Mr.stripper Charles
あれからチャールズは軽い化粧(ほとんどエンジェルから強制的に)などを済ませて、エンジェルに手を引かれながら再びストリップショーの場へと足を踏み入れた。
勿論エリックも彼女らに同行して戻っていった。
会場は先程より客の数が一気に増していて、来た時よりスムーズには通ることが出来なくなっていた。
落ち着かないらしくチャールズは周辺をキョロキョロと見渡している。
「ここで…ステージに立って踊るんだよね」
「そうよ。あの円い台の上で客の要望に答えながら着ている衣装をどんどん脱いでいくの。いずれそれも脱ぐことになるわ」
「……」
聞いた直後、顔を赤くしながらチャールズは俯いてしまった。
「…でっ、でも僕、男だよ。脱いだらすぐわかっちゃうじゃないか」
もう聞き飽きたとでも言うようにエンジェルが溜め息を吐く。
「…あのねぇ、チャールズ。そんなの知ってのうえで連れてきてるのよ。いくら中性的だからって貴方が男だってくらい誰だってわかるわよ。いい? うちのクラブはニューハーフの子を雇ったこともあるのよ。無論その子も全裸になった。けど引いてる人は誰もいなかったし寧ろ大歓声を貰ったくらいよ。だから貴方だってやれる! 自信持ちなさいよ!」
エンジェルが必死に励ましている一方、当のチャールズは「でも…」と否定的な意見の一点張り。この態度には我慢の限界が来たのかエンジェルは目を三角にさせながら弱気になっている男へ怒声を食らわした。
「ああぁっもうっ! 何よ! 男だったら一度決めた事は筋を通すのが基本じゃないの!? さっきはやってみるとか言ってたくせに! 女々しいにも程があるわよ!」
「こうなったら奥の手しかないわね…」と頭から湯気を立てながら低く呟いた後、チャールズの手首を強引に掴んで「ちょっ、ちょっとっ」と叫ぶチャールズの悲鳴染みた声と共に、人混みの中へと消えていった。
エリックも後を追って行くが、入店前よりも人が一気に増えているせいで中々道が出来ない。人混みを掻き分けていく。が、見つからない。まさか…いい年した大人が迷子になってしまったらしい。何度か探し回ったがどうしても見つからなかった為、仕方なくどこか目立つところで待つことにした。
探している内に小さなバーが見えたのでそこで一旦フルに使った足を休める。
20代半ばぐらいのマスターらしき若い男にカクテルをひとつ頼む。
店主が酒を混ぜ、シェイカーをリズム良く振り、出来上がったカクテルをグラスへと移す。
「どうぞ」と渡され、――頼んだのは「マティーニ」――カクテルの入ったグラスを持ち、直接口付ける。口当たりが良く、美味い。
マティーニを飲みながらさっきまで自分が混じっていた人混みを見渡す。
それぞれの舞台上で気持ち良く踊っている女性達を見上げる男逹。
大音量で流れているBGMに掻き消されてしまい聞こえにくいが次々と肌を露にしていくストリッパーを前にして拍手と喝采を贈る声が微かに耳に入る。
チャールズも、こうして人前で脱ぐのだろう。
他人には決して見せない、一部を、エリックしか知らない場所も全てさらけ出すのだろう。
――何故か胸糞悪い。
どうせ体の作りはあそこに群がっている男逹や自分と大して変わらない。第一、男の裸踊りでいちいち変にむかむかしてるのがおかしい。
頭では理解出来ている。なのに、なのに――笑い飛ばしてしまえばいいものをそれが純粋に出来ない。
もやもやした気持ちを紛らす為に、マティーニを一気に飲み干す。
「あれぇ? もしかして…エリック?」
突然肩を叩かれて振り返る。
見ればさっきまで探していた2人のうちの片割れ――エンジェルがニコニコと陽気な笑顔を向けていた。
「あ~、やっぱり! も~う、さっきまで私とチャールズで探してたのよ~。子供じゃないんだから急にはぐれないでよね」
ニヒヒと彼女が笑う。
はぐれたのは元はと言えばお前のせいだろ、とツッコんでやりたかったが今の彼女にそれを伝えてもあまり意味がなさそうな気がした。
明らかに様子がおかしい。
顔は赤いし、騒音の中にも負けないくらい声が大きくなっている。が、その割りには呂律が怪しい。
付け加えれば、アルコール独特の匂いがする。
「んっ? 何よ、私の顔になんかついてんの? えぇ?」
「…お前、今までどこにいたんだ?」
「どこって、ずっとここにいたけど?」
やっぱりだ。間違いない。エンジェルは完全に酔っている。だとすれば…
「チャールズは? 一緒にいただろ」
すると、何か思い出したような顔で彼女は案内をし始めた。
「あぁ、あっちよ」
エンジェルの後へとついて行く。自分がいた場所とは反対方向の端にいるらしい。
進むにつれて人影が見えてくる。その小さな人影が歩みを進めるごとにだんだんと大きくなっていく。
「もーっぱーい! もーぱい、ちょーらい!!」
でかでかとした声が聞こえてくる。そこにはさっきまでエンジェルと一緒にいたチャールズの姿が。
思っていた通り、先程の弱気な様子とは打って変わってずいぶんと大胆になっている。加えて、女装をしているせいか、インパクトが強い。
と、気付いたのか、すっかり顔を朱色に染めた友人がこちらに向かって手を振る。隣にいるエンジェルも振り返す。バーのイスから降りて、覚束ない足取りでチャールズが歩み寄ってくる。
「チャールズ~」
「あ~、エンジェル~!」
いつも、色白の筈の顔がアルコールが回っているせいでほんのりと赤い。エンジェル同様、やけに、にやついている。
「おい、お前こいつに何杯飲ませたんだよ」
ややイラついた口調のエリックの問いかけに、眉間に皺を寄せてエンジェルが考える。少しの間の後、へらっと彼女は答えた。
「多分、10杯は飲んでるかな~?」
通りでべろんべろんな訳だ。
エリックは声を荒上げ、彼女を問い詰めた。
「おいっ、こいつが酒飲めない事ぐらい知ってただろう!」
「え~、そうだったっけ~? あたし聞いてな~い」
「惚けるなっ! 前に一緒に酒飲みに行った時にもすぐ酔ったし、本人も自分は下戸だって言ってたのお前も聞いたくせに!」
「あ~、なんか言ってたね~。でも今回は別じゃない? だってああでもしないとチャールズ、絶対にやんないし」
しれっとした態度のエンジェル。
額を押さえる。なんだか頭痛がしてきた。呆れて言葉が出てこない。
酒の力を借りてまで、無理矢理ステージへ立たせようとするだなんて。
と、此方に視線が移される。その瞬間、チャールズの目が少し見開かれて、すぐに勢いよく抱きついてきた。
「エリック!? わ~どこ行ってたの~!?」
飛び付いてきたチャールズの体は驚くほど熱っていて、まるで風呂上がりか何かかと思った。
すりすりと、甘えているかのように顔を胸に擦り付けてきたりと、素面の状態の彼だったら絶対にあり得ない仕草を酔いが手助けしているようだ。
おまけによく見てみると目が潤っている。
熱に浮かされた瞳に一瞬、心臓が跳ねる。妙に色っぽい。ふっくらとした唇も、カクテルを飲んだすぐ後なのか光沢を帯びている。艶がある。
作品名:Mr.stripper Charles 作家名:なずな