樹ニ入ル(誰が為に陽光は輝くネタバレ)
パラディンの話を聞き、酒場のオヤジはううむと難しい表情で唸った。
「そりゃあ、また……」
そして、眉を寄せギルドほしのすなのメンバー――パラディン、ガンナー、アルケミストの顔を見まわした。
「とんでもないモノが背後にいたもんだなぁ」
アルケミストは、きつい目でオヤジを睨んだ。だが、カウンターの下で、ガンナーに腕をつかまれ、唇をかむ。さらにガンナーの指に力がこもる。アルケミストは小さくうなずいた。
「それで、その魔物ってのはどんなヤツだったんだ?」
新種か? と。そう尋ねるオヤジに対し、パラディンは首を横にふった。
「必要以上に固いってことは確かだがな。みてくれは、浅い階層でも見かけることのあるカニとほぼ同じだった。――とはいっても、切りかかりながらの印象だ。細かいところはどうにも」
おかげで剣の刃が……と、渋い顔をするパラディンに対し、ああそりゃあ災難だったと大きくうなずいてみせる。
「なるほどな。……新種かどうかはわからんが、ニセの衛士がいたってこととあわせて、公宮と斡旋屋の組合には流しておこう」
「よろしく頼む」
情報は集めておくというオヤジに対し、パラディンは頭を下げた。
「まぁ、これでしばらくはそのニセ衛士とやらもおとなしいだろうさ。なんにせよお手柄だ」
とにかく飲んでけ、と。そう言っておかわりを勧めるオヤジに対し、パラディンは再度礼を口にし、目の前のジョッキをあけた。
「おお、戻ってきやがったか」
オヤジが新しい飲み物を用意しようとしたところで、酒場の扉が開く。そこにほしのすなのメンバーを認め、オヤジは陽気にねぎらいの言葉をかけgた。メディックは礼儀正しく頭を下げ、ソードマンはいささか精細を欠いた顔で手をふった。
「……飲めるのか?」
「様子見に来ただけ。すぐ帰る」
カウンターの端にぐったりと腰をおろしたソードマンは、大きく息をはいて言った。
「なんとか回復したか」
「してないっつーの。薬泉院でもがばがば水飲まされて、そのまんま吐かされてって、うえ……」
パラディンの労いに、ソードマンはカウンターにつっぷし、がっくりと肩を落とした。それを目を細めて見ながら、メディックが処置について口にする。
「中で毒は吐かせたつもりだったんですが、念のため。腹が下る程度なら放っといても良いのですが、かなりたちの悪いものを飲ませられたようなので」
「災難だったなぁ」
「口に入れた時点で気づかなかったのか?」
「ひとごとだと思って適当なこと言ってんじゃねー。飲み込むか飲みこまないうちに喉が焼けるわ気が遠くなるわ……うう」
オヤジとパラディンの労いと安堵の言葉に、ソードマンは恨みがましい視線を送る。そして、何か例の衛士や魔物についてわかっていることはないのかと尋ねた。
その時、ガタンとカウンターの椅子が鳴った。アルケミストだった。
「家畜なみの頭しか持っていないとは思っていたがまさにその通りだな」
当初ソードマンはアルケミストの言葉が自らに向けられているのかどうかはわからなかったらしい。だが、家畜なみといういつもの言い草に加え、視線が自らに固定されていることから、そうであると判断したらしい。首をかしげ、辛辣な言葉を吐く相手を見た。
「おてとおかわりどころか、拾い食いをするなというところまでしつけが必要だとは思わなかった」
辛辣な言葉が浸透するにつれ、ソードマンの眉がよる。そのさまに口元を歪めながら、アルケミストはさらに言葉を継いだ。
「今度から食事の前には、おあずけの訓練が必要なんじゃないか? いじ汚い家畜では、家の見張り役にもならないだろう」
いつもならば、このあたりでソードマンはそれなりのリアクションを返しているところだ。だが、きょうの彼には決定的に気力とでもいうものが不足していた。
「そのへんで」
代わりに、メディックがそう静かに口にした。そして、穏やかな笑顔をアルケミストに向ける。アルケミストは、目を細め、しばしメディックを眺めた。だが、特にそれらについて口にしようとはせず、ただ物入れをあさって金を取り出す。そして、カウンターにいくらかをおくと、幾分か穏やかな声で、オヤジにごちそうさまと告げる。おう、と、半ば気圧されたような表情でオヤジは彼が差し出した金を受け取った。
「先に帰る」
そして、ほかの彼らの答えを待たず、さっさと店を後にした。
「……おっかねぇな」
しばし後、居心地の悪い沈黙を破るように、オヤジがそう呟いた。それに続き、久しぶりにきたなと何かを振り払うかのように、パラディンが首を左右にふる。
「外じゃあ見せないが、ああいうヤツなんだ」
そう言って、誰彼かまわずかみつくわけじゃあないから安心してくれ、と。オヤジに向かって居心地悪そうな笑顔を見せた。
「別に不条理なタイミングでヒス起こしてるわけじゃないから」
横合いから、ソードマンが口を出す。罵声を浴びていた本人からの言葉に、お、と、オヤジは目を見開いた。そのさまに、がりがりと頭をかきまわしながら、ソードマンは苦笑した。
「ニセ衛士から、お疲れさまって言われて受け取ったのを飲んで、はい毒でしたじゃあ、頭悪いって言われてもしょーがないよなー」
「……まぁ、そういうわけです。言葉の選び方が悪いということについてはかばう余地はありませんが、完全に間違ったことを言っているわけではないので」
口元に穏やかな笑みを浮かべ、メディックがソードマンの言葉を肯定する。二人を見、オヤジは大げさな動作で肩をすくめた。
「間違っちゃあいない、ねぇ。だから余計たちが悪いって話があるんじゃねぇか? まぁ、オマエらが納得してるんなら、おれがしのご言うようなこっちゃねぇけどな」
「残念ながら、おれもアンタと同意見だ」
ありゃねぇだろ、と。そう言って、パラディンが乾杯の態勢でジョッキを差し出す。おう、と、オヤジは近くにあったカラのジョッキでそれに答えた。そして。
「オマエも苦労してんだなぁ……」
そのまま、オヤジはしみじみとした口調でソードマンに言った。ソードマンはむしろその言葉に対し、不機嫌に眉を寄せる。
「……まるでおれがしょっちゅう怒られてるみたいな言いかたデスネ」
「違うのか?」
「違わない」
あー、と。情けない声をあげて、ソードマンは再度カウンターにつっぷした。その頭を、ぽんぽんと叩きながら、元気を出せとオヤジが慰める。
「ま、大変な目にあったんだ。今日はさっさと帰ってゆっくり寝ろ。例のニセ衛士だのなんだのについての情報は集めといてやるから」
「――ん」
しばしの後、つっぷしたまま頷き、ソードマンは顔をあげた。そして、他の面々を見回し、帰ると口にする。
「今度はしっかり飲みに来るから」
「おおよ。そんときゃたっぷり飲んでくれや」
オヤジの言葉に送り出され、ソードマンはとぼとぼと酒場を出ていった。それを見送ったところで、パラディンが口を開いた。
「再会はあるんだろうか」
「……あるでしょうね」
名前を知られたかどうかはわかりませんが、と。そうつぶやいてから、メディックはオヤジに自分の分の飲み物を頼む。
作品名:樹ニ入ル(誰が為に陽光は輝くネタバレ) 作家名:東明