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二話詰め合わせ

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美味しいワインだから少しくらい大丈夫だろうと勧められ、初めてお酒を飲んだ夜のことだ。あれから変わった時間帯は、まだ両の手の指で数えられるほどしか経っていない。
自分の適量すら知らず飲むうちに、酔いは後からやって来た。酒に酔うとは自分の理性、抑圧を緩めることである。それは自分だけでなく、一緒にグラスを空けていた男にも言えることだ。
部屋の空気が何だか怪しく変わってきたことに気付かないわけではなかったのに、ふわふわとした感覚に浮かれ、流れに身を任せてしまった。
どんどんと近づき、ベタベタと密着する二人の距離に、ブラッドの声が耳元で優しく響くのがいけなかった。あの甘く気怠げな声が危険だと気付いた時には、もう抵抗する気力も残っていなかった。
優しく触れられたことも、艶っぽい会話も、薔薇の匂いも、軟らかく低い声も、初めて知る快感も、そして苦痛も全て、とても残酷なまでに記憶ははっきりしている。。
この男がどんな風に自分を不可逆の状態に連れて行ったのか、鮮明に焼き付いている。
酒が、どうせなら理性ではなく、記憶を飛ばしてくれた方がどんなにか良かっただろうと思ったが、今更如何なるものでも無い事を思ってみても仕方がないと封印しようとしてきたのだ。
たった一度のこととして封印しようと何もなかった振りをしてきたのに、前回といい今といい、何故わざわざ蒸し返してくるのか。

「そんな意味で・・それじゃ意味が無い。」
「傷を消すことで面倒ごとが減るのなら、その方が良いだろう。」

殆ど同時に放たれた言葉に、お互いが言ったことを咀嚼するための沈黙が流れた。

「貴方って面倒なことは嫌いって言うけど、人には面倒ごとを押し付けるわよね。そういう自覚は無いわけ?」
「なんだ。私が、いつ君に面倒ごとを押し付けたと言うんだ?」

思いもよらぬことを言われたという顔でブラッドは此方を見、眉を寄せる。それは、本当に身体に付いた痕を消せば白紙に戻るとでも思って居るかのように見える。裏を返せば彼にとっての面倒ごとが無くなると思っているようだ。少なくともアリスにはそう見えた。
彼女の中で、何かがプツンと音を立てて切れた。

「今更、体の傷を消したからって無かったことには出来ないってことよ。」

それは君次第だろうとプイと横を向き不機嫌そうな表情を見せる男に、アリスは硬い表紙の本を一冊、片手で持ちブラッドに近づいた。両手に持ち替え思いっきり振り上げると、家主目掛けて本を投げ付ける。
予想もしない行動に驚き、飛んできた物体を避けたブラッドは、駆け去るアリスの背中を見た。
面倒事は起こさないようにと、お互い了解済みの一夜だった筈が、如何してこんな風にお互いを苛々させるのか。ブラッドにしてみれば、それは今し方出て行った余所者が事前の約束を違え、色々と面倒なことを言い出してきているからに他ならない。

「面倒にしているのは君の方だろう。」

立ち上がり床に落ちた本を拾う。折れたページを直し本を閉じようとして異質な紙が挟まれている事に気付く。少し抜き出してみれば、先日のエリオットのためのハンバーグの手書きのレシピメモだった。そっと元に戻す。

「君は馬鹿だな。記憶など薄れるものだ。少しズルく生きることも必要だろう。」


****** ******


アリスは自分の行動を少しだけ後悔していた。ブラッドに本を投げつけた事は良くなかったと思う。偶々手の届くところにあった本を持ってしまったが、それが石の灰皿でも、ハンマーだって良かった。何かをぶつけたかったのだ、あの男に。それは言葉でも良かったのだが、生憎と彼にダメージを与えられるような言葉はそう簡単には浮かんでこない。代わりに本をお見舞いしたのだ。
あんな男、少しくらい痛い目に遭えばいい。とはいえ、端から彼に当たるとは思ってもいなかったのだが。

彼の部屋を飛び出し屋敷の玄関までは全速力で走った。まだ少しだけ息が乱れている。それでも歩く足は止めない。屋敷の門を出て時計塔方面の道に曲がる。ユリウスかビバルディの所で、暫く泊めてと頼むつもりだ。
あんな男と同じ屋根の下で同じ空気を吸うなんて冗談じゃない。思い出してはまた怒りが再燃する。

(酷い男。死んじゃえばいいのに。)

思いながら何処かで本心じゃないと直ちに否定する部分があった。
本気で死ねばいいと思えたなら、否、いっそ怒りすら湧かない心の距離があったなら楽なのにと思う。そうすればこんな感情的に面倒なことにはならない筈である。相手にとって特別な一夜ではなかったと判っても、それはお互い様であり、割り切った関係と言える。
だが自分にはそんな風に思えない特別な夜だった。
ブラッドが傷付けたと言葉にするまで、自分が傷付けられたなんて思ってもいなかった。ただもう二度とブラッドの誘いには乗らないと思っていただけだ。彼にとり自分の存在が特別でないなら、このままそっと思い出にしてしまいたかった。

「君を縛るつもりは無い。今夜限りだ。」

声は今も耳に残る。甘くて優しい声の、冷たい言葉だ。どのくらいの数の女性に同じ様なことを囁いて来たのか知れずとも、あの時の自分はそれで良いと身を委ねたのだった。
此の身体を求め、優しくするのは好意を持っているからではないのか。彼のベッドで目覚め、抱き寄せられキスされた一瞬に錯覚する。

「良かったのか? 私のような不実な男に身を任せてしまって。」

その言葉は甘い夢を破り、身体も心も一瞬で凍えさせるには充分だった。
胸元で聞く彼の声はいつもより低く響く。その胸に頬を寄せ体温を直に自分の肌で感じながら、その熱はアリスを暖めることはなかった。そうか自分に対して誠実で居てくれるわけではないのかと心の中に湧き上がる気持ちに封をする。

「なによ、今更。私も面倒はご免よ?」

訳知りな大人の振りで、これ以上ないくらいにドライな振りをしてみせた。
彼にとってアリスは過去の女の中の新たな一人に過ぎず、何かが特別な夜でも女でもなかったらしい。
ワインの見せる夢に溺れたのは彼女だけだった。
自分に眠る知りたくも無い気持ちを掘り起こされ、相手に期待した途端に放り出されたわけで、とても惨めな気分になる。
これ以上は相手に何も求めることが出来ない関係なのだ。ならば、何でもない振りをして今まで通りに振舞うのが最良ではないのか。アリスに残された選択はその一択だけだった。


もやもやとした気持ちを抱え、機械的に足を動かし続ける。無意識に選んだ先は馴染みの紅茶屋だった。今日も客はいない。窓から確かめてドアを押す。・・・(詳しくは『誰にでも秘密があるもの』で)

路地からも店主からも見え難い席に着く。紅茶が出るまでに何時もより待たされた。
琥珀の液体から、独特の強い花の香りと、一緒にブレンドされている果物の甘酸っぱい香りが共に店内に広がる。この店がフレーバーティーを出してくるのは初めてだ。更に小さな器にトリュフが二つ並べて出され、アリスは小さく感動する。
此方の顔すら碌に見ない主の心遣いに、張り詰めていた何かが崩壊した。
こういう状態を、人は気が緩むと呼ぶのかもしれない。
作品名:二話詰め合わせ 作家名:沙羅紅月