SAO二次元創作【魔女と呼ばれた処刑者】1-1
そこで狼が止まる。良心的に攻撃を止めたのではない、その証拠に狼の眉間からは白銀に煌めく金属…つまりわたしの槍が生えていたのだ。そう―背後に位置した一匹が飛び掛かる瞬間、私は背を向けたまま脇の下に槍を通して狼の顔面に槍を突き立てたのだ。もしも二匹が同時に攻撃を仕掛けてきたのならば、わたしの命はそこまでだったであろう、しかし、そこは所詮低レベルエリアのエンカウントモンスターに過ぎない彼らがそこまで狡猾なチームワークを見せ付けて来るとは思わなかったのも事実である。
『――!』
カウンターヒットを急所に受けた狼の体が音もなく四散し、一匹が抜けた穴に突破口を見いだすなり私は前を向いたまま後ろ走りで突破し、一目散に走った。
『があ!!』
一瞬何があったのか理解する事が出来なかっただろう低AIは処理を遅らせてしまい、わたしのダッシュに応じた対応が遅れてしまう。それにより私は周囲を囲まれた状況から抜け出す事に成功した。
『ウオオン!!』
背後でボス狼が吠え、大量の子分狼の追跡が始まる。人間と狼は速度が違う、たとえ俊敏値と筋力値に振られたわたしのキャラクターがいくら走った所で、追い付かれ、背後から致命的な一撃を食らうというその状況は変わらず揺るがない。
なのでわたしは走りながら時折振り返り、群れの中から飛び出してくる狼を一匹ずつ、着実に仕留めるないしダメージを与えて黙らせる戦法を取る。
敢えてソードスキルを用いる事無く、馬鹿みたいに突っ込んでくる狼の眉間に矛先を突き付ける…ただそれだけの動作で、狼は顔面に矛先をめり込ませてカウンターとクリティカルを同時にもらい、一撃で四散する。これは狼モンスターの防御力の低さが幸いしたと言えるだろう。
…このRPGは攻撃の直撃を受けなければライフを削られないアクション的要素を含まれている。…だから装備を外して軽量化した私は、効率よくレベルの高いアクティブモンスターであるこの狼を標的にヒット&アウェイを駆使してこの短期間でのハイなレベルリングに成功したのだ。…ただ、今この時だけは、その考えが裏目に出てしまったようだ。
「ぐっ…」
同じ戦法を繰り返していればパターン化し、予期せぬ動きを見せられた場合、それは思考を停止するという致命的なミスがわたしの身体を縫い付け足を止めさせてしまう。その瞬間が今の被弾である…。それは狼の何度目かのカウンターを炸裂させた時だった、そのすぐ後ろの死角に入り込んでいた狼が飛び込んできたのだ。
咄嗟に直撃を避けた私の身体に、狼の爪が擦れたのだ…。確りした装備ならばたいしたダメージにはならなかったろう、だが今のわたしは軽装されており、その防御力は無いに等しい。つまりはそんな小さな被弾にすら、私の体力ゲージを一気に緑から黄色にする火力を有していたのだ。
「!!!?」
驚きと間近まで忍び寄る死神に冷や汗を流して更に身体を硬くしようとしてしまう、だが無情な狼達が待ってくれるわけもなく次々に飛び掛かって来た。
「く!!」
もう一度食らえばわたしの身体は足を止め纏めてダメージを食らい体力ゲージを消し飛ばされてしまうだろう…わたしは頭の片隅でそう確信し、走馬灯が流れる気がした。
『ガアア!!』
そんな私に飛び掛かる狼、まるでポーションを飲む暇すら与えない勢いのある見事な突進だった。
「つ!!」
即座に意識を呼び戻したわたしは、狼の突進を避け、擦れ違いざまに脇腹に槍を突き刺し貫くと。
「おおお!!!」
