If ~組織の少年~
「アハハハハハ、流石にこれでは君も逃げられない!! 私の勝ちです。貴方たちは海の藻屑と消えなさい」
前にもこんなシーンがあった。確かクライスと戦っているときだ。俺が倒したと思って笑った時。立場が逆になるとこんなにも相手が滑稽に感じるとか。
ホント、滑稽だ。
「うっせぇ。高笑いが耳に響くんだよ」
ピタッと高笑いが止む。そして幽霊でも見るかのようにシルアを見つめる。
そのシルアは無傷で氷の棺の中にいた。
「な、なんだそれは……自分を凍らせただと」
氷はほどなくして砕けた。
「凍結結界、参式『氷装鎧』。自分を凍結させて身を守る技だ」
そしてシルアの持つ技の中でもっとも物理的な防御力を誇る。
「お前程度の能力じゃ。俺に傷一つ付けられない」
ルギアの顔が真っ赤になり、怒りの色が窺える。
「そんな氷、私の前ではただの起爆材料にしか見えません!!」
咆哮し、駆けた。
掌を突き出し、シルアに迫ってくる。
これを狙っていた。ルギアが遠距離攻撃から近距離攻撃に切り替える、この時を。
「凍結掌」
右手から冷気を発する。
そしてルギアがシルアの間合に入った瞬間。いつの間にかシルアはルギアの後方へと移動していた。
「参謀のお前が近距離で俺に勝てるわけないだろ」
そしてルギアの両手は凍結され、氷と化し、崩れた。
「アアアアアア!!」
ルギアの悲鳴が耳を劈く。
シルアの絶対凍結の能力、物体の弱体化。ルギアの手を原子レベルまで凍結したのだ。
「悪く思うな。そんな危険な手、そのままにしておくわけにもいかないんだ」
そういうシルアの顔は何処か悲しげだった。
全て終わったと思った急に力が抜けてその場に尻餅をついた。
しかし、考えてみれば当然だ。クライスとの戦いで限界だと思わせるほど魔力を使い果たした後にルギアとの戦いだ。
意外と人間やればできるものだな、と思う。
しかし、もう限界を通り越した。今のシルアは魔弾一つ作れなさそうだ。両手を砕かれて気絶しているルギアを拘束する力も残っていない。
さっさと誰か着てくれないかな。なんて思っていると想いが通じたように一隻の航行艦がポートへときた。そしてゾロゾロと局員が出てきて、その中には見知った顔があった。
「よう、クロノ。お早いお着きで」
厭味全開の言葉にクロノの眉間に皺がよる。
「アレル、どうして君がここにいる。君は確か独房の中に幽閉中のはずだが」
「騒ぎに紛れて脱走中」
言った瞬間、局員に四方八方から杖を向けられた。
「すいません冗談です」
そんなシルアの姿にため息を漏らす。
「安心しろ。大方の報告はフェイトからもらっている。ルギア・マークスが裏切り者だったことも、君は本局のために戦ってくれたことも」
「勘違いするな。俺はケジメをつけるために戦ったんだ。誰が管理局のために戦うか」
あー嫌だ嫌だ、と悪態を吐く。
「そうか。なら君は前に進めそうだな」
クロノは維持の悪い笑顔を向ける。
フェイトはいったいどこまで話したんだ。
「とりあえず、また君を拘束させてもらう」
「ああ、今度は三食オヤツ付きのところがいいぜ」
と冗談っぽくいうと、珍しくクロノが「考えとくよ」と乗ってきた。
珍しいこともあるものだ。
シルアはゆっくりと立ち上がった。
思い返すと激動の日々だった。抱きつかれたり、捕まったり、殺されかけたり、怒られたり、と。そしてその全てにフェイトが関わっていた。シルアの人生を大きく変えたのは間違いなく彼女だ。この出逢いのおかげでこんなにも清清しい気分で去ることができる。
思い残すことはない。やりたいことはやり尽くした。
でも、もし、
もし、自分の我侭を聞いてくれるのなら、もう一度フェイトの顔くらい見たかった。
「アレル!!」
突然大声で自分の名前を呼ばれるとビクッとする。それが彼女ならなおさらだ。
どうやら今日は行いがいいから、願ったことは全部叶うからしい。
だが、ここで嬉しそうな顔をするのも、なんだか待っていたみたいで恥ずかしいのでできるだけ平然を装う。
「よう、テスタロッサ」
爽やかに挨拶したら、平手打ちを食らった。
一瞬にして爽やかさの欠片もなくなった。
「よう、じゃないよ。約束したのに全然戻ってこないし、ポートですごい爆発が起きてるっていうし、アレルに何かあったらどうしようって思うとすごく胸が苦しいし」
フェイトはシルアの胸に顔を埋めて、「うううぅ……」と泣き始めた。
こんな状況でなんて声をかけていいのかわからない。しかも、周りから注目の的で恥ずかしい。クロノなんて睨んでいる。
とりあえず早く泣き止んでもらうために、「あー泣くな泣くな。俺が悪かった」と背中を摩って慰める。
フェイトが落ち着きを取り戻したのを見計らってクロノにお願いした。
「悪いけど、少し時間をくれ」
クロノはすごく不機嫌そうだ。到底、許可は出なさそうだと思ったが、「五分だけだぞ」と言って周りの局員たちも下がらせてくれた。
案外、融通が利く奴なのかもしれない。
それはさておき、五分間しかないのでさっさと最後の別れを惜しむことにしよう。
「大丈夫か?」
「大丈夫じゃない」
兄妹そろって不機嫌だった。
「約束を守らなかったことは謝る。悪かった。でも、こっちにもいろいろと事情があったんだ。わかってくれ」
「……」
わかってくれなさそうだ。
このまま別れたりしたら、なんとも後味が悪い。どうにかできないものか。
「わかった。なんかするから」
口から出任せのように出た言葉は意外にもフェイトの興味を引いたようだ。
「な、何してくれるの?」
そう言われても困る。
正直今度と言っても、次いつ会えるかさえわからない状態だ。ここで不可能なことを言ったらまた機嫌を損ねてしまうかもしれない。
悩んでいると一つ思いついた。
「文化祭、一緒に回ってやるよ」
「え?」
なんとも身勝手な埋め合わせだと思う。だが、今のシルアにはこれぐらいしか思いつかなかった。
「今年は無理だけど、来年の文化祭、一緒に回ってやる。それで機嫌直してくれ」
この言葉は一種の賭けだ。フェイトが一緒に回りたいと思っていなかったら事態は最悪の展開になる。
「そういえばアレル、文化祭にすごい興味ありそうだったもんね」
返ってきた言葉はなんとも曖昧なものだった。
これは賭けに勝ったのか、負けたのか。
「……約束だよ」
「え?」
「来年の文化祭、一緒に回るの。絶対だからね」
心の底からホッとする。
好きな子をデートに誘えた男子のような心境だ。
「ああ、今度こそ守るよ」
アッという間の五分間が過ぎた。
クロノがやってきて約束の時間だと告げられる。手枷を嵌められて、航行艦へと誘導させられる。
これから自分はどうなるんだろう。裁判を受けて、その判決次第で自分の人生は大きく左右される。
でも、今度こそフェイトとの約束は守ってみせよう。もう彼女の悲しい顔をさせないために。好きな子が悲しい顔をするとやっぱり辛いものがあるのだから。
シルアは大きな決意を胸に艦内へと入った。
「だってのに、どういうことだ、これは」
シルアは頬杖をついて、現状に呆れた。
作品名:If ~組織の少年~ 作家名:森沢みなぎ