If ~組織の少年~
「……わかった。じゃあ、なぜ組織に追われてる?」
「そんなことまで調べたのか!? すげぇーな!! 組織の情報は何処にも漏れないと思ってたんだが、過信してたみたいだな」
「質問に答えろ。なんで追われてる」
「そりゃあ、組織から逃げ出したからだ」
「逃げだした?」
「ああ、殺しの任務を失敗しちまってな。危うく殺されるところを命からがら逃げ出してきた」
「……つまり、君は組織を裏切ったってことか?」
「そうだ」
少しの間ができる。
そして黒い青年の目つきが変わる。
「アレル・ミルトン。取引をしないか?」
「ほぉ、取引。それで」
「君が組織の情報を提供してくれる代わりに僕達、管理局が君を保護する」
「なるほど……」
シルアは小馬鹿にするように笑う。
「保護ねぇ〜」
「何か不満か?」
「いやさ、ただ、管理局が言う保護ってのは拘束のことだなって思って」
「……」
黒い青年は肯定も否定もせずに黙ってシルアを見ている。
「だってそうだろ。保護っていいながら俺は牢獄に閉じ込められるんだ。ただ情報だけ喋って規定通りに牢獄に行くだけ。管理局は情報引き出して俺を保護という名の拘束を強いようとしてるんだ。取引とは言えない」
「……まったく」
黙っていた黒い青年の口が開く。
「どうやら、君は騙せないみたいだな」
黒い青年は呆れ気味に笑ったかと思うと急に厳しい顔つきに変わる。
「でも、勘違いするな。君は凶悪の犯罪者だ。自分に拒否権があると思うな」
「お〜お、コワ。いいぜ、お前がそういう態度するなら、俺にも考えがある」
シルアは偉そうに踏ん反り返る。
「死んでも情報は話さない」
「君に拒否権はない」
「聞いたよ。で、だからなんだ。それはお前が言っていることで、俺には関係ない。それとも俺に拷問でもして情報を引き出すか?」
「……君のような犯罪組織の魔導師がこういう事態の対策をしているのは知っている。特に拷問による痛みなんかは特に」
「さすが、知りつくしてるな、管理局は。確かに俺も拷問なんかの対策はされてきた。死ぬまで痛みに耐える自信はあるぜ」
そう言って笑うシルア。
ふざけてはいるが過大に言ったつもりはない。シルアにはその自信がある。
「でも、取引にはのってやるよ。もちろん、条件を変えさせてもらうけどな」
「聞こう」
「俺、今留学中ってことになってんだけどよ。その期間が二ヶ月。その間、俺を学校に通わせてほしい。あ、あとヨル、あの使い魔もある程度自由にさせてほしい」
ここで初めて黒い青年の顔色が変わった。驚いて唖然としている。
簡単な話ではあるが、難しいことでもある。シルアの条件はつまり、元犯罪組織の魔導師を町中で歩かせることを許してしまうのだ。
何か起これば、条件を飲んだ管理局は政治的にも世間的にも追い込まれる。一介の局員が決めていい問題ではない。
「そ、それは本気で言っているのか?」
「ああ、言っただろう。俺は学校に行くためにこの世界に来たんだ」
「……」
黒い青年は押し黙る。
これは予想されてなかった事態なのだろう。白い男と目を合わしている。念話でもしているのだろう。
「返事は後日だ」
「ああ、いいぜ。管理局がどんな判断をとっても俺はそれを受け入れるぜ」
シルアは条件をのまなければ情報は喋らない。条件を飲めば情報を話す。単純明快な話だ。だが、これは管理局側が主導権を失ったことになる。
管理局は喉から手が出るほど、シルアが持っている情報がほしい。だが、シルアが提示してきた条件は無理難題でもある。そして条件を飲まなければ、情報は得られない。そしてシルアの「死ぬまで痛みを耐えられる」という言葉が本当なら尋問も拷問も効果はない。
管理局は情報を捨てるか、リスクを背負うか。この二択のどちらかを選ぶか迫られる。
対してシルアは余裕の表情。条件を飲んでくれなかったらどうしよう、といった不安はその顔から一切感じられない。別に管理局が条件を飲まないでもいい、といったふうだ。何か秘策でもあるのを見越したような余裕がある。
管理局は追い込まれ、シルアはただ牢屋で待っているだけ。
管理局は完全に後手に回らされた。
学校を終えたフェイトはアースラの廊下を早足で通り抜けていた。決して仕事に遅刻しているわけでも、仕事の締め切りが迫っているわけでもない。ただ、無性にアレル・ミルトンが気になってしまうのだ。
あの戦いの後、フェイトはいつも通りに学校の授業を受けていた。しかし、考えてしまうのは何故か、アレルのこと。
あの後、アレルはどうなったのか。
どんな罪を科せられたのか。
フェイトは何も手につかなかった。
学校が終わると同時にアースラへと向かい、クロノに会えば、教えてくれる、と目下クロノを捜索中である。
そしてフェイトがクロノを見つけた時、もう一人初めて見る顔があった。
「クロノ」
フェイトの顔が見るとクロノは意外そうな顔をする。
「フェイト、今日は仕事だったか?」
「違うけど、少し気になることがあって」
そう言いながら、フェイトは視線をクロノの隣にいる男に移す。
白い髪が印象的な男はその視線に気づくとにっこりと微笑みを返す。
「ああ、フェイトは初対面か。こちらはルギア・マークス提督。組織の捜査責任者を任されてる」
「初めまして」
「フェイト・T・ハラオウン執務官です」
フェイトは背筋を敬礼する。
「敬礼なんていいですよ。それより、君はクロノ君に用があるんじゃないんですか?」
「あ、はい」
フェイトはクロノと向き合う。
「クロノ、あの人は」
「あの人? アレル・ミルトンのことか?」
頷く。
「それなら今から対応を決めるところだ。少し待っていてくれ」
「いや」
クロノの言葉にルギアが割って入る。
「折角だから、フェイトさんにも聞いてもらおう」
「で、ですが、これは」
「フェイトさんは彼を捕まえてくれた。無関係とは言えないだろう」
クロノは少し考えると「マークス提督がそう言うなら」と言って、フェイトが付き添うことを許した。
三人が向かったのはこのアースラの艦長であるリンディの部屋。
「リンディ艦長。失礼します」
クロノの声と共に自動ドアが開き、三人は部屋の中へと入る。
そこには椅子に座ったリンディが待っていた。
「お久し振りです、マークス提督」
リンディは椅子から立ち上がり、左手を差し出す。
「ええ、二年ぶりですかね。ハオラウンさん」
ルギアはその手をしっかりと握る。
「リンディ艦長とマークス提督はお知り合いだったのですか?」
「ええ、二年前の事件で」
「あの時もこの組織の捜査で。出来ることなら組織を捕まえた時にお会いしたかった。私の力が至らず面目ない」
ルギアの言葉にリンディは首を横に振る。
「いえ、ルギア提督があの組織を捕まえるのにどれだけ努力しているかは私も分かってるつもりです。そう言わないでください。それより、あの子のことを」
「そうでした」
四人は一か所だけ畳になっている所に正座する。
ルギアも迷うことなく正座している所を見ると座敷に通されて経験があるのだろう。
「それで先程の取り調べの内容ですが、どうやら組織を裏切って追われてるそうです」
作品名:If ~組織の少年~ 作家名:森沢みなぎ