If ~組織の少年~
「逃げだした? それは何か不都合が起こったってこと?」
リンディの質問にクロノは頷く。
「彼は組織の殺しの任務を失敗したそうです。それで殺されそうになった所を逃げ出したと言っています」
「つまり、彼はもう組織の人じゃないってことですか?」
「そうだ。そこで私達は情報の提供を条件に彼の保護を提示したんですが……」
クロノは少し言いずらそうな表情を浮かべた。
「結論から率直に申し上げますと、相手は取引の条件を変えてきました。その内容は二ヶ月間学校に通わせること」
フェイトとリンディの顔が予想外と言ったふうに変わる。
「それはどういうことですか?」
「そのままだよ、フェイトさん。相手は学校に通わせてくれれば情報を提供すると言っているんだ」
ルギアの代弁にフェイトの疑問は深くなる。
そんな条件で自分に何の得があるのだろうか? しかも、自分は追われている身だ。そんなことをすれば、見つかってしまう。これは得どころか損をしているようにも感じる。
「どうしてあの人はそんなことを?」
「分からない。この世界にきたのも学校に通うためだと言っていた」
アレルに対する疑問は大きくなっていくばかり。四人はアレル・ミルトンという人間がつかめない。
「まぁ、今は条件を飲むか、飲まないかだ。彼のことは追い追いわかってくるでしょう」
「そうね。確か、条件は二ヶ月間学校に通わせることかしら? クロノ執務官はどう思う?」
「私は飲むべきではないと思います。二ヶ月間彼を学校に通わせるなんて危険です」
「だが、それでは情報は得られませんよ、クロノ君」
「マークス提督は条件を飲んだ方がいいと?」
「そうですね。もし、アースラと僕の船、コーネリエスが協力できれば飲んでもいいと思っています」
「なるほど、つまり万全な態勢ならということですね」
リンディの問いにルギアは頷く。
「ですが、まだ本当に彼が学校に通うのだけが目的とは限りません。もしかしたら、何かまだ企んでいるのも否定できない」
「千載一遇のチャンスを取るか、潰すか。リスクを背負うか、捨てるかって言ったところね」
早くも議論は煮詰まり出した。
「フェイトさんはどう思います?」
そんな状況を変えようとしたのか、ルギアが先程から黙っているフェイトに意見を求める。
「えっ」
いきなり話をふられたフェイトは驚いたものの、何か決意したように口を開く。
「私はあの人を信じてもいいと思います」
「つまり、条件を飲んでもいいってことだね。理由を聞いてもいいかな?」
「私、あの人と戦って何かこう、優しいなって思って」
「優しい? どういうことだ、フェイト」
「えっと、あの人、私達の攻撃を受けるだけで自分から攻めてこなかったんです。一回だけ、絶好のカウンターのチャンスがあったのにそれも見逃してました。あの人は誰かを傷つけるのが嫌だったんじゃないかと思って」
フェイトの話の後、少し無言の時間が出来る。
そしてその沈黙を破ったのはクロノ。
「それは僕も戦闘の映像を見て思った。彼が凍結の魔力変換を遣った時、あれは致命傷を与えられる隙はあった。彼が君達を気遣ったのは確かだろう」
「そうね。私はフェイトの見る目を信じてもいいと思うわ。アースラは全面的に協力しましょう」
「なら、私は反対する理由はありませんね」
「なら、決まりですね」
そしてフェイトの言葉によってこの議論は結論に至った。
翌日、シルアは昨日取り調べを行った部屋に通された。そこには黒い青年と白い男が昨日と同じ配置でいた。
「お前ら、昨日からそこにずっといたのか?」
シルアのくだらない質問に誰も答える様子もなく、シルアは椅子に座らせられる。
「それで今日はもちろん昨日の返事を聞かせてくれるんだよな」
ふてぶてしくそう言うシルアに黒い青年は口を開く。
「その通りだ。私達、管理局は君の条件を飲むことに決めた」
それを聞くとシルアの顔に笑みが浮かぶ。
「よ、よかった!! いや、ホントよかった!! マジで断られたらどうしようかとおもった!! いや、アンタいい人だな。名前なんだっけ?」
シルアは緊張の糸が切れたように机に顔を突っ伏したかと思うと、クロノの手を握り仕切り振る。
「ク、クロノ・ハオラウンだ」
「クロノ? 変な名前だな。そっちの人は」
クロノの額に青筋が浮かぶ。そんな様子に白い男は微笑む。
「ルギアです。ルギア・マークス」
「ルギアか。こっちはかっこいい名前だな」
「ありがとう」
シルアの言葉にルギアは笑顔で返す。
「とにかく!!」
クロノの大声が部屋に響く。
シルアはびっくりして、クロノを見る。
「こちらは条件を飲むことにした。だが、こちらとしてもいくつか制限を掛けさせてもらう」
「ああ、いいぜ。こっちも学校にさえ通わせてくれればいい」
「まず、学校が終わったらすぐにこちらが指定したホテルに戻ってもらう。寄り道もなしだ。次に、24時間体制で監視を二人、君の側に置かせてもらう」
「部屋の中もか?」
「部屋の中には監視カメラを置く。もちろん、部屋の前に二人監視として置く。それと、君と使い魔の接触は部屋の中だけだ。外と学校内での接触は禁止する」
「それを守れば、ヨルも外に出ていいってことだな」
「ああ、ただし、君と同じように監視を二人つける」
「構わないよ」
「最後に魔法に使用を禁止する。以上のことが守れるなら、君の条件を飲む」
「オッケーだ。こっちもそれは破格の条件と言っていい。よろしく頼むぜ、クロノ」
シルアは左手を差し出す。
クロノはその手を見つめる。
クロノはシルアという人物がどうしてもつかめない。自分の利益にならないことを要求してきたり、敵とこんなに友好的に接してくる。資料の通りにこの男は悪い奴なのかと思ってしまう。
「なんだ? 犯罪者とは握手できないか?」
「いや」
クロノはシルアの手を握る。
「それと情報の提供の方だけど」
「ああ、今話すか?」
「そうしてくれ。こちらとしては早く組織の情報がほしいんだ」
「わかった。なら、まず何が知りたい」
フェイトは二日連続でアースラへと来ていた。そして昨日と同じようにクロノを探して走っていた。そしてお目当てのクロノを見つけるとルギアと手錠をつけたアレルがいた。
フェイトは思わず、壁に貼りついて隠れる。
「もう、出たんだ……」
しばらく、三人の後を追う。
すると、随分とアレルとクロノが親しそうに見える。いや、ただシルアがクロノに話しかけているだけだが、クロノも普通に返事を返している。
あれが執務官と犯罪者の関係に誰が見えるだろうか。
「フェイト、何してるの?」
「ひっ!!」
急に後から話しかけられて肩をビクッとさせる。そして振り返ると、そこにはリンディがいた。
「な、なんだ。母さんか……」
「それで何を覗き見てたの?」
と言ってリンディも壁から三人を覗く。それを見て、「なるほど」と頷く。
「フェイトはあの子がお気に入りみたいね」
リンディの言葉にフェイトは顔を真っ赤にする。
「ち、違うの。これはその……そう!! 強く電気を流し過ぎちゃったから大丈夫かなと思って」
「ふ〜ん、そうなの」
作品名:If ~組織の少年~ 作家名:森沢みなぎ