樹ニ入ル(誰が為に陽光は輝くネタバレ)
話は昨日の午後にさかのぼる。
何かいいもうけばなしはないかと雁首をそろえた彼らを見回し、酒場のオヤジはもったいぶってうなずいた。
「あるぜ。おいしーい話が。まぁ、ちっとばかりやばい話っちゃあ話だが、おいしい話ってのはすべからくそんなもんだろ」
何だそれは、張り紙にはなかったぞとつめよる彼らを、まぁまぁといなして、オヤジはまず何を飲むか尋ねた。容赦なく言い放つアルケミストの水以外は、全員がエールをと頼む。
ソードマン、パラディン、メディック、ガンナー。そして。
「……たまには飲まねぇのかよ」
「ここ一体を凍結するわけにはいかない」
申し訳ない、と。一応は謝罪を口にするアルケミストを最後に、全員に飲み物が行き渡った。
乾杯を眺めながら、オヤジはふむとあごをなでた。
「おまえら、今度、コイツ以外フル装備で飲みに来ねぇか?」
考えておきますというメディックの物騒な言葉に、オヤジは大口をあけてげらげらと笑う。それより、そのおいしい依頼はなんなんだと口にするソードマンに、にんまりと歯をむき出しておやじは顔を近づけた。
「むっさいアップは勘弁」
「ばーか、内緒話だっつってんだよ。ほら、耳かせ耳」
エールのジョッキで身を守ろうとするソードマンの肩をばんばんと叩いてから、オヤジは他の連中に対してもうちょっと頭を寄せろと手招きをした。
なんだどうしたと、皆は――それぞれがどう考えているかはともかく、全員が狭いカウンターで身を寄せ合い、オヤジの言葉を待った。
今の時刻は、昼時をすぎたくらいだった。酒を飲むには少しばかり早い時間で、実のところ彼ら以外に客はない。頭を寄せ合わずとも、他に話が漏れる恐れはほとんどないと言って良い。そのことについては、オヤジの方もわかっているらしく、言い訳がましく手をふった。
「気分だ気分。……最近、十三階で結構な数のギルドがやられてるらしいってのはしってるか?」
オヤジの低い声に、ギルドの皆は互いの顔を見合わせた。
「ない。最近、もしかして増えてんの?」
新しい冒険者が、と。そう言って、ソードマンが首を傾げた。
「いないってこたぁねぇな」
ソードマンが尋ねたのは、最近、新しく登録されるギルドが増えているのかどうかということだった。
現在、公宮が衛士を送りこめているのは、件の十三階近辺と公示されている。超一流と言われる冒険者たちが探索するはそのあたりとは季節がちがう領域(エリア)になるだろうし、公宮自身の精鋭ももっと高みを探索していてもおかしくはない。だが、街でそれなり程度に名が知れた冒険者というのであれば、衛士たちとほぼおなじ階が限界だろう。実際このギルド――ハイ・ラガードに名高き冒険者ギルドになる予定のほしのすなも同様だった。残念ながら。
公示されている階が低いうちは、ある意味良かった。――ほしのすなについては、特に問題はない。彼らは、着実な歩みでもって、高みへの道を一歩一歩上ろうとしている前途有望なギルドだ。その途上、たまたま、公宮と同じ程度の場所を探索しているにすぎない。だが。ハイ・ラガードにくる冒険者に、必ずしも彼らのごときリーダーががいるわけではない。公宮がそのあたりを探索しているならば、自分たちにもできるはずとごく当たり前のように考えてしまうギルドはいくらでもいる。そういった彼らは、魔物のよだれが頬を汚して初めて、それが間違った認識だと知るのだ。そしてそういった勘違いをするギルドの大半は、新しく登録されたばかりのそれである。
さらに、そんな事故が新規ギルドに起こる割合は、公示される階が高くなるにつれて、少しずつではあるが増えていた。無茶をするなとギルド長が登録時に口をすっぱくして告げたところで、変化はない。そもそも、そう思う人間だからこそ、世界樹へ挑もうと考えるということなのだろう。
「登録自体は確かに増えちゃいるがな。ただ、それ以上に帰ってこない率が高い。つぅか十三階でつったじゃねぇか。人が増えたのと、例の手負いの魔物をオマエたちが始末したって理由で、多少、最初の試練が易しくなってるって話はあるにしてもな。行ったことのない階にひとっとびで行けるわけじゃねぇ。そんな上層階でいきなりやられるギルドが増えたってのもおかしな話だろう」
確かに、と。そうつぶやいて皆は顔を見合わせた。それを満足そうに見、オヤジはもったいぶった口調で言った。
「出るんだな」
「何が」
間髪入れぬソードマンの問いは、彼を満足させたらしい。そうかそうかそんなに聞きたいか、と。オヤジは幾度もうなずいた。
「ああもう。もったいぶってんじゃねー」
「うるせぇ。ちったぁ楽しませろ、せっかくの儲け話なんだからよ」
「もう十分だろ!」
業をにやしたソードマンの言葉に、オヤジはちっと舌うちをした。そして、しかたがねぇなぁと嫌みたらしく口にする。
「魔物だよ魔物。十三階にはおそろしーい魔物が出没するってわけさ」
「で? そんだけじゃないだろ。そんだけもったいぶるってことは、ほかにも何か知ってんじゃないの?」
オヤジは無言で片手を差し出した。ソードマンが、呆れた表情でその分厚いてのひらを指さす。だが、オヤジはすました顔でうそぶいた。
「こっから先は有料だ」
「そんだけひっぱっといてそれか!」
「優しいおれさまは、まだまだ危なっかしいおめぇらに、今は十三階が危ないんだと、ただで教えてやったんだ。感謝しろい」
そら、どうするんだ? と。そう言っててのひらを上下させるオヤジにソードマンは小さく舌うちをする。そして、どうするのかとギルドメンバーを見回した。
さぁ、どうする? と。皆が首をかしげる中、メディックが口を開いた。
「依頼の前に少し聞いてもよろしいですか?」
「まぁ、内容によるな」
静かなメディックの言葉に、オヤジはあごひげをなでながら目を細めた。それに対し小さくうなずくと、メディックは言葉を継いだ。
「それは公宮からの依頼ですか?」
「ノー」
「一度聞いたら引くことはできないなんて危ない話じゃあないんですよね」
うちは善良なギルドですから、と。にこやかに口にするメディックに、オヤジは肩をすくめた。
「んにゃ。まぁもっとも、聞いた後引く気になるたー思えねぇけどな」
なるほど、と。メディックはうなずいた。そして、ギルドメンバーの顔を見回し、にこりと笑みを浮かべる。そして再度、オヤジに向きなおった。
「お聞きします」
おいくらになりますか? と。彼の言葉に、オヤジはそうこなくちゃと手を打った。
作品名:樹ニ入ル(誰が為に陽光は輝くネタバレ) 作家名:東明