If ~組織の少年~
死なないように血止めをしたというのに、自分で傷を広げてどうする、と自嘲の笑いが漏れる。
「なにが可笑しい」
「――っ!!」
声に驚き、視線を上げる。
「おいおいマジかよ……」
そこには体中から血を流しながらも立ち上がったクライスの姿があった。
氷柱撃はシルアの持つ中でもっとも突貫力のある技だ。それを炎熱同化の防護無しに受けても立ち上がっている。
「まさか炎熱同化が破られるとはな。どうやった?」
「おいおい、敵に手の内晒してどうするんだ」
ロードじゃあるまし。
「安心しろ、お前と同じで魔力不足だ。もうあの技は使えない」
シルアは警戒するものの、クライスは戦いに騙しを使うようなやつじゃない。
「質量だ。氷も融解すれば炎を鎮火する水。なら、量さえあれば氷で炎を消すのは可能だ。お前の炎以上の質量の氷を俺は生み出したのさ」
そしてそれに使ったのは凍結結界・弐式『氷獄』。
相手を分厚い氷の中へと封じる技だ。クライスのように炎を纏ったものや、生半可な凍結では破られてしまう相手に使う。
シルアはこの廊下一杯になるほどの力で凍結したのだが、結局体を少し凍らせた程度まで溶かされてしまった。
「なるほど。しかし詰めが甘い。なぜ打撃技などという殺傷能力の低い技を選んだ」
シルアはちらりとフェイトに目を向けた。
あまり人に聞かれて嬉しい話ではない。
「怒られたんだ。人は生きることを諦めるなってな。
だから俺は生きることを諦めなし、人を殺さないって決めた。必死に生きている人の邪魔をしないと決めたんだ」
「それが敵に情けをかけることになる。現にそれでお前は私を倒し損ねた」
「それでもだ」
クライスが笑う。いつもは無表情の男が今日はよく表情を変える。
「ならその甘さを抱いたまま逝け」
クライスの右腕に炎が纏う。
これが最後一撃だろう。
冷気と熱気はクライス。
氷と炎はシルア。
そして最後の戦いは意地と意地。
両者の魔力は少ない。どちらの意地が強いかで戦いは決まる。
シルアは自然と口が緩む。
「上等ぉ!!」
シルアは右手を突き出す。魔方陣を展開し、詠唱する。
「我、願うは永遠の凍土、絶対の冷気を纏いて、氷の世界を築く」
右手に青色の球体が生まれる。
「アブソリュート・ゼロ!!」
「火炎爆波!!」
二つの砲撃がぶつかり合う。激しい轟音を鳴らし、辺りを破壊し、そして両者を苦しめる。
やがて――炎は打ち消された。
辺りは静まり返った。砲撃も止み、物音一つ聞こえない。
そこに一石投じたのはシルア。
「……俺の勝ちだ」
そう言い放つシルアの先には氷漬けになったクライスがいた。
しかし、シルアも限界を超えた。気を抜いた瞬間体が後ろに傾く。倒れた衝撃はこない、その代わりに何か暖かいものに包まれている。
これは以前にも感じた。
そうこれは――
「フェイトか」
「……」
返事はない。
しかし、回された腕がさらに強く、お互いの体を密着させる。
体から感じる柔らかさにシルアは顔を赤くする。
「ごめんなさい」
ほどなくしてそんな声が聞こえた。
「なに謝ってんだ?」
「叩いてごめんなさい」
ああ、とシルアは呟く。
「アレは俺も悪かったから、気にするな」
そう告げるが、一向に離れようとしない。
いったいどうしたのか、とシルアが聞こうとすると、
「もう離れたくない」
この距離で聞こえるか聞こえないかぐらいの声が聞こえた。
それはシルアにとって驚愕の声だった。
「もう離れるのは、いや……」
どう答えていいかわからない。
そう言ってくれるのは嬉しいが、いつかシルアはフェイトの元から離れる。自分と意思とは関係なしに。
シルアも出来ることなら――
「フェイ――」
「お二人さん、ちょっといいかしら」
シルアが何か言おうとした時、横からヨルが割って入った。
「ヨ、ヨル!!」
「ど、どうかしたか!?」
慌てて離れる二人。言うまでもなく顔は真っ赤だ。
「あのルギアとかいう奴追わなくていいの?」
その言葉にフェイトの顔がいっきに引き締まる。
しかし、シルアには状況が理解できない。
「ルギア? 誰だ?」
「私たちが最初に捕まったときにいたやつよ。アイツが組織のリーダーだったの」
「アイツが!? なるほどそれでこの現状か」
大元を理解した。アイツが裏で糸を引いていたわけだ。
「フェイト、俺はルギアを追う。ケジメをつけてくるわ」
フェイトの両肩に手を添える。
フェイトは一瞬不安そうな顔を見せる
「ダメ!! アレルはさっきの戦いでもう……」
フェイトの言う通りだ。しかし、シルアにも譲れないものがある。
「フェイト、俺は人殺しだ。組織が生きるため、自分が生きるために人を殺してきた。これは許されることじゃない。例え俺が償おうとしても償いきれるものじゃない」
フェイトの肩が一瞬震えた。
「でも、俺は償おうと思う、いや償いたい。俺の残りの人生全てを懸けて、例えそれが死ぬことになっても。俺は償えない罪を償う」
なんとも矛盾した言葉だと自分でも思う。しかし、これがシルアの本心だ。
「この戦いが最初の一歩だ。組織と手を切って、前へ進むための。だから――」
行かせてくれ、と言う前に言葉が遮られた。
フェイトの低かった肩が持ち上がり、胸の前でギュッと握りしめていた手はシルアの服を掴み、そして唇はシルアの唇で塞いでいた。
軽く触れた程度でフェイトはシルアを解放した。
最初なにが起きたか、わからなかった。そしてそれがキスだとわかった後の一秒かそこらがシルアには永遠に感じた。
「ぜったい戻ってきて」
そう強く言い残し、フェイトは走り去っていく。
シルアは我に返り、その背中に叫んだ。
「必ず戻る」
本局の奥に進むにつれ、組織の襲撃の悲惨さが目に映る。消炎と血の匂い、局員の死体もある。シルアはそれを見るたびに顔を歪ませる。驚きはしない。これが組織のやり方だ。昔はシルアもそれに則ってきた。だらかこそ、辛いのだ。今まで自分がやってきたことを見せられるようで、心が張り裂けそうだ。
「あまり、見ない方がいいわ」
そんなシルアを見かねてヨルが声をかけてきた。
「いや、俺は見るべきだ。今まで自分がやってきたことの惨さを知るために」
ヨルは溜息をつく。
「そんなことじゃ、ルギアって奴に会う前に精神的にやられるわよ」
返事をしない。
そんなことはわかっている。でも、目を反らせるわけにはいかないんだ。
目を反らしたらフェイトに言った言葉が嘘になるような気がする。
「それに貴方のお気に入りとの約束が守れなくなるわよ」
「――っ!! い、いや、今、ふぇ、フェイトは関係ないだろ!!」
「あら、私は一言もフェイトなんて口にしてないわよ」
「……」
語るに落ちた。
それにしてもなんだかヨルが怒っているように感じる。
「それにキスまでされて、守らないわけにいかないでしょ」
ドキッとする。多分、顔が真っ赤だ。
「別にあれは……」
「戦場で愛を確かめ合うなんて。殺されるわよ」
「あれはそういう意味じゃないっ!!」
「へぇ、じゃあどういう意味なの?」
「そ、それは……願掛けとか、呪いとかだろ」
作品名:If ~組織の少年~ 作家名:森沢みなぎ