If ~組織の少年~
「貴方17歳でしょう、怪しまれて当然。それに貴方、年の割に子供っぽいし」
「それ童顔って事か?」
「違うわ。無邪気って事」
「それ褒めてる?」
「貶してる」
「やっぱり」とシルアは呟く。
「それよりこれからどうするの? 組織はもう貴方を探し回ってるみたいだし、このまま逃亡生活?」
「ヨル、それじゃあ、組織にいた時と何も変わってない。それよりもこれだ」
そう言ってシルアはポケットから一枚の紙を取り出す。
「転入届?」
「の写し」
そこにはシルアの個人情報がずらりと書かれてある。だが、その殆どが偽造したものばかり。
「へぇ〜、貴方、イギリスからの留学生」
「まぁな」
「父親は死んで母親は本国で闘病中。随分と苦学生ね」
「そうだろ。意外と苦労してるんだ」
ヨルは溜息を吐く。この能天気なご主人は本当に今の状況を理解しているのだろうか。組織に追われる身なのだから同じに場所に長く留まるわけにはいかない。それにも関わらず学校に転入する気のようだ。
「大丈夫だよ、ヨル。俺は簡単には捕まらない。それに俺は自由になるために組織を抜けたんだ。それなのに逃亡生活なんてしたら意味がないだろ」
ヨルはいろいろと言いたい事はあったが再び溜息を吐く事で堪えた。
「それで学校に通って青春でも謳歌するの?」
「そんな事はしない。俺はただ自由がほしんだよ。俺と同い歳くらいの奴が感じる自由をな」
「それで学校。まったくもっと何かあったでしょう」
「例えば?」
「例えば……こ、恋人を作るとか」
「恋人? ヨル、そんなの俺に出来ると思うか?」
「それが無理でも……その、か、代りぐらいなら……」
ヨルが何か言っているのは分かるが口籠っていて内容までは聞き取れない。
「どうした、ヨル?」
「いや、なんでもない」
結局、ヨルは後味が悪い形で話を切った。シルアも珍しくはっきりしないヨルに疑問に思いつつも追及する事はなかった。
「でも、恋人は考えてなかったな」
「貴方でもほしいと思うの?」
「それは思うさ。俺だって男なんだ。異性に興味がない事はない」
「へぇ〜」
ヨルは興味深そうに返事する。
「なんだよ。意外か?」
「ええ、貴方からそんな素振りは見せなかったから」
「それはそうだ。だって身近に歳の近い女の子はいなかっただろ」
そう言った瞬間、ヨルから感じる空気が変わる。何か威圧のようなもの感じる。そしてヨルがこちらを見ている目付きが変わる。
「ヨル、どうした?」
もしかしたら、ヨルは怒っているのではないかと探りを入れてみる。如何せんシルアには猫の顔色で機嫌や表情を読み解く事は出来ない。
「別に」
素気ないヨル。完全に何か怒っている。
「えっと、何か俺、気に障る事言ったか?」
「……」
ヨルはシルアの問いには答えず、ソファーを降りてベッドの上で体を丸めた。
ああなってしまってはヨルは何も言わないだろう。シルアも原因を探る事はせず、明日の学校の準備でもしようとソファーを立った。
翌日、シルアが目を覚ますと既にヨルが珍しく人の形を取ってソファーに座っている。
カーテンから漏れた朝日が彼女を照らし、漆黒の髪をはっきりと印象強くさせる。そして優雅にコーヒーを飲むその姿は神々しく何処か声のかけずらい雰囲気を醸し出している。
しばらく、その姿に見惚れているとヨルの黒い瞳がシルアに向いた。
「なんだ、起きてたの」
「え、ああ。ついさっきな」
「コーヒー入れるけど、飲む?」
「頼む」
今日のヨルはやけに優しい。昨日、怒っていたのはシルアの勘違いなのだろうか?
ベッドから降りて昨日と同じソファーに座る。
「はい、コーヒー」
「ありがとう」
一口コーヒーを飲む。仕掛けも何もない普通のコーヒーだ。どうやら、騙し撃ちの類ではないようだ。
「珍しいなヨルが人の姿をしてるなんて」
「私だって人の姿をしたい時もあるの」
と言ってヨルはそっぽを向いてしまう。そんな時があるのか、とシルアはコーヒーを再び飲む。会話が無くなった部屋にはテレビで流れている声やら効果音やらが響く。
(居心地が悪い)
シルアは空になったコーヒーカップを見ながらそう思う。けして会話のない空間が悪いわけではない。
ベッドの上に座ってテレビを見ているヨル。そこから流れるアニメを夢中で見ているかと思うとこちらをチラチラとみてくる。最初の方は何か期待しているような目だったが、だんだんと目の色が不機嫌なものへと変わっていくのが分かる。
(なんだ。俺、何かしたか? やっぱり昨日の事で何か怒ってるのか? でも、コーヒー入れてくれたし、やっぱ俺が何かしたか? でも、心当たりが………いや、一つあるな。確か一ヶ月前くらいにヨルが楽しみにしてたプリンを食べた事がバレたか? 指紋一つ残さず、食べたはずなんだが、何かミスったか? 今更になってバレてしまうようなミスを俺はしないぞ)
シルアの脳内で行われる会議は結局、機嫌が悪い原因がプリンにあると結論づけられた。どうしてバレたかまでは結論は出なかったが、とりえず今後の予定を決める。
(やっぱり、言われる前に謝っておいた方が良いよな。でも、もしかしたら違うかもしれないし)
再び行われる会議。そしてまずヨルの機嫌を良くしてから打ち明けようという結論にいたった。
「そ、それにしても、ヨルのその姿、久々に見たけどやっぱり綺麗だよな」
そう言った瞬間、ヨルは目を見開いてこちらを見た。
シンクはそのあまりにも必死な顔に無意識に少しのけ反る。
「本当?」
「え?」
「本当にそう思ってる?」
「あ、ああ」
「そ、そう、そうなんだ。シルアはそう思うんだ」
ヨルはぶつぶつと何か呟いている。
シルアにはそれが聞きとれなかったが、ヨルの機嫌がいい事だけは分かった。そして「今ならいける」と話を切り出す。
「ヨル、お前がまえ騒いでたプリンだけど、実はあれ俺が食べたんだ」
ヨルの呟く声が止んだ。
そしてゆっくりと立ち上がり、シルアの前に立つ。
「……よ、ヨル?」
その後、シルアの悲鳴がホテルに響く。
フェイトは家を出て、いつもの集合場所へと向かう。そこには既になのはとはやてがフェイトが来るのを待っていた。
「おはよう」
「おはよう、フェイトちゃん」
「おはよう。なのは、はやて」
挨拶を交わすと三人は学校へと向かう。
「そう言えば、フェイトちゃん。昨日のクロノ君からの連絡だけど」
「ああ、犯罪組織の魔導師がこの町にいるって話やろ。私達も町の警備した方がいいんやろか?」
「うんうん、クロノは二人にも仕事があるからそこまでしないでもいいって言ってたよ。学校にいる時だけ警戒してくれって」
「そっか。でも、困った時は協力するって言っておいて」
「私も」
「私もそのつもりだから。言っとくよ」
その後、アリサとすずかと合流し、学校へと向かう。
フェイトはアリサとすずか、はやてと別れ、なのはと2年3組の教室の中へと入る。教室は友達同士との話声で満ちている。それはいつもと変わらない光景なのだが、いつもより少しクラスメイト達が舞い上がっているように感じた。
「みんなどうしたんだろうね」
なのはもそれを感じたのか、不思議そうにしている。
作品名:If ~組織の少年~ 作家名:森沢みなぎ