If ~組織の少年~
これが本当に模擬戦闘じゃないとすれば、事故か、テロということになる。事故ならいいのだが、もしテロということなら。
悪寒がする。シルアの手から滝のように汗が流れる。
まさか、とシルアは思う。だが、とシルアは否定する。けど、とまた思う。しかし、とまた否定する。そうやって何度も頭の中で不安を揉み消そうとする。だが、不安はシルアの頭から一向に離れようとしない。そればかりか、どんどんと膨らんでシルアを包みこんでいく。
「誰かくる」
ヨルの言葉でハッと我に返った。そして扉の方を警戒する。開いた扉から見えたのはいつも食事を運んでくる管理局員。
一瞬、気が緩んだが、その管理局員がそのまま倒れ込んだことで、一気に警戒心は最高点へと達する。
そしてその管理局員の陰から出てきたのは、ロード・ローだった。
「やぁ、シルア。久しぶりかな」
ロードは中身のない笑顔を振りまく。
それは間違いなくロード。幻影や幻想ではない。あの独特な笑顔は他の誰にも作れない。
「よう。偶然だな、ロード・ロー。お前はいつから管理局に出入りできるようになったんだ」
「さっきだよ。さっき、組織が本局を襲撃した時から」
シルアの不安は杞憂とはなってくれなかった。本当にこういう時だけの勘は冴えてる。
「で、お前はこんな所に何の用だ。俺を今度こそ殺しに来たか」
「いいや、そんな命令は受けてないよ。ただ、管理局に捕まってる滑稽な君を見に来ただけさ」
「そんな軽口はいい。本局を襲撃するなんて組織は何を考えてるんだ。自殺行為にもほどがある」
「心配してくれるのか? でも、組織を裏切った君には関係ない話だ。でも、この襲撃は君のおかげで成り立っているんだから、話した方がいいかな」
「どういうことだ」
「僕が君に教えたアジトの場所覚えてるか?」
その一言でピンと来た。シルアが実際に行ったことないアジトで、ロードに教えてもらったアジトだ。
「実際にはそんなアジトないんだよ、シルア。あれはダミー。管理局をおびき寄せるためのね」
シルアは歯を食いしばる。
また、ここでも、捕まっても、自分は死を振りまくのか、と。
「君は組織にいた時から目を付けられてたんだよ。隠せてると思ってた。君が人を殺すことに躊躇いを持ってることに。自分の弱さに嘆いて、自分の力に恐れている君は、本当に愚かだよ」
ロードは笑う。シルアは俯く。
「それが、どうした」
部屋の中にシルアの一言が響く。
「なに?」
「それがどうしたと言ってんだよ、ロード・ロー」
ゆっくりと立ち上がり、ロードと対峙する。その瞳はこれまでの迷いはなく、決意だけが表れている。
「お前の言う通り俺は愚かだ。多分世界中探しても俺ほど滑稽な奴はそうはいないよ」
けどな、とシルアは繋げる。
「今はそんなことどうでもいいんだよ。今、ここは戦場でたくさんの人が戦っている。人も死んでる。しかも俺のせいでだ。そんな状況の中で、自分の愚かさに嘆いてる暇なんか何処にもないんだよ!!」
裁判が終われば、獄中行きだ。嘆くならその時嘆けばいい。今、この状況で嘆く必要なんて何処にもない。
「威勢だけはいいね。でも、今の君を殺すのは雑草を刈ることより簡単だよ」
その言葉にシルアは笑うと同時に部屋の中がひんやりと冷気が漂う。そして次の瞬間には部屋全体が凍っていた。そしてシルアとヨルを拘束していた手枷も。
シルアは両手を交差させるように力を入れて氷と化した手枷を砕いた。
ロードはその一部始終を唖然として見つめる。
「何を驚いてんだよ。この手枷は体内で魔力の結合を妨害するもんだ。だったら結合させなければいい。魔力を集めず、体から垂れ流してた魔力を使えばいい」
「な、なにを言ってる!! そんなことができるわけがないだろ!! 魔力変換は体内の魔力を物質へと変換するものだ。魔力を結合しなければ、変換する魔力を集めることすらできないだろ!!」
ロードは激昂する。そんな姿は初めて見る。
「ロード、お前は勘違いしてるよ。俺がいつこの希少能力が凍結の魔力変換資質だって言った」
「な、に……」
「俺の希少能力は、魔力で凍らせるんじゃない。魔力を凍らせるんだ」
だから、垂れ流したお粗末な魔力だって凍らせることができる。別に体内で魔力を結合させなくたって、そこらへんの魔力を氷へと変えることができるのだ。
「『完全凍結』。それが俺の本当の能力だ」
驚愕の色を浮かべていたロードだが、落ち着きを取り戻し、うっすらと笑みを浮かべている。
「完全凍結? 凍結の魔力変換と何が違うの? それに君はその能力で俺に手も足手でなかったよ」
ロードは腰の剣を抜く。
前の戦いではあの剣で完膚なきまでに叩きのめされた。
『ヨル』
シルアは視線を外さずに念話でヨルに話しかける。
『今すぐここから離れろ』
『何言ってるの。貴方、この前コイツにやられたばかりでしょ。私も戦うわ』
『別にただ離れろって言ってるわけじゃない。俺のデバイスを取ってきてほしいって言ってるんだ』
『デバイス? 何処にあるのかもしらないのに?』
『探してくれ。コイツはデバイスなしじゃ倒せない』
『……』
ヨルは考えているのか、ぱったりと喋らなくなる。
『私が探してくるまで大丈夫なんでしょうね』
『ああ、まかせろ』
その言葉を言った瞬間、シルアは動き出した。空気中に残留している魔力を凍らせ、両手に二本の氷剣を造形する。そして氷剣をロードに突き付ける。それをロードは軽やかなバックステップで避ける。しかし、反撃の間を与えないよう、間髪入れずに逆の氷剣を振る。
決してこれでロードを倒せると思っているわけじゃない。これは牽制だ。自分に意識が行くように、ヨルが安全にここから離れられるように。
やがて、二人は部屋を出た。廊下に人の気配はなく、天井には黒い煙が宛もなく漂っている。
「行け、ヨル!!」
シルアの声と共にヨルは走り出した。
「使い魔を逃がしてどうするの? もしかしてデバイスを取りに行かせたとか?」
「ま、そんなところだ」
「無駄だよ。僕がそこまで君を生かしておくわけないし、それにデバイスがあったとしても君は僕より弱い」
そう言って、ロードは剣を鞘に納める。
「君だけが本当に力を隠してたって言うなら、僕もそうだ」
姿勢を低くし居合腰、左手は鞘を、右手は柄をすぐさま掴める位置に持っていく。
「僕のスタイルは剣術じゃなく、居合術だ」
と言い終えたと、ロードの手が少し動いた。シルアは氷剣を前に構えた、がその瞬間、二本の氷剣は砕けた。
「――っ!!」
シルアは慌てて後ろへとジャンプする。
最初の手の動きは見えたが、その後は完全に見えなかった。いつ剣を抜いたのかも、いつ剣を鞘に納めたのかも。
「僕の居合の脅威は威力ではなく、速力。――最初の手の動きはサービスだよ。今度は手を抜かないで、剣を抜いてあげるよ」
そう言ってロードは微笑む。その笑顔はやっぱり中身がない。
「なぁ、お前人を好きになったことないだろ」
「はい?」
「だから、人を好きになったことだよ。俺はあるぜ。と言っても好きになったのはほんの数日前だけどな」
「なにがいいたいの?」
作品名:If ~組織の少年~ 作家名:森沢みなぎ