If ~組織の少年~
「お前、言ってただろう。俺たちは脇役だって。そんで考えてみた。俺は脇役は脇役でも、主人公を支える脇役になりたいんだよ」
ロードは黙って聞いているため、シルアは喋りつづけた。
「ほら脇役にもいろいろいるだろ。その中で俺はさ、頑張ってる主人公を陰から支えてやるんだ。ほらよくあるじゃん『ここは俺に任せて先に行け』とか言ってる奴」
シルアは満面の笑みを浮かべながら、しかしどこか寂しげな表情を浮かべる。
「俺の中の主人公はそう思わせるんだ。おかしな奴で、心配性で、少しアホで、お人好しで、俺みたいな奴にも優しくするほど馬鹿なんだ。――でも、だからこそ俺は支えてやりたいと思う」
「結局、君は何が言いたいの?」
痺れを切らせたようにロードが言う。
「だからよ。俺はお前なんかに負けてられないんだよ!!」
高らかに叫ぶ。
立ち止まるわけにはいかない。前に向かわないと、アイツに置いていかれる。
「ホント、君は“俺”をイライラさせる天才だよ」
ロードは再び居合の体勢を取る。その姿からは威圧的な殺気を放っている。
シルアの今の位置は剣の間合の外だ。つまり、間合を詰めるためにかならず前が動く。いくら剣が見えなくても、放つタイミングが分かれば避けられる。
シルアが氷剣を造形しようとした瞬間。
体の左肩から右脇腹にかけて、赤いものが吹き出した。
そして感じる痛みと熱。
斬られた。そう思えたのは、五秒後。その間、何が起きたのかわからなかった。
体から汗が噴き出て、血が流れ出す。このままだと出血多量で死ぬ。そう直感で気付かされる。
痛みに耐えきれず、片膝をついた。
ロードはそんな姿を見て、笑っている。悪意と邪気で中身を満たされた笑みだ。
「もしかして俺の剣に間合があると思ったの?」
ロードは剣を抜く。そして真横に剣先を向けると、刀身が伸び出し十メートルほど先になる壁に突き刺さった。
「甘いよ。俺の剣に間合なんてものは存在しないんだよ」
痛みで意識が朦朧としてきた。血も止まらない。この量だと後一時間もしないうちに、出血多量で死ぬ。そして意識が保っていられる時間はそう長くない。
だが、まだ希望ある。組織の魔術師は必ず医療キッドを携帯している。その中に止血の薬と鎮痛剤があった。ロードを倒してそれを奪えば。
「俺は今、君が考えていることが手に取るようにわかるよ。俺の医療キッドがほしいんだろ」
そう言ってロードは腰にしていたポーチを手に取る。そして自分の前に投げた、と思った瞬間にはポーチが二つに分かれていた。中に入っていた薬が床に散らばる。
さらにロードは散らばった薬品を足で踏みつけ、甲高い声で笑う。
「これで君は終わりだ!!」
ぐりぐりと足を捩じる。
「……まったく、急に饒舌になったと思ったらこれか」
シルアはゆっくりと立ち上がった。
呼吸は乱れ、息は荒い。無理して立ち上がっているのは一目瞭然だ。
「無理すると寿命を縮めるよ」
「安心しろ。俺は禿げて顔が皺だらけになるまで生きるんだ。一年や二年、寿命が縮まったところで気にしねぇーよ」
ロードの顔から笑みが消える。
「なら安心しろ。お前の死体は禿げて皺だらけになるまで晒してやる」
三度の居合の体勢。
二回も見れば嫌でもその恐ろしさを痛感できる。剣は人間の視覚では捉えられず、間合もない。まさに避けることができない剣だ。
だが――、
「死ね!!」
二回も見れば嫌でもその弱点を見つけることができる。
「なぁっ――!!」
ロードの顔が歪む。
それもそうだ。剣を抜いても、シルアは依然として立って、息をしている。
そして放った剣はシルアの右側に表れた分厚い氷柱によって阻まれ刺さっていた。
シルアは拳を引き、ロードの顎へと叩きこんだ。
「がぁ!!」
ロードはたまらず剣を離し、床へ倒れる。
「キレると饒舌になるお前の癖は直らないな」
荒れた息でシルアは告げる。
「な、なんだと」
ロードは殴られた顎を押さえながら、ふらふらと立ち上がる。
「『俺の居合の脅威は威力ではなく、速力』それってつまり、威力はないってことだろ。だったら自分と剣の間に堅い障壁でもいれてやれば防げる」
つまり、ロードの居合は避けるに難しいが、それさえわかってしまえば防ぐに容易いのだ。
「後は氷柱を出すタイミングだが、お前が合図を出してくれて助かったよ」
シルアはニヤリとシニカルに笑う。
つまり今回の戦いはロードの自滅なのだ。自分で弱点をさらけ出し、攻撃するタイミングを教えた。シルアはそれを見逃さなかったにすぎない。
「まったくすっきりしない勝ち方だ」
「何言って!! 俺はまだ――」
ロードが意気込んで前へ踏み出そうとすると、急に尻もちをついた。
「やめとけ、さっきの一撃で脳を揺らした。今の状態じゃ、歩くのも難しい」
シルアは散らばった薬品に向かって歩きだす。
よく見ると斬られて踏みつぶされた薬品は一部で、まだ使えるのもありそうだ、と手を伸ばそうとした時、不意にシルアの周りを結界が取り囲む。人の血管ようにいくつもの線が入り交じっている結界。
ロードの希少能力、『絶対の檻(アブソリュート・ケージ)』
「そう簡単にやられるわけないだろ!! 悪いけど君は出血多量で死ぬんだ!!」
今度はシルアがロードの考えていることが手に取るようにわかる。今、ロードは「今度こそ勝った」と思っている。
「『絶対凍結』。この能力をお前は知ってるか?」
「ハッ、そんなの君が説明したばかりじゃないか」
「そうこの能力は魔力を凍らせる。でも、別に凍らせるのは魔力じゃなくたっていい。物体であればなんでも凍らせられるんだ。でも、その場合、魔力を凍らせる時と少し違ってくる。お前流に言えば、魔力を凍らせる時の脅威は凍結による無力化。完全に魔力を封じて完全に力を無くす」
シルアは右手でそっと結界に触れた。すると、結界の一部が凍る。
「そして魔力以外の物体に使う時の脅威は凍結による弱体化だ。原子レベルまで凍らせ、物体をただの氷と成す。つまり――」
凍った結界に向かって拳を叩きこむ。すると、凍った結界は粉々に砕け散った。
「こんな風に絶対の檻もただの脆い氷の塊となるわけだ」
薬品を一つ一つ拾い上げ、その中身を確認していく。
「なんでだ!! 前戦った時、お前はそこまで強くなかった!!」
「だからそれはお前が弱点を勝手にべらべら喋ったからって言ってんだろ」
血止めの薬は使えそうだが、鎮痛剤の方は影も形も見当たらない。
とりあえず、血止めを体に塗っていく。
「流石、組織の薬。効果絶大だな」
すっかり血は止まった。しかし、貧血でダルイのと、傷の痛みは取れない。
「ま、これで死ぬことはないだろ」
とりあえずボロボロになってしまった囚人服の代わりに倒れている管理局員の制服を借りる。そしてロードは顔以外氷漬けにする。
「よし、ヨルの奴を探しに行くか」
シルアは歩き出した。
本局には緊急避難シェルターが設置してある。そのシェルターに向かうためには特定のルートを通らなければならない。そのルートでフェイトは応戦していた。
作品名:If ~組織の少年~ 作家名:森沢みなぎ