If ~組織の少年~
「――はぁっ!!」
そして咆哮と共に廊下に熱風が駆ける。
フェイトは顔を庇うようにして両腕を交差する。
熱風が止み、フェイトが目を開けると、そこには体に熱を帯び、白い煙を立たせたクライスが立っていた。それはもう人間の姿とは思えない。クライスが立っている床は溶け、離れて立っているフェイトにも肌をチリチリと焼かれているような痛みを感じる。
「炎熱同化。今の私に触れれば火傷だけではすまないぞ」
クライスが突進する。それはまるで赤い肉弾戦車。
狭い廊下に逃げ道はない。いや、相手がクライスでなければすき間を縫うようにして避けられた。しかし、高熱を纏っているクライスにそんなに近づけば、熱風だけで火傷する。
迎え撃つしかない。
「雷光一閃」
足元に魔方陣が展開する。バルディッシュをクライスに向け、魔力を集める。
「プラズマザンバーブレイカー!!」
向かって来る砲撃に対してクライスは足を止めることも、避ける動作すら見せない。そしてそのまま砲撃はクライスへと直撃する。
「――そんなっ!!」
だが、砲撃を受けてもなおクライスは突撃を止めない。足取りは重いものの一歩一歩着実に近づいてくる。そして砲撃が止み、クライスの突撃のスピードが上がる。
「ネットバインド!!」
後ろからヨルが出てくる。フェイトとクライスの間にいくつものネット状のバインドを張り巡らせる。
「後ろに下がるわよ」
クライスが一つ目のバインドに引っ掛かる間に二人は後方へと下がる。
ヨルのネットバインドはクライスの足止めはするものの止まるまではいかない。
「このままじゃ……」
あの炎熱同化という魔法は身体防護も兼ねたものだろう。再び砲撃を放ったところで先程の二の舞だ。
打つ手がない。
バルディッシュを持つ手が小刻みに震えている。恐怖を感じているのだ。
「二人で限界まで障壁を張るわよ」
ヨルの声も耳に入らない。目の前でネットバインドを破っていくクライスから目が離せない。
「ちょっと聞いてるの、ねぇ」
最後のネットバインドも破られた。
来る。もうすぐ来る。もうすぐ私は――
「おいおい。俺を倒した奴がなに竦みあがってんだ」
不意に後ろから声が聞こえた。
「まったく、こっちはまだ傷も塞がってないってのにまた戦うのかよ」
聞き慣れた声。でも、どこか違う。
「でもまぁ、しかたないな。テスタロッサには貸しがあるし」
前より少し明るくなった。
「まぁ、ここは俺に任せて……先に行かれても困るからなぁ。とりあえずそこで待ってろ」
そこにはフェイトの前に堂々と立ち、クライスを迎え撃つアレルの姿があった。
「ヨル、デバイスは持ってるか」
「もちろんよ」
ヨルから投げられたデバイスを振り向きざまに取る。
「まぁ、なんとも久し振りだ。いくぞ、レーヴェ」
《set up.》
シルアの身をバリアジャケットが包む。そして完了と同時にシルアの周りに二つの魔弾が生じる。
「凍結魔弾」
魔弾はクライスの両肩に接触したと同時に蒸発し、白い水蒸気を上げる。
「おいおい、これ一つで人一人凍結できるんだぞ。なんて熱量だよ。――まぁ、全力でやればなんとかなるだろ」
シルアの体をフィールドタイプの防御魔法が覆う。そして両手から白い冷気が噴出し始める。
「凍結双掌、冷気全開!!」
そしてフェイト達から距離を取り、両手を突き出した。
「俺の冷気とお前の熱気、どっちが強いか勝負!!」
シルアの両手とクライスの体が激突する。廊下全体を充満させるほどの白い水蒸気が噴き出し、あたりの視界を遮る。
しかし、シルアの手の感覚にはしっかりとクライスとの感触と、今まで感じたことのない熱さを感じた。
「あちっ!!」
反射で両手を離したと同時にクライスとを蹴り距離を取らせる。
だが、この視界が悪い状況で敵を見失ったのは不味い。
さらに距離を取ろうとした時、白い水蒸気がこの場所から押し出されるように消えた。
「しっかりしなさい、シルア」
この声はヨル。そしてこの魔法もヨルだろう。
ヨルに感謝しつつ、クライスを目視する。
シルアの蹴りも特に効いていないようだ。何事もなかったかのように立っている。いや、今はもっと問題視すべきことがある。
それはシルアの真っ赤になった両手。
「俺の全力だったんだけどなぁ……」
凍結掌。自分の掌に冷気を纏わせて、触れてものを凍らせる技であり、シルアがもっとも得意とすべき技だ。
その全力。最多の冷気と最低の温度でぶつかったのだが、見事に蒸発させられた。
つまり、冷気と熱気での勝負ではシルアの分が悪い。
シルアはおもわず舌打ちをする。
「戦い方を変えるしかないみたいだな」
シルアは構え直す。
「まさかこれ程とは」
するとクライスが初めてシルアに向かって口を開いた。
「あの日拾った子供がこれ程の存在に成長するとは予想外だ」
「……」
「そしてこれ程の脅威になるとは」
そうあの日、死を決意した日にシルアを拾ったのはクライスだ。そして組織の魔導師として育て上げたのもクライス。
「お前が俺を褒めるなんて珍しいな。そんなにお前の突撃を止めたのが驚いたか?」
「そうだな。どうやら奥の手を隠していられる奴じゃないようだ」
クライスの体が再び赤く染まる。その赤は全身へと回り、そして具現化し炎となった。
「炎熱同化・業火絢爛」
その姿に息を飲む。
そこには竜が吼えるような燃える音をたてた炎の塊がいる。
「もはや人間じゃないな……」
「冷気と熱気では私。第二ラウンドだ。炎と氷、お前と私、どちらが強いかな」
どうやらあちらも意識していたみたいだ。
シルアはそれが可笑しくて思わず口が緩む。
「いや結果は見えているな。なにせ、炎と氷」
「氷を舐めるな。俺の氷は炎をも凌駕する」
一瞬の沈黙。
クライスは駆けた。先程よりも速く、強く、そして熱く。
シルアは迎え撃つ。先程よりも遅く、弱く、そして冷たい。
「凍結結界、弐式」
シルアは誰にも聞こえないような声で呟く。
そしてクライスがシルアの体に触れそうになった瞬間――
「『氷獄』」
辺りは白い世界へと変わった。
「――なにっ!!」
クライスの顔から初めて表情が生まれる。
体を纏っていたあれだけの炎は鎮火し、代わりに彼の体のいたるところが凍てつき、氷を纏っている。
シルアは彼の懐に触れる。
「氷柱撃!!」
シルアの手から氷が生じる。氷はどんどん伸び、クライスを押し出していき壁へと叩きつけた。
氷は壁に叩きつけられた衝撃で砕ける。シルアの視界に壁にのめり込んだ。
シルアは膝を地に着いた。息も絶え絶えで、長距離走した後のようだ。
原因は魔力の使い過ぎ。残量も残っていない。
それも当然と言えば当然だ。ロードと来て、次はクライス、組織の中では最強の部類に入る魔導師を相手にしているのだ。
しかし、魔力の枯渇だけが原因ではない。
シルアはそっと胸を触る。
傷から流血していた。服には染みだしていないものの、裾から血がぽたぽたと滴っている。血止めが切れたわけでなく、激しく動き過ぎて傷が更に広がったようだ。
「アハハ」
作品名:If ~組織の少年~ 作家名:森沢みなぎ