咆哮を挙げて貫いて串刺しにした狼の体を振り回し、まとわりついた狼達を後退りさせ、串刺した狼が四散すると同時に飛ぶような勢いで走りだす。
「はあ!はあ!」
息を荒げて走り続けた私を、狼達はしつこく追い掛けてくる。その数は見れば既にあと四匹迄に減少していた。
わたしは走りながらライフに目を向ける、先程の攻防でもかすり傷を受けていたらしい、ライフゲージは赤のラインを突破して、心許ない位しか残されてはいなかった。もう逃げるしか出来ない…一か八かこのまま走り続けて狼のクリティカル攻撃が来ない事を祈ろう。そうわたしが思い諦めかけた瞬間、わたしは一つのカーソルに目が奪われた。そのカーソルは……
ズザザザ!!凄まじい勢いでブレーキングした私は振り返りながら槍を構え、矛先から鮮やかな緑のライトエフェクトが線となる。
「おおああああああ!!!!!」
吠えた私に驚いたのか、それとも突然のソードスキルでの反撃に反射的に回避を判断したのか…私を追従していた四匹の狼は足を止めようとする。だが―もう遅い。
【スパァァァン!!】
雷鳴の如きスピードで打ち出されたダブルスラストが、先頭を走っていた狼二匹の頭を次々に貫き四散させ、ソードスキル終了と共に1.5秒間の硬直が私の身体を襲う。それを好機と見るなり、ライフゲージの乏しい私の体力を一気に消し去ろうと二匹の狼が飛び掛かかろうとする。
「はは―」
しかし私の唇から笑みが漏れた―なぜか?それは狼達が攻撃を中断して踏みとどまったからだ、何故?―それは私の顔全に飛び出たカーソルが故である―そこにはこう書いてある…【LEVELUP】…それがどんな意味を持っているのか…わたしの17という数字を18にしただけではない。わたしの笑みはそれを差してはいない―私の笑いを生んだのは、私の赤だった体力ゲージが一気に緑ゲージの最大値まで回復したからだ。
MMORPGのLEVELUPは、パラメーター上限の上昇とともにその数値に初期化される…つまりはLEVELUPすれば、アイテムをもちいずとも体力の全快が可能なのだ…わたしの顔全に白いスクリーン画面が現れ、手早く筋力にパラメーターを振り、新たに獲得したソードスキル【ペンタドライブ】を眺める暇も無く実行に移す。
何時までも硬直している狼の子分の顔面に容赦なく槍を突き立てて凪ぎ払い遠くで四散する効果音が響く…しかし私は今更のように動き出したボス狼から視線を外さず、鮮やかなライトエフェクトを煌めかせ、一歩前へと踏み出した。
【スパァァァン!!】
システムアシストが身体を加速させ、雷鳴の如きエフェクトフラッシュが5つ、ボス狼の身体を吹き飛ばして地面に転がす。
『ぎゃいん!』
弱々しい悲鳴を挙げたボス狼は、その場から一目散に逃げ出そうと身を翻す。だがわたしはそんな事は許さない…足で狼の腹を踏みつけて地面に静め藻掻く身体に何度も槍を突き立てて嬲殺した。コバルトブルーの毛皮は地面に横たわり、派手な音で砕けてアイテムだけが残された。
「………」
わたしはドロップアイテムを見る事なくアイテムボックスへと押し込むと、そこでわたしは張り詰めていた空気が一気に抜け落ち、地面に膝をついた。
「は…ははは…はははははは!!!はははははははは!!!!」
狂ったように笑うわたしの両目からは不思議と水が零れ、恐怖と安堵の両方で身体を震わせた。
「…生きてて良かった…」
わたしはこのゲームで死ぬ事は現実世界でも死ぬ事だと信じてはいなかった…だが、こころのどこかに潜む弱気なわたしが少なからず肯定していた事も事実と言えるだろう。
作品名:SAO二次元創作【魔女と呼ばれた処刑者】1-1 作家名:黒兎