If ~組織の少年~
クロノの予想通り本局は組織によって襲われていた。最初に何度か爆発が各所で起こったと思ったら、組織の魔導師が時空航行艦から出てきたらしい。
今は非戦闘員を避難させるため、戦闘部隊と合流して防衛線を維持している状態だ。
「避難状況は」
「ほぼ完了しました。後は増援を待つだけですね」
フェイトは頷く。
アジト襲撃の作戦で本局には魔導師が不足している。組織の魔導師を一掃しようにも数で押し負けてしまう。増援が来るまでここを通過させないようにすることが目標だ。しかし、戦闘部隊の局員たちは疲弊していた。倒しても倒して表れる敵。それに対してこちら人数は限られている。怪我をして離脱する者も表れだし、ここを突破されるのも時間の問題。その時間をどれだけ長くできるかが気がかりだ。
そしてもう一つ気がかりなことはアレルだ。本局に収監されたはず、なのに避難したという連絡もない。まだ檻の中にいるのか、組織の仲間に助けられたか、それとももう――。
そんなことはありえない、と横に振る。なんだかんだで生き残っているはずだ。
ふと横道を除くと黒猫が通り過ぎて行った。
「え、あれって」
アレルが引き連れていた使い魔。
名前は確か――
「ヨル!!」
黒猫の背にめがけて叫ぶ。黒猫は案の定、立ち止り振り向いた。
「私の名前を軽々しく口にするのは誰かと思ったら、シルアのお気に入りね」
シルアのお気に入りという部分が引っ掛かるが、今はそんなことを追求している時間はない。
「アレルは、アレルは無事なの」
ヨルは少し黙って面倒くさそうな声で
「そうね、貴方が私を足止めしてる間にどんどん無事じゃなくなってるわ」
最初は言葉の真意が掴めなかったが、ヨルが口に加えているアレルのデバイスを見て察した。
アレルは今、誰かと戦っているのだ。
「わ、私も」
一緒に行く、と言いかけて止めた。今、フェイトがここから離れれば防衛線が崩れるのは必至だ。
アレルのことはヨルに任せるしかない。
「貴方には貴方のやるべきことがあるんでしょ。貴方にはシルアに構っている時間はないわ」
とヨルがその場から離れようとフェイトに背を向けた時、背中から異様な威圧を感じる。
今まで感じたことのないような、まるでここの重力が倍になったような威圧感。
魔法じゃない。科学でもない。これは絶対的な高みにいる人間を目の前にした時の威圧。
ゆっくりと振り返る。そこには二人の男。一人はバリアジャケットを見に付けた筋肉質の男。そしてもう一人は管理局の制服に身を包んだルギア・マークスだった。
これは喜ぶべきことだ。ルギアが戻ってきたということはアジトへと向かったクロノたちが戻ってきたということなんだから。しかし、今のこの場にいるフェイトを含めた管理局員の魔導師全員は顔を緊張の色で染めていた。
まるで敵に遭遇したような緊張感だ。
「ルギア・マークス提督」
フェイトの呼びかけにルギアは立ち止った。
「お早いご帰還ですね」
「ええ、本局のピンチと聞いて飛んできんです」
「そちらは」
「クライス・クロイセン」
意外にも答えたのはヨルだった。猫の目でギロッと二人を睨んでいる。
「組織の中で最強と言われる魔導師よ」
フェイトが即座に臨戦態勢に入る。それに遅れて周りの魔導師たちも続く。
「ふむ。困りましたね。まさかここにヨルがいるとは計算外でした。でもま、ここにいる全員を殺してしまえば片付く話です」
その言葉をもってして、結論がでた。
作戦の決行日の情報を流したのは、このルギア・マークスだ。
「クライスさん、宜しくお願いします」
クライスと呼ばれる男は一歩前へ出た。そして右手を突き出すと、炎が蛇のようにその腕を纏い出した。
「マズイ!!」
フェイトが飛び出した。バルディッシュを突き出し、何重にも重ねた障壁を展開する。
「火炎爆波」
クライスの手から炎が放出される。通路をすき間なく埋めつくす炎はまっすぐフェイトの障壁へと激突した。
「うぅっ!!」
衝撃でフェイトの体が押される。障壁も次々と突破されていく。
三枚目が突破されたところで炎は止む。炎が通った通路は黒く焦げ、まだ燃えてる所さえある。
「ほぉ、私の最大火力だったのだが、よく凌いだな」
クライスが口を開いた。未だ炎が纏う腕を掃い、フェイトを見つめる。
フェイトは視線をクライスから外さずに管理局員たちに告げた。
「皆さんは後ろの通路でもう一度防衛線を張ってください」
管理局員たちは頷きその場を去っていく。この場において彼らは足手まといの何者でもないのだ。彼らもそれを知っての行動だ。
「守るものがいなければ私の勝てると思っているのか」
クライスは両手を前に突き出す。
「先程のは片手での最大火力だ。今度は両手でいかせてもらう」
両腕に炎が纏い。そして再び炎がフェイトを襲う。
ワンテンポ遅れてフェイトは障壁を展開する。そのため、障壁の強度は先程と比べて劣る。
障壁は次々と破られついに最後の一枚まで破られた。そしてフェイトの姿が炎で包まれた。
炎はその後も放たれ、壁のコンクリートが溶けかかる寸前で止む。
炎によって生じた煙もだんだんと晴れていき、視界がひらかれる。
そこには未だ健在のフェイトの姿と人の姿をとったヨルが立っている。
「……ヨル」
「勘違いしないで。貴方がいなくなるとシルアが悲しむの。貴方のためじゃなくてシルアのためよ」
と照れくさそうにするヨル。
フェイトは「そう」と呟きながら、バルディッシュを構える。
「ヨル。なるほど、シルアの使い魔か。お前がいるということはまだアイツは生きているのか」
「ええ、ピンピンしてるわ」
「なら、さっさとここを片付けて処分しにいくとしよう。アイツにもう利用価値はない」
その言葉に二人の眉がピクンと動く。
「シルアのところには行かせないわ」
「アレルのところには行かせない」
気持ちがいいほどに声が揃う。
そして先に動いたのはヨルとフェイト。ヨルがバインドでクライスを拘束していく。右手、左手、右腕、左腕、右足、左足、右腿、左腿、腰、胴、首。並みの魔導師なら身動きがとれないほど強度な高速だ。しかし、クライスはそのバインドを両手で鷲掴みし、次々と引き千切っていく。
ヨルの狙いは拘束でなく、フェイトがクライスに近づくための時間稼ぎ。その思惑は成功し、フェイトはクライスの間合へと詰める。
《Haken Form》
斧と化したバルディッシュの刃がクライスを捉えた。クライスの身は吹き飛び、床に叩きつけられる。
しかし、フェイトは手応えに違和感を覚え、それはバルディッシュの刃を見た時に正体を知った。バルディッシュの刃は根元から溶かされていたのだ。
「なるほど、AAAランクはあるな。しかし、経験がない。炎熱の魔力変換資質を持つ者と戦ったことがないのか」
クライスがゆっくりと立ち上がった。その体に外傷はなく、その代わりに両腕に炎が纏っている。
「……ある。でも、貴方ほどの使い手は初めて」
「なるほど」とクライスは呟く。
「なら、油断はしない。今度はこちらから行かせてもらう」
クライスの体がみるみる赤くなり、やがて白い煙が出始める。
作品名:If ~組織の少年~ 作家名:森沢みなぎ