっている。
話せなくてもいい、ただ最後の姿を見られれば――
それが泣き続けたフェイトの出した妥協点だった。
作品名:If ~組織の少年~ 作家名:森沢みなぎ