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ゲゼルシャフトの犬

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真っ暗な地下牢には一切の光が見えない。
寒すぎて歯がガチガチと鳴る音だけが響いている。
ぐしゃぐしゃになって顔にかかった薄い茶色の髪は吐息で凍ってしまっていた。しかし首を振ってそれを払いのける力すら残っていなかった。
両手は後手に手錠で拘束されている。左足は恐らく骨が折れたのだろう、激しい痛みが断続的に続いている。周りの空気は凍えるほど冷たいのに殴られた顔の腫れはじんじんと不愉快な熱を持っていた。目の前が霞んできて、不吉な予感に自分を信じてくれた国民の顔を一人一人思い浮かべようとした。
一体どこから情報が漏れたのか。隠蔽は完璧だったはず。僅かに身じろぎすると所々皮膚がパリパリと引きつった。返り血は軍服に深く染み込み肌にこびり付いていた。国民を守るために戦いを決めたこの体は守るべき存在の血にまみれていた。ロシアの鎮圧隊は立ち向かった民衆を制圧と言う名の暴力で押えこんだ。悔しさに思いっきり唇を噛むと血の味が口内を満たした。

物音がして赤い炎が揺らめいた。
と目を向ける間に飛び込んだ光は暗闇に慣れた目に眩しかった。
「ケセセ…良いザマじゃねーかよ」
「何しに…来た…の」
地下への扉を開けたのはギルベルトだった。
左手に持っているトレイの上では小さなキャンドルが揺れている。その炎がギルベルトの深紅の瞳に反射した。
ブーツの音を地下室に反響させながら階段を下りてこちらへ来る。
「お前も懲りねえよな…」
檻越しに呆れた顔でこちらを見るのが気に入らず、思いっきり顔をそむけた。
右肩に背負った毛布を足元に投げ置くと軍服の内側からジャラジャラとした鍵の束を取り出して檻の扉を開け入ってきた。
目前に食事ののったトレイが置かれ、毛布は肩に掛けられた。
「まあ、とりあえずメシを食おう。ワインもあるぜ」
トレイの上の小さな明かりに照らされたのは赤ワインの瓶、丸パンとバター、ヴルストが何本かと茹でたジャガイモだった。
「……アンタ、自分の好物持ってきたわね」
「あ?悪いか?お前の好きな食べ物なんてしらねーよ。俺様がわざわざ持って来てやったんだぜ。有難く食えよ…っていっても手、使えないのな」
ギルが丸パンを手に取り一口大にちぎる。内側の部分を潰してバターをたっぷりのせて、私の前に突き出した。
「ホラ、食えよ」
「……」
高圧的な態度に若干苛立つが、食べられるときに食べておかないと後々困ることは長い歴史の中、嫌という程思い知らされているので黙って口を開けた。
どうせ気遣いもなく突っ込まれるのかと思ったが予想に反して、そっと差し込まれた。
「っ…!」
口に広がったのは粗悪品の代用バターではなく滑らかなバターと小麦の味だったが味わう間もなく切れた口内に痛みが走った。
「どうした?」
「殴られた時に切れた…みたい」
「そうか、…食べられるか?」
「うん…」
彼の手から与えられる小さく切られたヴルストや潰したじゃがいもをゆっくりと咀嚼しながら、まるで彼の好きな鳥類の子育てみたいだと思った。
「ワインも飲めよ、珍しく上等なのが手に入ったんだ」
器用にコルクが開けられ地下牢のじめじめした空気の中、赤ワインの香りが鮮やかに広がった。
ギルベルトが瓶ごとあおる、引き寄せられたと思うと口にそっとワインが流れ込んできた。
生ぬるいそれに辟易しながら唇を離して悪態をつく。
「…っ…ん、…こういう飲ませ方しかできないの?」
「…仕方ねーだろ、グラスとりに行くのめんどくせえ」
「アンタのせいでワインの風味が台無しだわ」
黙って飲め、とばかりにまた口づけられた。
お互い恋人同士の様に瞳を閉じることなどせず、睨み合ったまま口づけ合う。
舌が出入りするたびに受け止めきれなかったワインがこぼれ出して顎をつたい首筋に流れ落ちるのを感じた。
それを何度も繰り返しているとアルコールが回ってきたのかあれだけ寒かった体もじんわりと温かさを取り戻していた。
「…ふ、…もういい…」
「そうか」
そういうと、ギルベルトが私の顎や首筋にこぼれたワインを舐め上げる。
まるで犬だ。大好きだったペット達に会えないせいで彼も少しおかしくなっているのかも知れない。血行が良くなったせいか疲労感がどっと押し寄せて来た。されるがままにぼんやりとしていると、ギルの舌が頬にこびりついた返り血や腕の傷を舐め回してくる。眠気が押し寄せてきた頃、一通り舐め回して満足したのか、ギルが顔を上げた。
うとうとしている私の顔を見てギルがずり落ちかけた毛布をかけなおす。
そして静かに呟いた。

