Mr.stripper Charles
身体から香る、酒の匂いにくらっときそうになる。
匂いから察するに、エンジェルが飲んでいたカクテルより濃度が強い気がした。
とにかく、女装抜きにしても、この妖艶さはまずい。こちらも気が気じゃなくなりそうだった。
「? …どったの、エリック? 顔、すっごい赤いお?」
チャールズが不思議そうな表情でエリックを見つめてくる。
「いっ、いや、なんでもない」
エリックが慌ててそう返すと彼は「そぉ…?」と首を傾げた。
「ほうらぁ、なにやってんのよ~。そろそろ、行くわよ」
「んん~…っ」
酔いのせいで、思考回路をヤられて、いまいち状況を理解できてないかの、エンジェルの手に引かれながらふらふらと歩いていく。 酔っ払い2人の姿が次第に遠ざかっていく。
連れられるがままにチャールズが行き着いた場所は――ステージ前。エンジェルに背中を押されて、ステージに上がる。やはり、足取りは不安定なままだ。彼が上がったと途端に音楽が切り替わる。
同時にスポットライトの色も変わる。
チャールズの周りを取り囲む男達が一斉に彼へと視線が注がれる。
BGMもさっきに増して激しくなり、やがて酔った状態のチャールズもめちゃくちゃな踊りをし始めた。
酔う前はあれ程嫌がっていたダンスを今はなんの躊躇いもなく披露しているのだから酒というものは恐ろしい。
そんな酔った友人の姿を3杯目のカクテルを口にしながらエリックは眺めていた。
しかし、やっぱり見ていてあまりいい気分はしない。
胸がざわつく。
自然と眉間に力が入る。
と、そこにある1人の中年らしき男性が目についた。グレーのスーツに随分と太めな体。加えて頭のてっぺんが随分と寂しそうだ。
どうやらチャールズの方へと向かって歩いて行くらしい。
厭らしい視線を注ぐ狼の群れの中へと足を踏み入れていく男。
段々と近づいていき、そして何をするかと思えば、チャールズを突然舞台から引きずり下ろしたのだ。
男はにやにやと気色の悪い笑みを浮かべながらチャールズの手をがっしりと握っている。
チャールズは離せ、と言わんばかりに手を振り払おうとするが、男の力が強いのかそれとも手に力が入らないのか、なかなか離れない。
そのまま男が彼を連行した場所は――個室。
おかしい。
まだアナウンスもされてないのに入っていくだなんて。
それから先はまさか――自分の中での堪忍袋の緒が完全に切れる音をエリックは聞いた。
ふざけるな。
あんな変態野郎にチャールズを汚されてたまるか。
今すぐ殺してやる。
遂に怒りが頂点に達したエリックは我を忘れて、いつの間にか、バーにあったカクテルのボトルを睨み、そのまま宙に浮かし、男の頭上に投げつけていた。
それまでストリッパーのダンスに釘付けになっていた男達はどよめき、踊り子は悲鳴を上げる。
「痛ぇっ…! 痛ぇじゃねぇか! くそっ、誰が投げやがった!!」
ぶつけられた男は頭を押さえて怒鳴り散らした。
その隙にチャールズの手を引いて、男から引き離す。
「なっ、なにすんらよっ」
未だ自分の状況を把握できてないらしい、酔っ払いの教授に制裁として今度はバーのテーブルにあった底の部分が金属でできているグラスに入った冷水を飛ばしてぶっかけてやる。
「うあっ」
濡れたチャールズの手首を握りしめ、そのまま店を後にした。
***
外に出た後、チャールズの格好も考慮して取り敢えず人通りの少ない路地裏に隠れることにした。
冷水を浴びた友人は先程よりは酔いが覚めたようだ。
「エリック…一体なんだったんだ。僕も一応は仕事として割り切って考えていたんだぞ。わざわざあそこまでしなくても、」
「お前は無防備過ぎるぞっ」
気付いた時には怒鳴っていた。
チャールズもそんなエリックに驚き、目を丸くしていた。
透き通った青の瞳がこちらを見据える。濡れた髪、端正な顔立ち、紅い唇、より露になった細くて艶かしい身体が月光に照らされる。
エリックも、そんな自分の予想外の声の大きさに一瞬吃驚して我に返った後、深呼吸をして落ち着いて話す。
「っ…もしあのままだったらお前は個室に連れていかれてたんだぞ。全く、何されるかわからないまま行ってたらどうなったんだか…」
本当に、あのまま酔った勢いで流されて、情事を交わしてしまったら。自分のみならず、本人が一番後悔する事になっていただろう。
すると目を大きくしたままだったチャールズは恐る恐る口を開く。
「でも…僕も彼も男だよ?」
しかも酔っ払いの、と付け足して言う。
「え…その…もしかして君、僕に嫉妬してたの?」
途端に顔に熱を感じる。勿論図星だ。しかしそれ以前に今更気づくだなんて、彼の鈍感さに驚いた。
「…あのスリップショーも?」
「…あぁ」
「たかが酔っ払いの裸踊りに?」
「…そうだ、悪いかっ…」
それ以上はなんだか恥ずかしくなって思わず目を伏せた。あまりにも、鈍すぎる。心理学を専攻していたのだろう? だったらすぐに気付ける筈なのに――質が悪いにも程があるだろう。
するとそんなエリックの1人悶々としている姿に何を思ったのかチャールズはぷぶっ、と笑いだした。
「なっ、何がおかしい」
「いやっ…ごめんごめん…でも君がそうやって感情的になっているところなんてあまり見たことがなかったから。普段冷静だし、こうやって気持ちを表にだすことなんて滅多になかったから…新鮮だなって思って」
更に恥ずかしくなってエリックは額を手で覆う。そうしていると、チャールズが手を差し出す。
「行こう、我が家に帰ろう」
夜の月明かりに照らされた、綺麗な微笑みが視界に映る。
エリックも笑み、彼の手をとる。
2人で、人気の少ない道を歩いていく。聞こえてくるのは石畳を踏む、足音だけ。あまりにも静かで、まるで世界に2人しかいなくなったみたいな気分になる。
それをいいことに、ひっそりと、互いに手を繋いだ。
「ねぇ、そう言えばエンジェルは? 彼女1人にしちゃった気がするんだけど…」
「子供じゃないんだ、1人でも帰ってこれるだろ」
「そう? でも、彼女に冷たくない? 僕なんて仕事放棄しちゃったし」
「元はと言えばあんな仕事は向こうから頼んできただろ。しかもほとんど無理矢理みたいなものだったし、お前は気にしなくていい。それに、お前をあんなにべろんべろんにしたのはあいつだからな」
「はは…」
「でね、チャールズとエリックったら私を置いて2人してとっとと店を出ていっちゃったのよ! ひどくない!? レイヴン!!」
「ホントね! しかもチャールズに至っては途中で仕事投げ出しちゃってるし! 手伝うって決めたんなら最後までやり通しなさいよ!」
居間のソファーで寛いでいる、エンジェルにレイヴンの女子2人組が「やーねぇ」と口にしながら此方を睨み付ける。
そんな彼女達の向かい側のソファーにはエリックとチャールズが腰掛けている。
作品名:Mr.stripper Charles 作家名:なずな