二話詰め合わせ
全く以って商売っ気の無い主の変人振りは、メニューにも表れていた。
店には紅茶しかない。専門店ならば何もおかしいことは無いというレベルではない。何とかブレンドだとか、有名茶葉の種類とかそういう類いすら一切無いのだ。
店に入り席に着くと、少しお持ちくださいと書かれたメニュー表のような物が目に付く。注文取りを待っていると自動的に紅茶が運ばれてくるのだ。最初からそうだった。
しかもお替り自由というか、カップが空になるとこれも勝手に運ばれてくる。
ブラッドのお茶会に常連で出ていれば、否応無く最高級の紅茶の品質に慣れてしまう。そのレベルに勝るとも劣らない良い茶葉を使って淹れた紅茶だ。お代は一杯分しか取らない。此方の通貨でいうところのワンコインだ。
その上、毎回来るたびに茶葉の種類やブレンドを変えている。これは間違いない。
どう考えても採算が取れているとは思えない。
いつ潰れてもおかしくない。
だから心配になる。
紅茶を啜りながら、休業なのか潰れたのか心配になってきた。近いうちにもう一度出直すと決めた。
直ぐ後ろの席に新規のお客が入ったようで声が聞こえる。
「驚いたわよね。凄く甘い声なんだもの、ボ～ッとしちゃったわ。」
「そうね、もっと怖そうな人だと思ってたわ。お隣に居たホワイト卿は相変わらず冷たそうなところが素敵だったわよね。」
何の話だろう。知人の名が漏れ聞こえ、思わず聞き耳を立てた。ホワイト卿とはペーターのことだろう。何処での話しなのか判らないが、ああ、顔だけは良いものねと心の中だけで同調する。
混んできたのか、ウエイトレスが相席のお願いを聞いてきた。四人掛けテーブルを一人で占領しているのだ、嫌とは言えない。
直後に、直ぐ隣の椅子に腰を下ろす人影に驚き顔を向けた。おいおい、幾ら相席とはいえ、普通は斜向かいに座るだろう。
「ちょっと･･」
「アリス、僕たちは宿命で結ばれていますね。」
「やあ、お嬢さん奇遇だね。」
反対側からは、先の時間帯に別れたばかりのブラッドの声が聞こえた。
「帰れ！！」
声を潜めストカー達に帰宅を促したが聞く耳を持つ筈も無く、アリスが立ち上がった。
「丁度良かったわ。この席空くから、お二人でごゆっくり。」
自分の座っていた椅子を蹴倒して、アリスは勘定を済ませると外に出た。
本当に、何処に居ても気が休まらないと不機嫌に通りを歩く。足元に間違えて蹴っ飛ばしてしまいそうな小さな看板を見つけた。ありすは小さく笑顔になる。
一番最初にこの角を曲がったのは、この看板を見つけた時だった。そしてあの店を知った。
見慣れた角を曲がると、先刻closedだった筈の店が開いている。
ドアを開ける。何時もの空気だ。
「あの、いつもありがとうございます。これ食べてください。また来ます。」
早口で一気に捲くし立てると、先程買い求めた茶菓子の入った紙袋を狭いカウンターに置いた。その奥で座っていた店主が驚いて此方に顔を上げると、アリスがドアを開けて出て行くところだった。
次の時間帯、この店のオーナー達のお茶菓子は揃って、トリュフと小さなリーフパイだった。