「…革命よりその日のパンだ…俺らと違って国民には家族がいる」
その何気ない言葉がぼんやりした意識の奥深くに届いた。それはゆっくりとある予測のなかに分け入り疑念を確信に変えた。這い上がる激情に眠気が吹き飛ぶ。
「アンタが密告したの…!」
怒りを押し殺して声をあげると彼…『東ドイツ』は鼻で笑った。
「ハンッ…!何言ってんだ今更。百戦錬磨の『ハンガリー』が笑わせるぜ。それが国同士のやり方だろう?」
謀って出し抜いて傷つけあって、それが国同士のやり方だ。
歯を思いっきり噛み締める。唇がまた切れるのが分かったが止められなかった。この体なんてどうなっても良かった。コイツはおそらく食料と引き返えに私の国民を内部スパイにしたのだろう。その所為で計画はロシア側に筒抜けだったのだ。
「よくも…!!」
見開いた目から怒りの涙がこぼれ落ちそうになる。涙なんてみせてたまるか、とばかりに表面張力を必死で保った。手さえ動けば思いっきり殴ってやるのに。怒り狂い暴れ始めた私をギルベルトは黙って見つめていた。
その真っ赤な目はどこか暗い奈落の底のように見える。ロシアの『優等生』。揶揄混じりにそう呼ばれているのは知っていた。諜報と密告、嫌疑と打算に彩られて、時々私にすら彼が分からなくなる。

「…俺はなんとしてでもヴェストと一緒になる。たとえ、お前をどれだけ裏切っても……俺は……」
まるで自分に言い聞かせるみたいに呟くギルベルト。私のために血を流し死んでいった国民達。抑圧される私達。他国の支配に甘んずるこの身。かつて剣を交え憎み合ったどんな時代より、同じ境遇にいる現在の憎しみは計り知れない。怒りに体が震えている、鎖さえなければ噛み殺してやったのに。


相変わらず嘘が下手なのね。


ギルベルトの手が伸びてきていつのまにか零れていた涙を拭う。
顔をそむけて振り払えば両手で頭を固定された。
また舌が入り込んできたので思いっきり噛んでやった。
「…はは、…痛ってー…」
顔を離したギルの顔は舌の痛みとは違う、どこか苦しそうな顔をしていた。
「ふざけないで。やめてよ」
「やだ」
頬をべろりと舐め上げて苦笑いを浮かべる、抵抗できないのをいいことに首に腕をかけられて、抱きよせられた。足に力を入れて突っぱねようとしたが無駄だった。
首筋に思いっきり顔を埋められて呟いた言葉が耳に届いた。
「…はは…どうして…」

それ以上は禁句だった。

「人間なら…、もっと…」

ギルベルトが肩で息を吐いたのが伝わってきた。
言わないでよ。思いが伝わったのか口を閉じたギルベルトが腕に力を込めて、抱きしめられた。
作品名:ゲゼルシャフトの犬 作家名:御苑